58%

「返事は今すぐじゃなくていいんで! とりあえずまた明日っす!」


 そう言って立ち去られてしまったので、今日もあたしは時計台の下で座っている。昨日の子、多分大学生かな。少し明るいの茶髪にすらっとした体格。あれは少し痩せすぎだな。あたしはもうちょい肉付きいいのが好みだなー。あぁでも顔は可愛かったかも。ちょっと垂れ目、それとは対照的にキリッと整えられた眉毛がいいバランスだった。


「まぁでもないかなー」

「何がないんすか?」

「うわぁぁぁ!?」


 昨日の彼が顔を覗き込みながら聞いてきた。完全に独り言のつもりだったのに返事があってとても驚いた。

 え、おれそんな悲鳴あげられるほど酷い顔っすかと明後日の方向でへこむ彼を宥めつつ心を落ち着ける。


「えっと、とりあえず……こんにちは?」

「こんにちは!」


 時間的にはもう夕方だったが彼は律儀に同じ挨拶を返してくれる。そして訪れる沈黙。

 うん! 人と話すのは久しぶりすぎて切り出し方がわからない!

 そもそも言葉を発すること自体滅多にない奴に会話をしろというのが無理な話だ。潔くあたしは話し掛けるのを諦めた。潔さって大事よね。


「あの、昨日のことなんですけど」


 黙っていたら彼から話し出した。


「あー、やっぱ無かったことにしたいって?」

「違いますよ!」


 9割本気1割冗談で言ったら軽く怒られた。いやでも正直まだ信じられないし。なんなら今会話していることも不思議で仕方ない。


「というか君さ、誰?」


 いきなり告白されるというぶっ飛んだシチュエーションのせいで聞くのを忘れていた。まぁ聞いたところでやっぱり知らない子だとは思うのだけど。


「あ、おれは」

「中田さんちの息子さんのお子さんとか?」

「違いますよ! 誰すか!」

「じゃー田中さんちの娘さんの」

「だから誰だ!」


 あーあー、あまり大きな声を出さない方がいい。道行く人々が君のことを不審そうに見ているよ。


 不審といえば。


「ストーカーなんだっけ?」

「だから違っ……うと思うんすけどぉ。だって遠くからみてただけだし後つけて歩いたりしてないしぃ……」


 言い訳がましくモゴモゴ言い、最後の方は尻すぼみになっていった。はっきり否定しないとは。素直というか阿呆というか。


「とにかくですね! 告白しといてなんですが、まずはお互いの事をきちんと知り合おうと提案をしたかったんですよ。ちょっとアレは衝動的すぎましたし」

「本当に『なんですが』だねぇ」


 思わず呆れてしまった。

 いや、真っ当な意見だとは思っているよ? でも上げて落とされた感がしてなんともモヤモヤする。元々断るつもりではあったからいいけどさ。


 あぁそうだ。断るつもりだったんだ。なら知り合う必要なんてないよね。はっきり拒絶してやる方がこの子の為でもあるだろう。そう思い口を開く。


「あたしは」

「だからデートしましょう!」


「……は?」


 あたしの言葉はかき消された。


「え、デート? 本気で言ってんの?」

「? 当たり前じゃないすか。知り合うには一緒の時間を過ごさなきゃでしょ? ならデートっすよ」


 おれは貴女の事が知りたいんですと、真っ直ぐあたしをみて言った。こんな風にみつめられたのはいつ以来だろうか。思わずあたしから目を逸らした。


「お互いちゃんと知り合って、そしたらもう一度おれに告白させてください。今度はちゃんとロマンチックにしますんで、その時は彼女になってくださいね」

「──ッ」


 目を逸らしたあたしに更なる追撃が来た。サラッとそんなこと言うなんて最近の子は怖い。ていうかこの子付き合うこと諦めてないじゃん! まさかのなること前提。でもそれが嬉しく感じてしまうあたしはダメかもしれない。ちょろいん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る