3

 守備隊が到着すると、入れ替わるようにして、ジャンの部隊はニースを出発し、街道を西進した。そのずっと先に、国都、モンフェスがある。ゴール軍がニース奪還に成功したことは既に伝わっているだろう。人々はそのことを喜んでもいるだろうが、ブリトン軍は渋面を濃くしてしわを深く刻んでいるに違いない。彼らはすぐさま、国都の防備を厚くし、地方に展開している各占領部隊に警戒を強めるよう、通達を出したはずだ。おそらく、これから先、進軍は容易には進まないだろう。しかし、それはそもそも覚悟の上であるし、本当に守護者の加護があるのなら、簡単に、とまではいかなくても、今回のようにうまく行くかもしれない。

 ニース滞在中は、町民から志願して部隊に加わる者もいて、ジャンはそれを快く受け入れた。これから先へ進むにつれて、戦闘はより激しさを増し、敵の抵抗も強くなるはずだから、兵の数は多い方が良い。そして、更に彼を喜ばせたのは、これも守護者の加護あってのことだろうか、怪我を負った兵士はいても命を失った者はなく、おかげで、部隊の編成を維持したまま、進軍できたことだ。これは、先々のことを考えれば、戦略上での好材料といえた。

 部隊は行く先々で、街道沿いにある町を落としつつ進んだ。もちろん、激しい抵抗にはあったが、当初の想定よりはずっと楽に攻略でき、町には次々とゴール王国の旗が翻った。戦闘においては、自軍の受けた被害も少なく、勝利の要因としてはやはり、守護者の加護、ひいてはイザベルの活躍によるところが大きかった。彼女は常に先頭に立ち、死を恐れることなく戦場を駆け巡った。その姿は、兵たちに勇気を与え、彼らを鼓舞し勇猛に戦わせた。そしてもはや彼女なくして戦いなどありえず、その存在は、彼らにとっての心の拠り所ともなっていた。

 部隊が国都へと向けて進軍し、次々と町を取り戻していく戦いに呼応して、各地では、国民や諸侯らが立ち上がり、ブリトン軍への反撃を開始した。ブリトン軍も警戒はしていたから、容易に倒されることはなかったものの、やはり、自分たちの国を取り戻すと意気込む者達と、自国を離れ、文化も風習も異なる見知らぬ遠い地で、ただ命令に従っているだけの者達とでは、戦いに向けた覚悟の大きさが異なる。よって、ゴール側にも被害がなかったわけではなかったが、往々にして、戦いはゴール側の勝利に終わり、ブリトン軍は敗走を余儀なくされた。そうして、領地のほとんどは回復され、ジャン率いるゴール軍は、国都まで目前というところまで迫っていた。

 ジャンは国都を眼下に望む丘の上から、モンフェスの街並みを見つめていた。モンフェスは高く強固な城壁と、その周囲を深い森に囲まれた中にあり、四本の街道がその森を分断するように東西南北へと延びていた。その街の中心で、太陽の光を受けて、ダイヤモンドのようにきらきらと煌めいている、ひときわ大きい針みたいな尖塔を持た建物が、この国の、本来の王が住まう王宮だ。今それはブリトン王国のものであり、玉座には座るべきでない者が腰かけて、我こそが王であるかのように振る舞っていることだろう。そして街には、本来なら、ゴール王国の旗が、そこかしこでたなびいているはずが、それらは引き下ろされて、代わって、ブリトン王国の旗が、これ見よがしに翻っていた。その様子を、こうして目の当たりにして、ジャンははらわたが煮えくり返る思いがした。

 ロジェが馬を並足で近づけて、ジャンの隣に並んだ。

「様子は?」

 ジャンが聞いた。

「静かなものだ。およそ活気と言うものを感じない。もしかしたら、ブリトンの連中、もう逃げ出してしまったのではないか?」

「それはないだろう」ジャンは首を振る。「ここを落とされれば、形勢は一気にひっくり返る。是が非でも死守したいはずだ。おそらく、準備は万端と言ったところなのだろう。それゆえに、ああして落ち着きを保っているのだと思う」

「ふむ。そうだろうな」

 ロジェは頷いた。彼としても、ブリトン軍が敵前逃亡などするはずもないことはわかっている。ただ、国都を攻めるとなれば、いかに守護者の加護があるとはいえ、多大な被害は免れないだろう。だからこそ、あのよう希望的観測の言葉が出たのだ。

「どのくらい集まった?」

「千五百ほどかな。もっと集まるかとも思ったが、以外と、国王陛下も人気がないのだな」

「そんなことを言って、誰かに聞かれていたらどうするんだ?」

「誰も聞いちゃいないさ」ロジェは肩をすくめた。「だいたい、本当のことだろう? そうでなければ、こうまでブリトンに蹂躙されることもなかっただろう」

「かもしれん。しかし、皆、自分の領地は守りたい。俺だってそうだ」

「だが、お前は連中とは違う。こうして、陛下を助けて、陛下のためにここまでやってきた」

「それが、我がカルネ家の使命だからな。当然だ」

「恐れ入るよ」とロジェは改めて、尊敬の念を込めて、親友の横顔を見つめた。

「力を貸してくれるだろう?」

 ジャンは振り向き、ロジェを見つめ返して言った。

「無論だ。それが、我がシャノワーヌ家の使命だからな」

 二人は破顔して、ころころと笑って、互いの肩を叩き合った。彼らの愛馬が、主の様子を怪訝に思い、互いの顔を見合ったものの、すぐさま興味を失くしたようで、再び首を垂れて、餌と胃袋との格闘へと戻った。

「ところで」ロジェが話題を変えた。「ユベール殿が来ているぞ。お前に会いたいそうだ」

 ユベールは、カンパイユ子爵領の領主で、カンパイユ子爵領は、国都と辺境伯領との中間にある地域だ。つまり、ジャンが国都へと進軍する途上で、開放してきた町のほとんどは、カンパイユ子爵領内の町と言うことになる。ブリトン王国の侵攻以降、彼は国王に付き従って、辺境伯領の領都であるリエージュに入っていた。

「子爵が? 陛下も一緒か?」

「いや。彼一人だ。兵士を二百人ほど引き連れてきている。もっとも、彼が前線に立つことはないだろうが」

 ジャンは頷いて「しかし、彼が陛下の傍を離れるとは珍しい。常時でさえ、領地の運営は任せっきりで、陛下につきっきりなのに」

「おおかた、陛下のご機嫌取りだろう。俺は、彼のそういうところが好かん」ロジェはそう言って、間違って渋柿を食べてしまったときのような顔をした。そしてこう付け加えた。「お前もそうだろう?」

「俺は、特にどうとは思っていない。ただ、彼の方が、俺の方を嫌っている」

「なのに、お前に会いたいと?」

「他の者達からは既に挨拶を受けている。彼だけがそれをしないと言うのは、プライドが許さんさ」

 ジャンは手綱を引いた。馬は食事の邪魔をされたためか、少し抗議の嘶きを上げたものの、ひとまずはこれで満足しておこうと決めたらしく、首を上げてブルルと一鳴きした。ジャンは馬首を巡らせながら続けて言った。

