冬②

「当日に聞くのもどうかと思うんだけど」

「うん。なに?」

「君はいったいどこに越すんだい?」

「あら? 言ってなかったかしら」


「ボストンよ」


 僕たちは今空港にいた。


 クリスマスイヴでのデート以来僕は彼女と会っていなかった。学校は冬休みに入ってしまっていたし、連絡をしてみたこともあったけど、準備で忙しいと言われてしまった。

 彼女の方から連絡が来たこともあったけど、その時は僕の方から断ってしまった。予定など何一つ入れてなかったのに。

 このまま終わるのは嫌だと思って意を決して連絡するも忙しいと断られる。そんなことが互いに続いて、今日に至る。きっとお互いに気まずさもあったんだろう。でも僕は気まずさをおしてでも会って話をしておくべきだったのだと、今になって思う。


「あー……はは。そっか。海外、か」


 乾いた笑いになったのは許してほしい。だってまさか国外に引っ越すとは思わなかった。


「お父さんの仕事の都合でね」

「いつごろ日本に戻ってくるの?」

「わからないの」

「そっか」


 少し離れたところで僕の父が彼女の両親と話をしている。空港に行ってくると言ったら一人ではダメだと言われたため、かなり嫌だったけどたまたま休みだった父が付いてくることになったのだ。そういえば文化祭も見に来てくれてたな。父の休み率が高くて少し心配になってくる。


「親公認になった途端別れるとはねぇ」

「そうね」


 僕たちはきっぱりと別れることにした。


「待っている」とは言わなかった。


「待っていて」とも言われなかった。


 僕たちは空港に一人で行けないくらい、親の急な転勤に付き合わなきゃ生活できないくらい子供だけど。無責任に無邪気に「待つ」なんて言えるほど子供ではなかった。

 もしかしたら向こうで素敵な出会いがあるかも知れない。僕だって他の人に心を奪われることがあるかもしれない。可能性は無限にあるのに、その可能性を無くすなんてできない。次にいつ会えるかわからない僕が、彼女の未来を縛るわけにはいかない。


「大切な人には幸せになってほしいからねぇ」


 彼女の頭をそっとなでる。ずっと触れてみたかった彼女の髪の毛。今なら許されるんじゃないかと思って触れてみた。さらさらしてて気持ちがいい。いつまでも触っていたくなる。


「親いるんですけど」


 頬を赤らめて彼女が言う。


「嫌なら逃げていいよ」

「いじわる」


 ぼそっと「嫌なわけないじゃない」と聞こえた。かわいいなぁ。いつまでもこの時間が続けばいいと思うけど、大抵そう思った瞬間に終わるもので。例にもれず僕らにも終わりは訪れた。

 飛行機の時間が来たようだ。遠くから彼女の両親が呼んでいる。


「あ、そろそろ行かなきゃ」

「そうだね。……本当に行っちゃうんだね」

「うん……ごめんね」


 あぁ、しまった。こんな泣き言を言うつもりはなかったはずなのに。しんみりとした空気が流れる。


「ほ、ほら。親御さん呼んでるし、いい加減行かないと」


 くるりと彼女の体を回して、ポンと背中を押す。


「え、えぇ。そうね」


 彼女がゆっくりと歩き出す。


「……さようなら」


 ぽつりと彼女が言った。


「!」


 いつだったか、嫌いだと言っていた言葉。これまで一度も言わなかった言葉。

 その言葉を彼女は今言った。

 もう僕に会う気はないということだろうか。それとももう僕とは会えない、そんな予感がしたのだろうか。

 だとしたら。

 もし後者なのだとしたら。


「またね!!」


 大きな声で叫んだ。歩いていた彼女が立ち止り振り向く。驚いた顔をしている。大きな声を出したのが意外だったからだろう。正直自分でも驚いた。今まで叫んだことなんてなかったし。でもこればっかりは言わずにはいられなかったんだ。


 だって


「予感は僕の専売特許だ。たとえ君でも譲る気はないよ」


 僕はもう会えないなんて予感はしていない。そんな伏線も張っていない。


「だから!」

「そうね」


 ふふっと彼女が笑った。


「君が言うならそうなのでしょうね。私ったら言うべき言葉を間違えてしまったみたい。ごめんね」


「また、ね」


 そう言って彼女は去って行った。

 僕たちはまた会える。いつかもどこでかもわからないけど、確実に。だって。


 僕の予感は当たるのだから。



――僕とあの子 終――

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