第4話 本物のレモネード


 日が落ちて酒場に顔を出すと、すでに彼女が先客としていた。


「で、金は?」

「……」

「で、金は?」

「……」

「で、金は?」

「うるせえよ!」


 結局、俺は金を受け取っていない。

 現場責任者自体が『G』に喰われたのが原因だ。

 大本の雇い主は態度からしてあいつかもしれないが、彼女は嫌って交渉は俺に任せっきりだ。で、俺の方はそうなのか知らない。

 一応、掛け合ってもみたが、この仕事の件は現場責任者――解体された喰われた奴――に一任されている、と門前払いを食らった。


「今日の仕事は一文無しかよ」


 と、彼女はどでかいステーキを口にほおばった。

 俺は菜食主義だから、あんな血の滴っていそうなのは喰わない。

 全く……何の肉か知らないのに良く喰える物だ。

 もっとも、俺の前にあるサラダも何なのか、といわれと答えにくい。

 乾燥した大豆と廃墟の上の農園で作ったレタスらしいが、ホントかどうかは……今時、大豆がまともに取れるか、なんてことは考えないようにしている。


「ちゃんと仕事を選ぶ。小手先のに噛みつかなくて……」


 彼女の文句など、聞き飽きた。

 それよりも、俺の方はマスターが言っていた本物のレモネードが楽しみで仕方がない。


「さて……」


 そのレモネードは目の前にある。

 いつも頼んでいる真っ黄色のではなく、クリームのような色をしている。輪切りにされたレモンが添えられていた。

 話によれば、レモンの絞り汁を水で割ったらしい。冷たくするために贅沢にも氷まで入っている。

 これが本物ということなのだろうか。

 楽しみにしていた本物のレモネードが……。


「グフゥ! 何だこれは!? 酸っぱ!?」


 口に入れた途端、激しい刺激に耐えられなくなった。


「何だマズいのか? お前もバカだなぁ」


 俺の置いたグラスに彼女がてを出した。


「酸っぱ!?」


 そして、口に付けると、俺と同じような感想を上げた。


「何だ気に入らないのか?」


 俺たちのやり取りに気が付いたのか、マスターがやってきた。


「マスターよ。これが本物のレモネードか?」

「これがレモンの味だ。紛い物は着色料と香料に砂糖がたっぷり入っていたからな」

「いくら何でも、これは飲めない……」

「飲めないって何だ! 本物のレモンなんて今時、一生に一度お目に掛かるかどうか判らないんだぞ!」

「だとしても、俺に無理だ」

「金は払えよ……」

「……いくらだ」

「100」

「100!? 紛い物の50倍じゃないか!?」

「蜂蜜を使っている」

「誰が頼んだ」

「レモネードとは伝統的にそう言うモノだ」


「ちゃんと払えよ!」


 彼女がそう言って笑っている。

 だが、笑っているのも今のうちだ。


「マガジンの代金……」


 ボソリと俺が呟くと、明るい顔がだんだん引きつりはじめた。

 そして……


「こんな……傷だらけボロボロの女のどこがいいだ?」

「最高の女が何を言っている?」

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