「さて、それでは挨拶を受けに行こうか。作戦も練らんといかんしな」

 カンパイユ子爵領の領主は、名をユベール・ゲレという。小太りで背が低く、色白でおよそ肉体労働には向かないタイプだ。年齢はジャンよりも二十歳ほど上で、頭が少し薄くなりかけているために、実際の年齢よりも老けて見える。爵位は子爵なので、ジャンより身分は低く、故に王宮での力関係は、ジャンの方が上のはずだが、現状は、ユベールの方が信任が篤かった。それは、次のような理由からだ。

 現国王は、実のところ、ゴール王国建国時から続く、王家の家柄の出身ではない。元は臣下であり、現国王の父親、つまり前国王が、当時の国王から王位を簒奪する形で生まれた、まだ歴史の浅い家柄だ。王位の簒奪など、臣下にあるまじき行為ではあるが、ともかくも、このとき、王位簒奪に尽力したのが、ユベールの父親だった。自らの手が穢れることも厭わず、力を貸したともなれば、即位したての国王にとっては、最も頼りになる人物であり、故に、国王の信頼が篤くなるのは当然の事だった。それ以降、常に国王の傍にあって、なにごとも彼に計ると言うような状況となったわけだが、それを、ユベールは父親から引き継いで今に至る、と言うわけなのだ。

 簒奪が行われたその当時、ジャンは生まれていなかったが、彼の父親である辺境伯が、国都を離れているときにその暴挙は行われた。このような謀略が辺境伯の留守中に行われたのは、彼が建国時の功臣の家柄であり、当然のことながら、この暴挙を知れば阻止したはずだからだ。国王は、王位の簒奪に成功したあと、前王の遺臣であり、絶大な存在感を有する辺境伯を更迭しようと考えたのだが、周囲の反対もあり、なにより、彼には重要な役目があったために、国王はひとまずそれをしなかった。

 その、重要な役目、というのが、王国が危機的状態に陥ったとき、国王の避難先としての、辺境伯領の維持と防衛だ。辺境伯領は、ゴール王国の東端にあり、周囲を急峻な山で囲まれている為、防衛しやすく、故に、有事の際の逃亡先として最適で、国王は、ここで力を蓄え、時節を見て反撃に転じ、国土奪還を目指す。今回、ブリトン王国の侵略を受け、国都を落とされるに至り、こうして辺境伯領へと国王は逃れてきたわけだが、過去に遺恨はあっても、臣下であることに変わりはないので、こうして、ジャンは国王のために戦っているのだ。

「お待たせしました。ユベール殿」

 テントに入ると、背を向けて椅子に腰かけている男にジャンは言った。彼は戦支度はしておらず、戦場には似つかわしくないほどの軽装をしていた。そのすぐ後ろに、配下であろう甲冑姿の兵士が一人立っていた。ジャンは長テーブルを回り込んで反対側に腰かけた。

「人を待たせるのがそなたの礼儀なのかな?」

 ジャンが座るなり、ユベールは嫌みを言った。

「あらかじめ、来られることをご連絡いただければ、お待たせすることもなかったでしょう。他の方々は、皆そのようになされましたよ」

 負けじとジャンは言い返す。

「つまり、私の方こそ礼儀知らずだと、そう言いたいのかね」

「いいえ、とんでもない。ただ、指揮官たる私には、やることが多いものですから、突然お越しいただいても、すぐには対応しかねると、そう言っているのです」

「指揮を執っているのは、例の小娘だと思っていたが?」

「むろん、その通りです。彼女は最前線にあって、部隊を鼓舞し、率いてくれています。それはもう、見事なものです。我々がここまでこれたのも、彼女のお蔭と言ってよいでしょう。ぜひあなたにも、その活躍ぶりをご覧いただきたいものです。しかしながら、用兵、と言う点では、彼女は素人ですから、別途、慣れた者が必要です。故に私は、彼女に代わって、兵の指揮を執っているのです。国都奪還は、その小娘と私とで、との国王陛下からのご命令ですので、私が指揮を執るのは、何ら問題はなかろうかと思います」

 ジャンは堂々とそう答えた。

 ユベールは、不満そうに口を歪めたのち、ふんっ、と鼻を鳴らして立ち上がった。その彼に、ジャンは言った。

「午後から作戦会議を開きますので、ユベール殿もお集まりください。宜しいですね?」

 ユベールは再度、鼻を鳴らすとテントを出て行った。彼の配下がそのあとを追いかけたが、去り際に、ジャンへと向かって軽くお辞儀をしたのを見て、主はともかく、部下は使えそうだと、彼は地図の上に駒を一つ加えた。

 天幕にはジャンとイザベルの他にロジェとポール、そしてユベールと数名の領主が集まっていた。数名の領主、というのは、ゴール王国を構成する領主の全てが参集したわけではない、と言うことだ。というのも、ジャンが辺境伯領から国都を目指して西進してきた関係から、国都から東方面はブリトンの支配から解放されたが、その西方面はまだブリトンの支配下にあった。だから、参戦できたのは、一部の領主のみと言うわけだ。それでも、兵の数が多い方が作戦の幅も広がるし、仲間が増えるのは心強くもあったから、それはそれで有難かった。

「敵の数は?」

 ジャンが聞いた。

「正確な数字はわからないが、我々よりは少ないはずだ。国都は堅牢な城壁で守られている。まさに、守るに易く、攻めるに難い、といった様子だ。それほど守備兵は必要ないだろう」

 ロジェが答えた。

「ならば、城を取り囲み、補給路を断った上で、敵が降参するのを待てばよかろう」

 ユベールが言った。

「敵も命令を受けているのです。数に劣るからと言って、おいそれと降伏するとは思えません。それに、中には多くのゴールの民がいるのです。その者達を飢えさせるおつもりですか?」

 ジャンが指摘する。

「国と陛下のためだ。彼等も喜んで犠牲になるだろう」

「彼らも、家を守るためならその命を捧げることはするでしょう。しかし、だからといって、自らの命を軽んじているわけではありません。それを、あたかも軽視するかのような作戦は、必ずや、陛下への批判の声となって沸き起こるでしょう。それでも宜しいのですか?」

「では、どうすると言うのだね?」

 ユベールは少しムッとして言った。

「あなたが何かご存じではないかと」

「私が?」ユベールは目を見開いた。「なにを知っていると言うのだね」

「モンフェスがブリトンの侵攻を受けた際、周囲を大軍に囲まれていました。まさに、蟻の這い出る隙間もないほどです。それなのに、どうやって国都から逃れることができたのか、それが不思議だったのです。しかし、もし、国都の外への抜け道があるとするなら、その疑問も解決します。私はそれを存じませんが、あなたはご存じなのではありませんか?」

