冬①

 吐く息が白い。足元も白い。昨日親友から電話が来た。


「雪積もったな! 明日雪合戦した後かまくら作ろうぜ! んで餅焼いて食おう!」


 もちろん僕は断った。理由は明白。だって今日は


「ごめんなさい、ちょっと支度に時間かかっちゃって……」

「いやいや、僕のためにおめかししてくれたんでしょ? とても嬉しいよ」


 クリスマス・イヴだ。


「きれいだね」

「えぇ、本当に」


 大きなクリスマスツリーが様々な光で彩られている。その周りの建物もきらびやかに飾り付けられていて通りには人も多く賑やかだ。

 今日のデート場所を選んだのは僕。クリスマスならではのイルミネーションが見たかったからね。他に他意はない。ましてや、わざわざ混みそうなところを選んで「はぐれたらいけないから手繋いでおこうか」などとそれらしい理由をつけて彼女と手を繋げそうな場所を選んだわけじゃない。そんな下心は何もないんだ。


「はぐれたらいけないから手繋いでおこうか」

「え? んー……うん」


 彼女は少し悩んでから僕の差し出した手を握った。

 下心は何もないんだ。内心ガッツポーズとかもしていない。ほんとほんと。


「あ、そうだ。これどうぞ」


 カバンの中から袋を取り出し渡す。


「クリスマスプレゼント。大したものじゃないけど」


 プレゼントは帽子にした。白くてもこもこしたやつ。店員さんはニット帽って言ってたかな。上にはポンポンがついている。

 本当は指輪やネックレスとかのアクセサリーをあげたかったけど、中学生のお小遣いなんてたかが知れている。僕にはまだ手が出せなかった。


「ありがとう。すごく嬉しい!」


 嬉しそうに彼女がほほ笑む。


「かわっ」

「な、何急に」


 川? と彼女がきょとんとしている。いやー危なかった。心の声が漏れてしまいそうになった。きちんと制御しないと彼女が照れて手を繋いでくれなくなってしまう。


「あ、そうだ」


 私も、と言ってごそごそとカバンを漁る。


「これ」


 渡されたのは薄い袋。自分でラッピングしたのか、リボンが少し曲がっている。


「ありがとう! 開けていい?」

「ダメ」

「えっ」


 まさかの却下。とても、いや、超絶気になるけど我慢らしい。なんてこった。



 ***

 ショッピングしたりカフェで一休みしたりとデートを満喫して、時刻は19時を少し過ぎたくらい。そろそろ彼女を家に送る時間だ。家に向かって歩き出す。


「楽しかったねー」

「うん」

「イルミネーションきれいだったねー」

「うん」

「……雪合戦しようか」

「うん」


 彼女の様子がおかしい。Bボタンを押すべきだろうか。

 なんて言ってる場合じゃなくて。どうしたんだろう。先ほどまでは普通に楽しそうだったのに。様子が変わったのは僕が帰ることを提案した後だった気がする。

 まさか!


「今夜は帰りたくない?」

「え? いやちゃんと帰るわよ?」


 違ったらしい。なにこれ恥ずかしっ。なんで今になって正常な反応を。


「ん……まぁいいや。なんかあった?」


 帰りたくないわけではないのなら僕にはもう理由は思いつかない。だったら聞くのが一番だ。また変なミスをする前に。


「あるにはあるけど、なんというか」


 言いづらそうにもじもじする彼女。さすがにこのタイミングでトイレだとは思わない。ていうか違っててほしい。


「君はさ、私とクラス同じになると思う?」


 意を決したように彼女は言う。


「?」


 これはあれだろうか。来年のクラス替えで僕と同じクラスになれるかどうか危惧しているのだろうか。つまり僕と一緒のクラスになりたいと。そう受けとっていいのだろうか。でもその割には彼女の瞳には期待など一切ない。あるのはなぜか切なさと悲しみだけだ。


「僕には君がそんな眼をしている理由はよくわからないけど…。そうだなぁ、この先一緒のクラスになる予感はしたことがなかったかな。正直、その逆ならあるけど」


 この先ずっと別々のクラス。そんな予感がしたのはいつだったか。


「この時ばかりは外れてほしいと」

「外れないよ」


 僕の言葉を遮るように彼女は言った。


「外れないよ」


「だって私、年越したら転校するの」


 やっぱり君の予感は当たるねと悲しそうな笑顔を浮かべながら彼女は言った。


 それからは特に会話もなく、彼女を家に送りデートは終わった。あまりに突然すぎる話を聞いたあとにのん気に会話を続けるなんて器用なこと、僕にはできなかった。そんな余裕はなかった。重い足取りで自宅に向かう。

 僕はふとした瞬間に「あ、こんなことが起こりそうな気がする」となんとなく思うだけで。たまたまそれが当たるだけで。好きなように未来が見えるわけじゃない。占術ができるわけじゃない。


「……急すぎるよ」


 事前に知ることができたなら、いつかの二人乗りの時みたいに回避できただろうか。そう思い、いや、とかぶりを振る。あの子の転校理由は親の転勤だ。僕に阻止できるわけがない。


「あ、そうだ」


 あの子からプレゼントを貰っていたことを思い出した。ごそごそと袋を取り出す。何が入っているんだろう。


「これは……」


 中から出てきたのは手編みの手袋だった。あぁ、だからか。

 もらった時に開けていたら僕はすぐにはめていただろう。そうすると手をつないでも直には触れ合えないわけで。まったくなんて素直じゃない子なんだと苦笑してしまった。

 ほつれも穴もなく、売られている商品みたいに完璧で、はめてみるととても暖かかった。

 でも。


「……寒いなぁ」


 思わずつぶやく。暖かいのは手だけ。でもこぼれたのはつぶやきだけじゃなかった。

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