第2話 鱗男の話
ハンクは目を覚ますと、レイヴァンに昨夜の夢の中での出来事を知らせて地図を見せた。
地図について、レイヴァンに心当たりはないらしい。
『変身か…人前では使わない方がいいかもね。となると足りないものを補う、って言うのも信じるに足る情報なのかな』
「補うって、なぁ……なんか足りてないの?あ、そういえばお前飯食わないしそれじゃない?」
レイヴァンは人形化してから飲食を行っていない。口が開かないのだから当たり前だが。
『それは関係ないと思うけど…ちょっと考えてみようよ』
2人は地図を知人に見せて聞き込んでみるが、心当たりのある者はいない。
伯爵の三男であるレイヴァンの伝手を使い、王国内にある大学の教授や歴史家に手紙を書き送ってみる事にした。
地図には見たことのない文字で文章が書かれており、ひょっとしたら心当たりのある者がいるかもしれない。返事が来るまでの間、2人はギルドで依頼をこなしつつ、情報収集を行う。
ある時、ニルド市内を流れる川にかかる橋の上で手足の骨が抜き取られた男が見つかった。
先週から行方が知れなくなっていた靴職人である。鱗男の仕業ではないか、と街の住人たちは噂し合った。
ニルド市の井戸や川の側を独りで歩いていると、全身が鱗に覆われた男とすれ違う事がある。声を掛けられることがあり、返事をすると連れ去られ、手足の骨が抜き取られてしまうそうだ。
ギルドに討伐依頼が出ているが、気味悪がって手を付けたがらない。冒険者パーティーの前には姿を見せず、単独で行動している者だけを狙う魔物だからだ。
「どうする?」
『僕はやめた方がいいと思うけど…僕の場合どうなるんだろう?』
「あぁ、骨ないしな。手足を取られるんじゃね?何してくんのか情報ないのが怖いよなー」
2人はその後、報酬の良い下水道に住み着いたアンデッド掃討の依頼を受ける。
僧侶の同行が条件だが、その点はレイヴァンがいるため問題ない。2人はゾンビやグールなどを片付けつつ、下水道の浄化を行っていく。
ランタンで周囲を照らしながら歩く。途中、赤ん坊の死体を何度か目にした。
『あの赤ちゃんってさ…』
「…捨てたんだろ。解剖実験用に医者が欲しがるって聞いたことあるし、西側に住んでる医者が中絶を請け負ってるらしい。王都の方だともっとひどいぜ」
『…そうなんだ。僕、知らなかった』
「坊ちゃんだもんなー、お前。知らないなら知らないでいいさ」
ハンクはしんみりと言った。
絶対的な味方であるべき母親に要らない者とされ、生まれてくることすらなかった子供達。
婚前の妊娠を忌む世間体の問題と、経済的な事情が堕胎や中絶を選ぶ理由の大半を占めるとハンクは聞いた事がある。
長く生きられなかったとしても、最低限のチャンスは与えられるべきだろう。胸糞の悪いものを呑み込んで、ハンクは湿った空気の漂う下水道を進む。
『ねぇ、鱗男は何で出てくるんだろうね?』
「あぁ、そういや聞いたことねーな。なんかわかったのか?」
『…ううん』
一通り下水道内を周った2人は、外に出ようと出入口を目指す。
その時、徐々に大きくなる3つ目の足音をハンクは聞き取った。音は前方からやってくる…引き返すか?
『引き返そう。別の処から出ればいいよ』
「…そうすっか」
2人は音から逃げるように来た道を引き返す。
しかし、ほどなくすると足音は再び前方から聞こえてきた。ハンクは変身の光を放ち、異形に変貌。
レイヴァンも立ち止まり、迎え撃つ態勢に入る。
まもなく、ハンクが手にしたランタンの光の前に、全身を鱗で覆った男が姿を現した。
衣服は長い年月を経たように傷んでおり、鱗男は全身からかびた様な臭いを漂わせている。
「おい、出て来たぞ、なんでだよ…一人の時だけなんじゃねーのかよ?」
『…一人なんだよ。僕は人形だから』
「え、そういう解釈?俺、どうしたらいい?」
ハンクは先制攻撃を仕掛けた。
声を掛けられると何かされるなら、声を掛けられる前に叩く。短絡的に考え、突撃したハンクはカッツバルゲルを空いた手に出現させ、鱗男を斬りつけた。
身体能力はハンクの方が上。突進して刃を食い込ませていくが、身体は粘土のように固く、筋肉の半ばほどで止められてしまう。
脅威には感じられないが、どのように骨を抜き取るのかわからないのが不安を誘う。
指が伸びてきた瞬間、ハンクは退いた。
夢の中の感覚を思い出し、石化の睨みを発動させるが通用しない。
レイヴァンも僧侶として、祓いの術を発動させるもたじろぐだけ。終始優勢だったが、勝敗が決したのは下水道を赤ん坊が流れて来た時。
2人がそれと気づいた時には鱗男は膝をつき、汚水の流れる水路に手を伸ばしていた。
接近したハンクが頭部を掴んで持ち上げても、鱗男は流れてきた嬰児の死体を拾う方を優先。
ハンクは頭部を掴んだまま、「生きた闇」に鱗男を呑み込む。首から上が焦げたように崩れた鱗男の身体は、地面に落ちると同時に霧のように消失。
悪霊や妖精など、霊としての性質を持つ魔物に見られる現象だ。鱗男が消えたあたりに、光る結晶体が落ちている。先に気づいたレイヴァンが手に取る。突如レイヴァンは苦しげな呻いた。
「おい、どうした!……!?」
膝をついたレイヴァンの肩を抱えたハンクが目は瞠った。
人形であるレイヴァンの顔に、苦し気な表情が浮かんでいる。何でもない、と言ったレイヴァンも己に起こった変化を悟った。
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