「抜け道があったとして、どうする気かね?」

「その抜け道から何人かを中に送って、内側から城門を開けさせます。その後、我々は中へと入り、ブリトン軍を一掃します。これなら、被害も最小限で済むでしょう」

「成功する保証はない」

「ユベール殿の懸念はわかります。しかし、我々には、守護者様のご加護があります。お忘れですか?」

 ジャンはそう言って、イザベルを見つめた。彼女は無言でこの遣り取りに耳を傾けている。

 ユベールがイザベルに目を向けた。すると、彼女はその通り、と言うように頷いて見せた。ユベールは言った。

「よかろう。だが、仮に失敗したとしても、私に責任はない」

「わかっています。指揮官は私ですから、作戦の責任は全て私にあります。では、抜け道を教えていただけますね?」

 ユベールは地図にその場所を書き込んだ。国都からはだいぶ離れた、街道からも逸れた道なき森の中にある。そこは彼らが陣を張る場所からはそれほど離れていない。

「兄上。私に任せていただけませんか」

 ポールが潜入部隊のリーダーに名乗り出た。戦場を駆け巡って剣を振り敵を倒すのは、もうだいぶ慣れたし経験も積んだ。しかし、あくまでそれは、兄である指揮官に従う一兵卒としての働きであって、自らが兵を率いたことはいまだに無い。だから今度は、自らの判断で部隊を指揮してみたいのだ。

「もし、安易な考えでいるなら、任せられんな」

 ジャンは厳しめの口調で言った。彼は、ポールの能力を疑っているわけではない。実力は彼が良く知っている。だから、ポールならうまくやるだろうとも思っている。しかし、国都奪還は、この潜入作戦の成否にかかっている。万が一、先に敵に感づかれれば、抜け穴は塞がれ、打つ手はなくなってしまうだろう。故に、失敗するわけにはいかないのだ。

「たしかに、作戦の指揮を執ってみたいという思いはあります」

 ポールは正直な気持ちを打ち明けた。隠し事など、兄には無意味だと知っているからだ。彼は続けた。

「だからと言って、それを軽く考えてなどいません。重要な任務であることは、十分に理解しています。だからこそ、やってみたいのです。どうか私に任せてください。もし、失敗したなら、その責任は取ります。でも、その心配はいりません。なぜなら、必ず成功するからです」

 ポールはそう言いきって、きりっと表情を引き締めた。

 ジャンは、ロジェと顔を見合って意見を求めた。彼は、いいんじゃないか、というように肩をすくめた。その表情は微笑んですらいた。ジャンも同じ思いだった。

「わかった。いいだろう。人選も含め、全てお前に任せる」

「はい! 兄上!」ポールは破顔して、ピシッと直立した。「お任せください!」

 ジャンもまた、頼もしく成長した弟の姿に、しっかりと頷いた。

 ジャンはゴール軍を四つに分け、夜もまだ明けやらぬ頃、東西南北の城門近く、森の中に配置した。四つに分けたのは、全ての城門を潜入部隊によって開く計画ではあったが、万が一、どれか一つしか開かなかった場合でも、そこから部隊を侵入させることができれば、そこを突破口として、国都奪還の道を切り開くことができるだろうと、そう考えてのことだ。ジャンの率いる部隊は、東門を担当した。ゴール軍の進軍に備えて、最も防御が厚いと思われる方面だ。そのため、潜入部隊も東門を開放するのは苦労するだろう。

「そろそろ動きがあってもいい頃合いだが」

 ロジェが、林立する木々の向こう、月明かりに浮かんで見える城門を眺めながら、心配そうな面持ちで言った。

「敵も防備はしっかりと固めているだろう。そう簡単にはいかんさ。ポールを信じて待とう」

 ジャンはそう答えた。彼にも不安がないわけではない。作戦の成否に関してもそうだが、場合によっては肉親を失う恐れもあったからだ。が、弟が、自信を持って成功すると宣誓したのだ。宣誓した以上、それを信じるのは、兄として、指揮官として当然のことだ。

 それから半時ほどが経過した。空が微かに白み始めてきた。そろそろ撤退を指示すべきだろうか。そう思い始めたとき、彼らから見て右手、北門の方、その郊外で動きがあった。森がざわざわと騒ぎ始めたのだ。おそらく、部隊が動き出したのに伴い、森の住民たちが、慄きや抗議の声を上げたのだろう。城内の目聡い者は、その異変に気が付くかもしれないが、こうした森ではよくあることだから、ほとんどの者は、たいして気にしないはずだ。

「動き出したな」

 ロジェが言った。

「ああ」ジャンは頷いた。ひとまず、潜入部隊が目的を果たしてくれたことに安堵した。「うまくやってくれたようだ。あとは、こちらの門が開いてくれればいいが」

 ほどなく、北門の付近から、鬨の声に交じって、怒号と金属同士のぶつかる音が聞こえてきた。戦闘が始まったのだ。

「始まったか」ロジェは身じろぎして「俺もあっちに行けばよかったかな」と、冗談とも取れない口ぶりで言った。

 時を置き、南門、西門の方からも騒ぎが上がった。残すはこの東門のみだ。ジャンとその部隊は、その時が来るのを固唾を飲んで待った。が、暫く待ってはみたものの、城門が開く様子はない。潜入部隊は失敗したのだろうか。それともただ手こずっているだけか。じりじりと時間が過ぎて、次第に焦燥感が広まり始めた。

 攻城戦が始まってから既に一時間近くが経過して、城内のあちこちから、激しい戦闘の音と行き交う怒号の声が聞こえてくる。本来なら、四方から城内に侵入し、一気に片を付ける計画だった。そこに参加できないでいるのは、なんとも歯痒くて仕方がない。こうなっては、作戦の変更が必要だろう。北門か南門か西門か。そのいずれに、加勢に向かうべきか。そう、考え始めたとき、見張りをしていた兵士が駆けてきて、嬉々とした様子で声を上げた。

「開きました! 城門が開きましたっ!」

「おうっ!」

 待ってましたとばかりに、ジャンより早くロジェが応じた。

 ジャンは、城門が開かれたことに安堵を覚えつつ、遊びに出かける前の子供のようなロジェの様子に苦笑して、馬に飛び乗ると、背後に控える部下たちに馬首を向けて「よし! ではいくぞ!」と声をかけた。

 兵たちは雄たけびを上げ、ばねのように立ち上がる。声は反響して木霊し、驚いた鳥たちが飛び立った。太陽は既に山の稜線から顔を出し、国都は朝日を浴びて黄金色に煌めいていた。

「私が先に行きます」

 イザベルが、ジャンの隣に並んで言った。彼女はこれまでの戦いにおける象徴的な存在だ。それを考えれば当然の判断だ。

「うむ。いいだろう」

 ジャンはそう答えて馬を少し下がらせた。

 イザベルは旗竿を高々と掲げた。ジャンが言った。

「我らが国都は目の前だ。今こそ、我らの武勇と勇気を示せ! そして、必ずや、国都を取り戻すのだ! いざ、イザベルに続け! 守護者の加護があらんことを!」

「おーっ!」

 兵士たちの雄たけびと共にイザベルは馬を走らせた。兵たちが一斉にその後を追う。彼らは暴風の如く森を駆け抜けて、津波のように城門へと押し寄せた。そして、それは堤に打ちかかると、砕けることなく乗り越えて、一気に中へと流れ込んだ。

 城内は既に混乱の極みにあって、人々の叫び喚く声で満ち満ちていた。部隊はそれを掻き分ける様にして進んでいき、ブリトン兵を見つけると、親の仇とばかりに打ち掛かった。既に、他方での戦況を耳にしているのだろう。彼らの戦意は高くなく、不利と見て取るや背を向けて逃げ出した。しかし、城内は何処に行ってもゴール兵ばかりで、逃げ道などあるはずもない。彼らは投網にかかった魚の如く、次々と討ち取られていった。そして、一時もしない頃には、抵抗する者は誰一人とていなくなった。北門、南門、西門の方から、歓声が聞こえてきた。それに遅れること数分ののち、ジャンが言った。

