あたしと彼

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 もうこの世に未練なんかない。

 首元が緩くなったTシャツに色の落ちたジーパン。髪の毛は櫛すら通していない。そんなやる気のない恰好であたしはいつも通り駅の近くの時計台の下に座っていた。

 正確にはその時計台を囲っているベンチに座っていた。さすがに地べたに座る気はない。


「もういこっかなぁ」


 家族も友達もあたしにはいない。あたしと言葉を交わしてくれる人なんて誰もいない。こんな人ごみにいるのにこっちを見る人すらいない。

 いや、それはさすがに言い過ぎたか。こっちをみる人はたまにいる。けどチラッとみてそれでおしまい。何かが起こるわけでもない。


「満足したし」


 うん、もう満足した。色々あったけど、まぁ最終的にはきっと悪くない人生だったろう。それにこのまま居るのは……。


「あああああのっ! おれっじゃなかった、ぼぼぼくと付き合ってください!!」


 ……せっかくヒトが物思いに耽っているというのに。告白かよ。しかもこんな近くで。うるさいなぁ。こういうの今時はリア充というのだっけ。滅べ。


 しかしこんな人ごみで告白するなんて随分と愉快な人だ。相手もさぞ嫌がっているだろう。そんな残念な奴を一目見てやろうと顔をあげる。


「……え?」


 目が、合った。


「え、なに? もしかしてあたしに言ってた……とか?」


 いやいやないわ。危うく変な勘違いをするところだった。あたしに言ったわけがない。きっとこの人はあたしの後ろにある時計台に告白したんだ。うん、きっとそう。

 なにより目の前にいる人とは面識がない。あるわけがない。


「はい! 初めてみたときから気になっていました!

 その日以降毎日みてて……っていやストーキングしてたわけじゃなくてですね!? おれいつもこの駅の電車に乗って帰るから!」


 なにやら必死に弁解しているようだけれど、正直まったく耳に入ってこない。

 え、本当にこの人はあたしに言ってるの? だってあたしだよ?


「えーと、本気と書いてマジってやつ?」

「大マジっす!!」


 なんということだ。

 未練が、できてしまった。

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