第3話 魔女の話
十数通出した手紙のうち、返事があったのは一通だけだった。
ミリアス大学で歴史を研究しているベッド教授である。2人は約束を取り付けた後、馬車に乗ってミリアス市に向かった。
自宅に招かれ、書斎で向き合うとハンクは懐から地図を取り出した。
「…地図には心当たりが無いが」
「ないのかよ」
「…ま、文字については分かるかもしれん。こっちで調べてみるよ。それよりも私が興味あるのは君だな」
ベッド教授はレイヴァンの目を向けた。
「これほど精巧な人形は…失礼、人間だったか。人形師ロイの作品によく似ている」
「ロイ…?て誰」
「確か、ゴーレム研究の大家でしたよね」
ベッド教授は肯く。
「彼はゴーレムの研究で名を残しているが、最終的にゴーレムがどこを目指しているか知っているかい?」
「…いや、知らん。お前は?」
「労働力や戦力だって、本で読んだことがあるけど。違うんですか?」
ベッド教授は、ゴーレム使役術が生命創造を目標としているものだと2人に話した。
神話において、神は泥から人間を作ったという――生殖を介さない人間の創造。ベッド教授が書き物机にあったベルを鳴らすと、メイドが一人入ってきた。
目鼻立ちの整った女だが、見ていると違和感を覚える。
「こいつは?」
「ロイの作ったゴーレムだ」
「会ったことあんのか!?」
ロイは人間の体液を用いることなく、生命を創造する研究を続けていた。
ベッド教授が命じると、メイドは躊躇うことなく服を脱ぎ始める。ハンク達が唖然とする中、メイドは一糸まとわぬ裸身を晒す。
顔こそ人間そのままだが、首から下は球体関節の人形である。丈の長いスカートを吐き、手袋を嵌めている為わからなかったのだ。
「30歳ごろに一度会った…彼と似ているだろう。もういいよ、服を着なさい」
「はい」
ベッド教授が最後にロイにあったのは7年前。
ほとんど人体に近い身体を作成できたが、霊魂の作成に難儀していた。
ハンクの記憶の欠落とレイヴァンの人形化を併せて考えると、霊的な力を抜き取られたのかもしれない。
「仮説を検証したいから、次に来るときは光る結晶を持ってきてほしい」
「えぇ……こっちでも使うんだけど」
2人はミリアム市を出て、ニルド市に戻ると人形師ロイについて情報を集める。
すると、それらしい人物の目撃談が出てきた。ニルド市北部にある、処刑された魔女の住んでいた家近くをうろついているのを見たらしい。
「魔女の家…」
「マジか…」
魔女の家は、ニルド市でも有名な怪奇スポットだ。
一時期は売りに出されていたが、買い手は皆一か月と持たずに手放した。
さらに度胸試しや、家探しで魔女の家に忍び込んだ若者4人、喉に土を詰めた死体で発見された事で寄り付く者はいなくなった。
魔女の家に近づくにつれ、人の姿は疎らになる。
ゴロツキやスリも出てこないあたり、静かな環境を求める者には需要があるかもしれない。
やがて、二階建ての民家が姿を現す。両隣の家と大差ない作りだが、重く、陰気な印象を受ける。
扉に手を掛けると、鍵は開いていた。2人は玄関に上がる。日光が差しているが空気は埃っぽく、荒廃した雰囲気に満ちている。
玄関から真っ直ぐ進むと食堂兼居間、右手に2階へ向かう階段が延びている。
2人は一階から順に家探しを始める。家具が手つかずで残っていた。以前の家主の者だろうか?
ダンジョンのように目ぼしい物は無く、魔物も出現しない。階段を半分まで登った頃、足元で耳障りな音が立った。
踏板が破け、ハンクの左足が沈んだ。タイミングを見計らったようにどこからともなく卓上ナイフが飛んでくるが、ハンクは指でつまんで受け止める。
「待って!強引に抜いたら怪我しちゃうよ」
「平気だよ…っと」
ハンクは足を引き抜くと、左足の具合を確かめるが傷はない。
裸ならともかく、長旅に向いた装束に身を包んでいるのだからこの程度で怪我などしない。
「あちこち傷んでるらしいし、お前も気を付けろよ」
二階の探索を始めると、家が牙を剥いてきた。
子供が使っていたらしい部屋に置かれた人形が宙を舞って襲い掛かってくるが、ハンクの拳を浴びせられて壁に叩きつけられる。
顎を開け、鉤爪を伸ばして突撃するも、ハンクに素手で倒されてしまった。2人は探索を続行するが、魔女の姿はない。
長くなりそうだ、とハンクは溜息を吐く。
レイヴァンが鍵を拾っていた為、片っ端から確かめると寝室のベッドにぴたりと合う鍵穴があった。
鍵を差し、ベッド下の抽斗を開く。中には本が数冊収められており、適当に捲っていると足音が廊下から響いてきた。
「ハンク…」
「おう」
本を戻し、ハンクは変身。
ハンクはカッツバルゲルを抜き、レイヴァンは"退散"の術の詠唱を始め、それぞれ待ち構える。
まもなく、ドアを開けて長いローブに身を包んだ人影が入ってきた。ハンクの腰ほどの背丈しかなく、裾を引きずってくる人物の人相は分からない。
鎌鼬が2人に襲いかかった。
詠唱を続けるレイヴァンの身体に傷がついた事を察するより早く、ハンクは突撃して心臓狙いの突きを繰り出す。
分厚い脂肪に阻まれたように刃が通らない――守りの魔術で防御しているようだ。
左目と右肩、右肘が鎌鼬によって避けるがたちまち塞がる。
レイヴァンが退散の術を発動させる。アンデッドを文字通り現世から退散させる術だが、ローブ姿には効果が無いらしい。
「あのさ、あんたってやっぱり魔女なわけ!?」
「……」
ハンクは旋風の如くローブ姿を蹴り、斬りつける。
部屋に残された家具が音を立てて壊れるが、天井や壁、床は無事だ。魔的な力で守られているという事だろうか?
やがてローブ姿から質量が失われ、フードから光る結晶が転がり落ちた。
「おーし、2個目!レイヴァン、早く拾え!」
「僕が拾ったら消えちゃうんだけど…」
「えぇー、いいじゃんまた今度で。いつまでに持って来いとか言われてないし」
レイヴァンは不承不承と言った様子で光る結晶を拾う。
すると依然と同じように苦しみ始め、やがて全身の肌が磨かれた木を思わせるそれから、人間の皮膚に変化。
レイヴァンの容姿が、全体的にぐっと人間だった頃に近づいた。
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