「戦いは我々の勝利だ! 勝どきを上げろ!」

 するとロジェが進み出て、大きな声で勝どきを上げた。兵士たちがそれに続いて、のどが裂けんばかりに、勝利の言葉を連呼した。

 その歓声の中から、良く知る人物の声が聞こえた。

「兄上!」

 浮かれ騒ぎ、戦勝に酔いしれる兵士たちを掻き分けて、ポールがやってきた。

「ポール!」

 ジャンは愛馬を飛び下りた。そして、表情を緩め歓喜に目元をほころばせながら、駆け寄って弟を強く抱きしめた。彼はポールの背中を三度ほど叩いてから、様子を確かめるようにその顔を見つめて言った。

「お前ならやってくれると思っていた!」

 弟が無事であったことより、作戦の成功を喜んでいるとは薄情な兄だと思うかもしれない。が、作戦の趨勢を気にすることは、指揮官であるならば当然と言えるだろう。とはいえ、命の危険を伴う任務から、それをやり遂げただけでなく、こうして無事に帰ってきたのだから、弟の帰還を喜んでいないわけではない。事実、ジャンの表情がそれを物語っている。

「当然です!」ポールは破顔した。「あなたの弟ですよ!」

 二人は満面に笑みを浮かべて、互いの肩を抱き合い、作戦の成功と無事を喜び合った。

 そこにロジェがやってきた。

「ポール! うまくやったな!」

 彼はポールの肩を拳で叩いた。

「見直していただけました?」

「無論だ」ロジェは、今度はその肩をポンと叩いた。「今日の酒宴の主役はお前だな。お前の活躍なくして、国都奪還はならなかったわけだから。……そうだ。一つ、スピーチを頼もう」

「私が、ですか?」

 ポールは目を丸くした。こういう時、スピーチをするのは、大概はジャンかロジェの役目だからだ。

 ロジェは頷いて「今後は、そう言うのもやる機会が増えるだろう。いい練習だと思え」とジャンを見遣り「なあ?」と同意を求める。

「そうだな」ジャンは首肯する。「そう言うことに慣れておくのも、悪くはないだろう」

「いいスピーチを考えておけよ。そういう人間の下で、人は働きたいと思うものだ」

「わかりました。きっと、うまくやって見せます」

 ポールはそう言って目をくるくると回した。既に、話す内容に思いを巡らせているようだ。

 ジャンはその様子を微笑ましく見つめてから「さて、その前に、まだ一仕事が残っているぞ」と話題を変えた。「ロジェ。残党が潜んでいないか調べてくれ。それと、城門と城壁への警備兵の配置も頼む。各領主の兵は、兵舎の数も十分ではないから、町の外に設営してもらうことになるだろう。ポール。お前はその旨を各領主にお伝えした上で、兵士たちには、新鮮な水と食料を、馬たちには飼い葉を用意してやってくれ」

「わかった」

「わかりました」

 ロジェとポールは頷いて、それぞれ新たな任務へと向かった。

 ジャンはイザベルを捜して周囲を見回した。しかし、辺りは勝利に沸く兵士たちでごった返していて、体の小さな彼女の姿はちらりとも見えない。彼は兵士たちにねぎらいの言葉をかけつつ、イザベルを見なかったかと尋ねながら、彼らの間を縫うようにして捜し回った。兵士たちは皆、喜ぶことに夢中なせいか、誰もがイザベルを見ていないと答えた。が、それでもなんとか数分後には、城門近くの家屋の傍で、馬の首を優しく労わるように撫でている彼女を見つけた。

「ここにいたか」

 ジャンはため息をつきながら言った。彼女が見つかったことについてもそうだが、どこにも怪我などなさそうだったことに安堵したのだ。

「あちらの方は、もういいのですか?」

「ああ。必要なことは、ポールとロジェに任せてある」彼は浮かれ騒ぐ兵士たちを振り向いて「騒がしくてすまないな」

「いいえ」彼女は顔を上げて男たちを眺めた。「仕方のないことです。このために、ここまで頑張ってきたのですから。今度のことは、守護者様もお喜びでしょうから、大目に見てくれると思います」と優しく微笑んだ。

「そうだな」ジャンも笑みを浮かべた。彼は続けて言った。「これで、無事に使命は果たせたな」

 彼は白馬の鼻梁を撫でた。馬は嬉しそうに嘶いた。

「はい。私の役目もこれで終わりです」

 イザベルは清々しげに答えた。

 目的を達成したあとと言うものは、少し寂しく感じたりもすることもあるから、彼女もそうかもしれないと、そう思って言葉をかけたのだが、むしろ、そう感じていたのはジャンの方かもしれない。

「このあとはどうするつもりだ?」

「村に戻りたいと考えています。家族が待っていますから」

「良い家族なのだろうな」

「ええ……そうですね」

 伏し目がちにして、どこか答えにくそうにイザベルは言った。

 ジャンは、一度、口を開きかけたが、思い止まってやめた。なにか力になれることがあればとも思うが、家族のことに口出しするのは良くないと思ったのだ。

 そこに、ポールが駆けてきて言った。

「兄上。命令通り、食糧と水、飼い葉の手配は終わりました。それと、ユベール殿が、この後のことについて話し合いたいとのことです。王宮に来て欲しいそうです」

「わかった。直ぐに行く」彼はイザベルを見遣り「すまないが、彼女に部屋を用意してやってくれ。そのあとで、お前には大役を任せたい」

「わかりました。部屋はすぐに用意します。それで、大役というのは?」

 ポールは目を輝かせた。

「リエージュへと馬を走らせて、事の次第を報告してくれ。国王陛下に、すぐにでもモンフェスへ来られるようにと」

 ポールは明らかに残念そうな顔をした。ジャンは笑いを噛み殺して言った。

「不満か?」

「大役ということなので、もっと違うものを期待していました。ああいうことのあとですからね」

 ジャンは今度は、笑みを隠さなかった。

「これも大役だぞ。名誉の報告を任せようと言うのだからな。少しくらいなら、大げさにしてもいいぞ」彼はそこまで言って、思い出したように「ああ、だが、祝勝会でスピーチをする方がいいと言うなら、他の者に任せるが」

 ポールは、すっかり忘れていた、と言う顔をして、すぐに安堵の表情を浮かべて「なるほど、そちらよりは大役ですね。わかりました。スピーチの方は兄上に任せます」と言って、小声で続けた。「実は、話す内容が思い浮かばなくて、困っていたんです。ですから、助かりました」彼はくすっと笑ってからイザベルに向き直り「行きましょう。あなたには、とびっきりいい部屋を用意しましょう」と、二人は歩いて行った。

 その姿を見送って、さて、とジャンは息を吐き、王宮へと足を向けた。

 王宮はモンフェスの中心部にあり、いかなる建造物よりも大きく、そして高く立派な尖塔を持った建物だ。戦闘前に掲げられていたブリトン王国の旗は既に降ろされて、本来の主であるゴール王国の旗が、意気揚々と風にはためいている。それを見てようやく、本当の意味で、国都を奪還したのだと実感が沸いてくる。

 王宮内は荒らされることもなく、以前の様子を保っていた。如何なブリトン軍でも、他国の王宮での振る舞いについては気を付けていたらしい。憎き敵ではあるが、その点については、褒めてやってもいいかもしれない。ジャンは広々とした廊下を、右へ曲がり或いは左に曲がって、やがて板チョコみたいな装飾の扉の前へとやってきた。彼はドアを開けて中へと進んだ。

 そこは、王や領主、官僚たちが集まって、様々な議題について議論を行う会議室だ。会議室とはいえ、そこは王宮の中だから、簡素な様子は欠片もなく、壁や柱の装飾はそれは見事なもので、燭台の柔らかな明かりがそれらを美しく浮かび上がらせて、床に敷かれた美麗な文様の描かれた絨毯は、まぶしく感じるほどに真っ赤に映えていた。重厚そうな長テーブルの奥にはこれも立派な椅子があり、その左右に少しばかり地味な様子の椅子が並び、奪還作戦に参加した領主たちが腰かけて談笑していた。

「お待たせしました」

 ジャンはそう言って上座に腰かけた。彼の左手には、今はまだ空席だが、王が座る見事な造形の椅子がある。彼の正面に座っているのがユベールで、他の領主たちがそれぞれ空いた席に腰かけていた。

「あちらの方はどうかね」

 ユベールが聞いた。領主たちはおしゃべりをやめてジャンに注目した。

「警備兵を配置するよう指示しました。また、戦勝の報告と、国王陛下をお迎えするために、リエージュに人を送りました」

「リエージュに人を? 我らに相談もなしでかね」

 ユベールは眉間にしわを寄せた。

「国内外に国都奪還を知らしめるためにも、一刻も早く、国王陛下には国都へ入っていただく必要があります。国都に陛下がお戻りになったと知れば、いまだ解放を得ていない他の領主、領民も、大いに勇気づけられることでしょう。それに、国都奪還の指揮を取った者として、その報告をするのは当然のことと思います。が、お気に召さなかったのでしたら、この通りお詫びいたします」

 ジャンは答えて頭を下げた。

 ユベールは、不満げに、ふん、と鼻を鳴らして「まあ、よかろう。いずれはお呼びするつもりだった」

 領主たちが互いの顔を窺いながら、頷き合っている。ユベールは続けた。

「ところで、先ほど、他の領主や領民も勇気づけられると言ったな? そこで提案したいのだが、そなたはこのまま進軍し、領主たちに協力して、領地回復の手助けをするべきだと思うが、どうかね?」

「なるほど、それもごもっともかもしれません。ですが……」ジャンは挑むようにユベールを見つめた。彼は、かつて、父の留守中に起きた事件を思い起こして、その提案の裏に、なんらかの意図が隠されているのではないかと懸念していた。「モンフェスを取り戻そうと、敵が戻ってくる可能性があります。私はそれに備えねばなりません」

「それなら我らだけでも十分だ。それとも、我々には無理だと、そう言いたいのかね?」

 領主たちは皆が頷いて、そして不満げに顔をしかめた。領主と言うものは、そもそもそれぞれが独立しており、利害の一致なければ歩調を合わせることはほとんどない。故にこの様子を見るに、既にユベールから言い含められているようだ。

「そうは言っていません。しかし、私は、国王陛下が我が領地に入られてから今まで、ずっとお護りしてきました。そしてそれが、私の役目でもあると思っています。ですから少なくとも、陛下が王都にお入りになるまでは、その役を務めるのが当然かと考えます」

「なるほど、殊勝なことだ。だが、ここはもはやそなたの領地ではない。故に、そなたの、陛下をお護りするという役目は十分に果たされたと思うぞ。然るに、そなたに残された果たすべき役目は、残りの領地の回復であろう。従って、すぐにでも出立すべきと思うが。今この時も、彼らはブリトンの支配を受け続けているのだ」

「よくわかりました」ジャンは、気づかれない程度に呼吸を深くした。「ですが、私は国王陛下の臣であって、あなたの臣ではありません。故に、国王陛下がそう命じられたのであれば、それには従いましょう。が、あなたに従う理由はありません」

 ユベールは、キッとジャンを睨んだ。他の領主たちはざわざわと隣の者と顔を見合っている。やがて、ユベールが言った。

「なるほど。よくわかった。今の言葉、忘れるでないぞ」

 彼は立ち上がると、足を踏み鳴らすようにして歩いて行った。そのあとを、領主たちが慌てて追いかけた。

 扉がバタリと閉まり、室内にはジャン一人だけが残った。彼は大きくため息をつくと、背もたれに寄りかかり、頭を後に逸らせて天井を見上げた。そこには、王冠を頭に乗せた初代のゴール王と、その隣に、今は守護者と呼ばれ、当時は賢人と称された人物、そして、建国に尽力した五人の人物が、同じテーブルを囲み、朗らかに笑みを湛えながら、同じ料理を頬張る姿が描かれていた。彼らの結束の強さを窺わせる絵画だ。その、五人の中の一人が、ジャンの祖先である、初代の辺境伯だ。

 その絵画を見つめて、ジャンは思った。時代は流れ、脈々と続いていた、初代王の血統は失われ、領主たちの結束も綻びを見せ始めている。時と言うものは移ろいやすいものだ。だから、そこに変化が起きるのは当然といえるだろう。ただ、そのことが、ゴール王国にとって、そしてゴールの民にとって、災厄の元とならなければよいが、と。

 二週間ほど後のこと、リエージュからポールが戻ってきた。彼の報告によれば、国王は既に、国都へと向けて進軍しているということだ。行幸をしながらゆっくり進んでいるということで、あと半月から一月ほどはかかるらしい。出来るだけ早くモンフェスに入るべきであるのだが、道々、下々の者にその存在を知らしめ、姿を見せて勇気を与えるのは、国王たる者の務めともいえるだろう。そのことが、国威発揚へと繋がるのであれば、それはそれで悪い事ではない。ともかく、ジャンのすべきことは、国王が入城するまで、しっかりと国都を防衛し、国王の帰還に備えることだ。

 予定より少し遅れて、国王が王都に到着した。共の者を大勢引き連れていて、隊列は華やかだ。城門付近は黒山の人だかりで、国王の帰還を今や遅しと待つ人だかりの波は、寄る瀬もないほどにぎゅうぎゅうと打ち寄せていた。

 隊列の先頭が城門に入ってくると、観衆は一斉に歓呼の声を上げた。手を振り、旗を振って一行を出迎える。隊列の面々は、胸を張って、誇らしげに街路を進んでいく。そしていよいよ国王のお出ましとなったとき、歓声はより一層大きくなって、興奮は最高潮へと達した。国王は右へ左へと笑顔を振りまきながら、手を振ってその声に応えた。

 ジャンが国王を迎え出ようと足を踏み出したところで、そのそばをユベールが素早く通り抜けて、国王が駆る馬の前に立ち止まると、慇懃にお辞儀をして言った。

「お待ちしておりました。国王陛下」

 国王が片手を上げると隊列は停止した。兵士がやってきて、馬の傍に脚立を置いてすぐ横に直立した。王は脚立を使って馬から降り、ユベールの前に立った。

「ユベール」王が声をかけると彼は顔を上げた。今にも泣きだしそうな顔をしている。少し芝居がかったようにも見えるが、王は特に気にしている様子はない。王は続けて言った。「このたびのこと、良くやってくれた。すべてはそなたの働きのお陰だな」

「いえ。私のしたことなど、些末なことにすぎません。すべては、国王陛下の徳の高さ故のこと。こうしてまた、ご尊顔を拝謁し奉ることができたこと、なによりもうれしく思っております」

 ユベールは改めて首を垂れた。

「うむ。私もお前に再会できたことをうれしく思うぞ」

 王は満足げに言った。

 ユベールは顔を上げた。

「もったいないお言葉……。恐悦至極に存じます」

 よしよし、と頷いて、王は微笑んだ。

「では、王宮へと参ろうか」

「はい。では、お馬へ」とユベールが言ったのを、王が制止した。

「いや、歩いて行こう。我が民の様子を見たい。皆も、私の姿を見たいだろう」

「かしこまりました。仰せのままに」

 ユベールは恭しく頭を垂れて、脇へと退いて王に道を譲る。王はゆったりとした足取りで歩き始めた。ユベールはそれを、お辞儀をしたまま見送って、横を通り過ぎると顔を上げ振り向いて言った。

「お前たち。一緒について参れ」

 しかし、声をかけられたのはジャンではない。王と共にここまで旅をしてきた兵士たちだ。

 王とユベールは人々に笑顔を振りまきながら歩いて行く。その後ろを、兵士が付き従って進んで行った。

「こっちにはねぎらいの言葉もなしか。気に食わんな」

 国王一行が遠くに離れると、ロジェが言った。苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「本当ですね」ポールが同意した。「汗水どころか血まで流したのはこちらなのに……。陛下はどうしてしまったんでしょうか」

 彼は憤懣やる形無しと言う表情を浮かべてていた。

「二人とも口を慎め」ジャンがたしなめる。「言葉が過ぎるぞ」

「そうは言ってもな」ロジェは不満げに顔をしかめた。「ポールの言った通り、血を流したのは俺たちなんだ。一言ぐらい、あってもいいとは思わないか?」

「そうですよ。街の人たちもみんな、誰が一番の功労者か知っていますよ。彼じゃないってことも」

「彼らがわかっていると言うなら、それでいいではないか。そもそも、それが目的で我々は戦ったわけではない。そうだろう?」

「それは、確かにお前の言う通りだ。だが……」

「それに、一番の功労者はイザベルだ。彼女こそ、感謝されるべきだろう。ところで、そのイザベルはどうした? 真っ先に拝謁を願い出そうなものだが」

「自分の部屋にいますよ」ポールが答えた。「汚い身なりではお目にかかれないからと」

「それなら用意をさせたものを。ポール、用意をしてやってくれ。いずれ、声がかかるだろう」

「かかるかな?」

 ロジェが言った。

「俺はともかく、彼女はな。陛下も、ユベールも、国民の声は無視できまい」

「では、町の者に言って準備をさせましょう。皆、喜んで協力しますよ」とポールは受け合った。

 国王が帰還した数日後、国都ではそれを祝して祝賀会が開かれることになった。そこで、それに先んじて、この度の功労者であるジャンとイザベルに、表彰が贈られることとなった。が、目的はそれだけではなかった。

「両名、前に出よ」

 ユベールに促され、二人は王の前へと進み出て、膝を降り頭を垂れた。イザベルは、ポールが用意させた衣装を身に纏っていた。今までずっと男装していたから、突然の淑女らしい恰好に、それがどうにも慣れてないらしく、動きがぎこちなくて、どこか居住まいが悪そうだった。

 二人を挟んで両側に、領主……まだ解放されていない領地の領主は出席していない……と廷臣たちが並び、正面の階段を数段上ったところに、国王が玉座に腰かけていた。リエージュに避難していた時には見られなかった、立派な衣装を身に着け、煌びやかな王冠を頭に乗せている。

「面を上げ、立つがよい」

 王が言った。

 二人は顔を上げ、立ちあがる。色白で面長の、直毛の金髪を肩まで伸ばした若者がそこにはいた。実のところ、国王はまだ若い。ジャンより三つほど年を取っているだけだ。彼は五人いた男兄弟の末っ子だが、前王の死去に伴って起きた玉座を巡る争いで、兄たちを毒やら何やらで暗殺して……との噂もあるが、ともかくも、それに勝ち残り即位した。故にあまりよくない印象をジャンは持ってはいたが、そう言うことは世の常であるから、王は王であり、臣は臣であるということには変わりがない。

 王が言った。

「そなたらの此度の働き、誠に見事であった。礼を申して遣わそう」

「臣ならば国家のために働くは必定。礼になど及びません」

 ジャンは軽くお辞儀をして答えた。

「そうか」とだけ王は言って、すぐに話題を変えた。「ところで、我が領地はまだ半分を取り戻したにすぎん。残りはいまだブリトンの支配下にある。そうだな?」

「はい。その通りでございます」

「私はこうして国都に戻ることができたが、それはあくまで、国都が我が手に戻ったと言うだけのこと。領地の全てを取り戻さなくては、本当の意味で国を取り戻したとは言えん。そうであろう?」

「はい。おっしゃる通りでございます」

「故に、残りの領地も取り戻すべきと思うが、どうか?」

「それは、その通りでございましょう」

「うむ。そこでだ。ユベールからの提案もあってのことだが」王がそこまで言ったところで、ユベールの頬がピクリとしたのをジャンは見逃さなかった。なるほど、と彼は得心して、王の次の言葉を待った。「そなたに、領地回復の任を命ずる。そこの娘も連れてゆくと良いだろう。守護者のご加護があるだろうから」

「承知しました。陛下のご命令とあれば、それに従います。ただし、お願いがございます」

「なんだ?」

「我が兵だけでは心もとなく、然るに、他の領主様方からも兵をお出し願いたいのですが」

「それについては、私から申し上げて宜しいでしょうか」

 ユベールがすぐさま割り込んだ。王はただ頷いた。ユベールは続けた。

「各領地とも、ブリトンより解放されてからまだ日も浅く、いまだ混乱しているところもあると聞く。そのような状況では、王国の屋台骨を支えることはできぬであろう。然るに、各領主に置かれては、まずは自領へと戻り、領地の安寧を計るが良いと考える。その上で、各領地が安定を得た然る後に、兵を率いて参戦する、と言うのはどうか」

 これはいわば、兵を出すつもりはない、と言うことを宣言するものだ。仮に、頼んでみたところで、領主から、まだ兵を出せるゆとりはない、と言われたなら、それを信じて受け入れるしかない。国王であれば、彼らに命じることもできようが、国王はおそらく、それをすることはないだろう。

「わかりました。そう言うことなら仕方がありません。ひとまず、我々だけでなんとかしましょう」

「うむ。期待しているぞ」王が頷いて言った。彼は続けた。「しかし、その前に、祝賀の宴に出て行くくらいのゆとりはあるだろう。そなたらも参加するがよい」

「有難きお誘いにはございますが、皆が我々の到着を首を長くして待っているでしょう。然るに、お許しいただけるのであれば、この場を辞させていただき、急ぎ出陣の準備をし、明日の朝にでも出立したいと存じます」

「そうか。わかった。許そう」

 王はそっけなく答えた。

「それでは、私どもはこれにて」

 ジャンもそっけなく答えて一礼し、イザベルを伴って玉座の間を後にした。


「見送りもなしか」

 ふん、と鼻を鳴らしてロジェは言った。彼の背後には部隊が列を組んで並んでいる。時は太陽が山の頂から顔を半分ほど覗かせた頃合いで、モンフェスの街はまだ眠りの途中にいる。兵士たちの多くも、さあ、仕事にかかるぞ、と言うように、天へと昇って行くお日様とは対照的に、目を半分ほど閉じて眠そうに欠伸を繰り返していた。どうにも緊張感に欠ける様子ではあるが、それもこの領地にいられる間のことであり、領境を越えてしまえばそこはまだブリトン王国の支配領域であるから、否が応でも眠気も吹き飛ぶことだろう。

「昨晩も、遅くまで騒いでいたそうです」

 ポールがやれやれと言う顔で言った。

「領境を超えたらそうしたことにうつつを抜かす暇はなくなるだろう。仕方があるまい。お前は混ざらなかったのか?」

 ジャンが言った。

「兄上がなさらないのに、自分一人が騒ぐわけにはいきませんよ」

「俺は別に構わなかったんだが」

「そう言うわけにはいきません。兄上は領主ですから、ただの兵卒ならともかく、私が領主を差し置くわけにはいきません」

「わかった。それでは、用事が済んだら、我々もリエージュではしゃごうではないか」

「うむ。それは言い考えだ」ロジェが嬉々として同意した。「実は、とっておきの酒がある。それを持参するとしよう」

「ああ、いいですね。年代物ですか?」

 ポールはそう言って目を輝かせた。

「確かに年代物だが……」ロジェは顔をしかめて「お前はまだ酒を飲んで良い歳ではなかったと思うがな」

「いいではありませんか。そう言う時くらい、細かいことは忘れてください」

「いや、そう言うのを許すと、悪い癖になる」

「あなただって、僕より若いときにはもう、酒を飲んでいたって言うじゃないですか」

「あれはな……」

 ロジェとポールが言い合っているのを、笑顔で聞きながら、ジャンはイザベルの方へと顔を向けた。彼女はひらひらのついた衣装から、いつもの着なれた服装に戻っていた。彼は言った。

「一緒に来る必要はないんだぞ。お前は俺たちと違って、臣下ではないんだ。命令に従う理由はない。自由にしていいんだ」

「いえ」イザベルは首を振った。「臣下でなくても臣民ではあります。王様のご命令なら、従う必要はあります。それに、あなたには私の助けが必要です」

「女に、特にお前のような小娘に助けられるほど、落ちぶれてはいない」

 考えを変えてくれればいいがと思い、ジャンは少し怒ったように言ってはみたものの、やはり、と言うべきか、そう簡単にはいかなかった。

「気分を害したのであれば、申し訳ありません。ですが、よく考えた上で出した結論です。私は、あなたのために、なにかをしたいのです」イザベルは、懇願するように言ってから、ゆっくりと首を振って「いえ、そうしなければならないような気がするのです」

 国都を奪還するという、彼女の受けた啓示については既に果たされている。だから、彼女がこれ以上、彼らと行動を共にする理由はない。しかし、ジャンの受けた啓示は彼女に関連することであり、それはいまだ果たされていない。もし、彼女の感じているそれが、そのことと関係があるのだとすると、それを完全に無視すると言うわけにもいかない。

「わかった。お前が望むようにすると良いだろう」

 辺りが黄色に染まり始めた。朝日は山の稜線の上にどっかと腰を下ろしていた。ジャンは振り向いて言った。

「よし。出発だ」

 四人を先頭に隊列はそろそろと動き出す。彼らは一路、西へと駒を進めた。

 国都奪還までに至る彼等の活躍ぶりは国内の隅々まで広く伝わっており、ゴール軍が現れたと聞くや人々は勇気百倍とばかりに奮い立ち、彼らの激しい抵抗にあったブリトン軍は完全に浮き足立つ形となって、敗戦に次ぐ敗戦を重ねて、その士気は低下の一途を辿るばかりであった。故にゴール軍の進軍は思いのほかに楽なものとなって、領地回復の戦いも、大きな損失もなく順調に進んでいった。

 そんなあくる日のこと、彼らはとある森の中で野営をしていた。陽もずいぶんと陰り、既に食事も終えて、兵士たちは交代で見張りに立つなどしつつ、テントで休憩を取っていた。一方、ジャンは天幕の中、小さなテーブルの上に広げた地図を見つめていた。主な町や城にはバツ印がつけられている。すべて、彼らが攻略し解放した場所だ。その印のつけられていない、地図上の空白も大分狭まって、すべてが埋まるのもあともう少しだ。

 緩く風が吹き込んで、蝋燭の炎が揺れて、影が天幕の中で踊った。彼は顔を上げて言った。

「どうした?」

 入り口にイザベルが立っていた。彼女は大きめのブランケットを肩から羽織っていた。数時間ほど前に一雨降ったせいもあってか、少し肌寒い。

「少し、話しがしたくて……」

 彼女はそう言って、ブランケットを両手で引き寄せた。ここには女は彼女一人だけだ。同年代の者も同性の者もなく、いるのはむさくるしい年上の男ばかりだから、寒い夜ともなれば、そんな気持ちにもなるものなのだろう。

 ジャンは辺りを見回して、ちょうどいい大きさの箱を持ってきて、テーブルの傍に置いた。

「こういう場所だから、椅子などなくてな。それでよければ座ってくれ。暖かい飲み物でも用意しよう」

 イザベルは滑るように入ってきて、箱にちょこんと腰かけた。背筋がピンと伸びて凛とした様子ではあるが、もともとあまり背が大きくはないというのもあって、馬上にあった時と比べると一際小さく見える。あるいは、啓示に示された目的を達成し終えて、彼女が纏っていた不思議なオーラのようなものが消えてしまったがために、そんな風に感じるのかもしれない。

 ジャンはカップを彼女の前に置いた。茶色い液体が螺旋を描いてくるくると回り、白い湯気がゆらりと立ち上っている。

「このような夜には、これが温まる」

 彼はそう言って、箱を探して腰かけると、カップからその液体を一口飲んだ。そして言った。

「チョコレートというものを溶かした飲み物でな。非常に甘くて、少しだけスパイスを利かせてあるから、ピリッとして体が温まる。ロジェなどは、よくそんなものを飲めるな、と顔をしかめるのだが、私は結構気に入っている。飲んでみるといい」

 イザベルは、その奇妙にも思えるような、茶色の液体を見つめてから、ふう、ふう、と息を吹きかけてから、一口飲んだ。

「おいしい。不思議な味」

 彼女は、感激したと言うように、目を丸くして言った。

「チョコレートは初めてか?」

「はい」

「高級品だからな」とジャンは頷いて「戦いが終わったら、いくらか持たせてやろう。このようにして溶かして飲んでもいいし、そのまま食べても良い。料理などに使うと、良い隠し味になるそうだ」

 イザベルはくすっと微笑んで「それは良いことを聞きました。ありがとうございます」

「いや。その程度のこと、どうということはない」

 ジャンはそう言って、思いついたと言うように頷いて続けた。

「ここまで来れたのもお前のお蔭だ。陛下はなにも褒美をくださなかったが、せめて、私からは褒美をせねばなるまい。他になにか欲しいものはあるか? 私にできる事ならなんでもしよう」

「いえ。もう十分、頂きました。お気持ちだけで十分です」

「しかし、使うだけ使って、褒美もなにも取らせないのでは、世間からの誹りを受けよう。だからなにか礼をさせてほしい。今すぐにとは言わん。この戦いもあと少しで終わる。それまでに、考えておいてはくれぬかな?」

「わかりました」イザベルは微笑んで「考えておきます」と約束した。

 それから二人は、しばし黙したまま、二口、三口と、茶色の液体を飲んだ。そうしていると、ジャンの言った通り、だんだんと体が温まってきて、イザベルも少し気分が和らいできたようだった。彼女はカップを置くと言った。

「もう、かなりの日数になりますね」

「シャンテイユを出てからか? そうだな。もう、だいぶになるな」

 ジャンはカップを置き、遠くを見るような目つきをした。シャンテイユとは、ゴール王国の一地方を指す名称で、その大部分を辺境伯領が占めていた。

「帰りたいと、思ったことはありますか?」

「もちろん、ある。領地の運営については弟……ポールではなく、一番上の弟だ。前に会ったことがあるな……に任せてあるから心配ないが、家族を残してきているからな」

「素敵なご家族なのでしょうね」

「どうかな」ジャンは肩をすくめた。「どこにである普通の家族だと思うぞ」

「お子様は?」

「男と女が一人づつ。二人ともまだ小さいから、寂しがっているだろう」

「きっと、良い父親なのでしょうね」

「私か? さて……」ジャンは難しい顔をした。「少々、厳しくしているからな。案外、嫌われているかもしれん」

「そんなことはないと思います。父親と言うものは、少しくらい厳しくした方が、威厳もあって、子供にはいいんです。甘やかしすぎるのは良くありません」

 ジャンはカラカラと笑った。

「そうか。甘やかしすぎはいけないか。親と言うのは難しいものだな。お前の家族は優しくしてくれているのか? 今度のことを、心配しているだろう」

「働き手がいなくなって、困ってはいるでしょう」イザベルは視線を落として、カップを見つめた。液体はもう冷めてしまっている。「そのくらいにしか思っていないと思います」

「そんなことはないだろう。親にとって、子供と言うものはいくつになってもかわいいものだ。少なくとも、そう聞くぞ」

「親と言っても、私の実の両親ではないんです」

 ジャンははっとして「そうだったか……。それはすまないことを聞いた」

「いいえ。いいんです。本当の事ですから」

「本当の両親はどこに?」

「わかりません」イザベルはイヤイヤするように頭を振る。「身元を示すようなものはなにも持っていなかったそうですから。これを除いては」

 彼女はそう言って、首から下げたペンダントを首から外して見せた。そして続けた。

「きっと、母親の形見だろうと言うことですが、どこにでもあるような、極ありふれたものだそうです。ですから、両親も、これを売ってしまおうなどとは考えなかったようです」

 母親の大切な形見を、売ってしまおうなどと考えるなど、酷い人間だと思うかもしれない。が、その日暮らしの貧しい者にとっては、金目のものならなんでも金に換えて少しでも生活の足しにしたいと考えるのは当然だろう。だからそれを責めることはできない。ただこうして、母親の存在を確認できる唯一の品物が手元に残ったことは、彼女にとって幸いと言える。

「見せてもらってもいいかな?」

 そのペンダントが、なんだかひどく気になって、ジャンは言った。

「ええ。もちろん、構いません」

 ジャンはペンダントを受け取って、しげしげと見つめた。台座は楕円形をしており、その縁取りには簡単な装飾が施されていて、中央部分が少し膨らんだ木目模様の飾りのついた、豪華さの欠片もない、極めてシンプルな造りのペンダントだ。簡単な物とはいえ、庶民でも、ペンダントのような装飾品を持つ者は少ない。それなりには値が張るからだ。だから、彼女がそれを持っていたということは、彼女の両親が、そこそこの財を築いた者か、それなりの地位にいた者であろうということだ。

 ペンダントをひっくり返してみるが、台座の裏側にはなにもない。ただの金属の板だ。が、詳しく見てみると、その金属の板と木目の飾りとの間に、本来ならあるはずのない隙間があった。安物だから、と言えなくもないが、こうした物を造る職人に、そんないい加減な仕事をする者はいない。ジャンは、飾りの膨らみの部分を上から押してみた。が、びくともしない。次に彼は、その下部に指をあてて上へと押してみた。すると、わずか数ミリ程度だが、滑るようにスライドして、白い下地が現れた。彼は続いて、そのまま左に押してみた。木目の飾りはその上部を中心にして、時計回りに百八十度ほど回転して、そこに描かれた色鮮やかな文様を露わにした。

 ジャンは、その文様を知っていた。知っていて当然だ。先々代国王の、王家の紋章だからだ。現国王の王家が、王位を簒奪して以降、この紋章を王国内で見かけることはなくなった。が、ゴール王国創建時より、国王を代々務めてきた由緒ある王家の紋章であり、辺境伯であるカルネ家が、建国当時から仕え支えてきた主の紋章であるならば、忘れるはずもない。しかし、その紋章の入ったペンダントを、イザベルが持っているというのは、いったいどういうことなのか……。ここに描かれた紋章自体が、精巧に細工された模造と言うこともありえるが、王家の絶えた今のこの時に、身分を詐称したところで意味があるとは思えない。とするなら、これは本物であると考えるべきではないか……。

 ジャンは、イザベルを真っ直ぐに見据えた。なるほど、確かに、その見た目の雰囲気は、いかにも田舎娘と言った様子だ。しかし、よく観察してみると、彼女のその顔立ちからは、素朴さに隠されてはいるが、田舎娘ではなかなか持ち得ないような、気品と気高さが透けて見えた。彼は、先々代の国王や、王妃たちを見たことはない。だから、そうした人間の放つ独特のオーラのようなものを感じたことはない。が、今の彼女からは、その独特の、よくわからないなにかが見えるような気がした。

 ジャンは、かつて自らに下された啓示について思い起こした。そして、その意味を理解した。彼は木目の飾りを元に戻して、ペンダントをイザベルに返した。そして言った。

「それを誰にも見せるんじゃないぞ。持っていることを誰かに話してもいけない。いいな?」

 ジャンが、なんだか怖い顔をしているので、彼女は困惑し、少し怯えた様子を見せた。が、すぐに信頼の顔つきを取り戻して言った。

「わかりました。誰にも見せません。あなたの言ったように、必ずします」

 ジャンは頷くと、ふっと優しい顔になって言った。

「さて、今日はもう休むといい。明日は長い道のりになるからな」

 イザベルは頷いて部屋を出て行った。ジャンはそれを見送ってのち、暫く爪をカリカリと噛んでいたが、やがて、部下に、ロジェを呼ぶようにと伝えた。

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