夏②
「すー、すー」
帰りの電車内。彼女が寝息をたてている。
やっぱり疲れたみたいだ。まぁあれだけ遊べば無理はない。
あの後さらに2回乗った。地獄かと思った。あんなものを生み出した人の気が知れない。ガタガタするし、速いし、落ちるし、内臓浮くしで何が楽しいのか分からない。でもそんな感情をおくびにも出さずに乗り切った僕を褒めてやりたい。
ちらりと彼女を見る。よく寝ている。僕の肩に頭が乗っているから寝顔がよく見えないけど、これはこれで役得かな。
それにしても、一体僕はどう思われているのだろうか。告白したのが4月。今は8月。約4ヶ月たつけど、僕はまだ一度も好きだと言われてない。僕たちが別れてないのは
「私、君のこと好きになっちゃったの(ハート)」
なんてことがあったからじゃない。単純に、じゃあ期限だから、と振られてないからで。もしかしたら付き合ってると思ってるのは僕だけなのかもしれない。
部活が休みの時は一緒に帰るし、デートに誘えば応じてくれるから嫌われてはいないはずだけど。
そんなことを考えていると、ガタンと電車が大きく揺れた。起きちゃったかな?
ちらりと横目で彼女を見る。まだ寝ているようだ。他にすることもないから、また考える。いくら考えてもキリないんだけど。
ふぅと小さくため息をつく。
「君は僕のこと好きなのかい?」
返事はない。あったら困るけど。普段はストレートにものをいう僕だけど、さすがにこれはこんな直球では聞けない。否定されるのが怖い。恋愛って難しいなぁ。少女漫画を参考にしたらうまくいくかな。でも自分で買うのは恥ずかしい。お母さんに……いやそれはもっと嫌だな。
最終的に図書館で読む結論になった。意外と漫画も豊富だからね。少し古臭いのが難点だけど、女心に時代は関係ないでしょう。多分。
もう少しで駅につくからそろそろ起こさないと。空いている右手で彼女に触れようとしてふと気付いた。
「そういえば、水着が流されてキャーみたいなことは起きなかったなぁ」
「すけべ」
横から声がした。
「起きたのかい?」
タイミングが良いというか悪いというか。
「えぇ。さっき揺れたから」
「今のは思春期の男の子特有の世迷い言だからね。全力でスルーしてもらえると有難いかな」
「恥ずかしがるなんて珍しいね」
ふふ、と小悪魔のような笑み。心の声を聞かれたような気分だからね。さすがに少しは恥ずかしくなる。
『ピー駅ぃー。ピー駅ぃー。お忘れ物のないよう…』
車掌さんのアナウンスが流れる。ピーという音声はプライバシー保護のために入れさせていただきました。というわけではなく、ピー駅が正式名称だ。誰だこんな駅名にした奴は。
「ほら、降りるよ」
しめたとばかりに話を打ち切る。はいはいと返事をする彼女はまだクスクスと笑っている。
「いつまで笑ってるの」
少しすねた感じで言う。
「ふふ、ごめんごめん」
「まぁ君の笑顔はかわいいからいいけど、ね」
今度は彼女の顔が赤らむ。ちょっとした仕返し。ニヤリと笑ってみせる。
「まったく」
そう言って軽くデコピンされた。
駅を出て彼女の家に向かう。時間的にはもう夕方だけど、外はまだ明るい。
「別に送ってくれなくても平気だよ?」
彼女の家と僕の家は方向が微妙に違う。だから気を遣ってくれたのかもしれないけど、気持ちだけ受け取っておく。いくら明るいとはいえ心配だしね。それに
「もう少し君と一緒にいたいから」
彼女の目を見て言う。
「……君は本当真っ直ぐ言うね」
フイッと目を逸らして彼女は言う。照れ屋さん。だけどそういう所も好き。さりげなく手を握ろうとしたら逃げられた。
「けち」
「人前じゃ恥ずかしいもの」
きっと本当に恥ずかしいんだろうけど、僕ばかりが好きなんじゃないかと再び不安になる。
4ヶ月間の間に手を繋いだのはたったの一回。夏祭りの時に、はぐれたら困るからと必死に説得してやっと繋げたんだ。
君は僕のことどう思っているんだい?
電車内でのネガティブ思考がカムバック。
「どうしたの?」
下から彼女が顔を覗き込んできた。きっと情けない顔になっているに違いない。あわててニコッと微笑んだ。
「なんでもないよ」
「君は普段ストレートなのにそういう時は違うのね」
ごまかしたのがバレているようだ。やっぱり笑うのが少し遅かったか。
でもさ、さっきのは君が寝てたから言えたんだ。
「僕のこと好き?」
「いや別に。そういえば期限切れてたわね。ではさようなら」
そんなシーンを想像して悪寒が走る。現実になったら思わず親友のアヒルをひったくるくらいのパニックを起こしてしまうかもしれない。
もやもやとした気持ちを抱えたまま、彼女と他愛ない会話をする。そうこうしているうちに彼女の家に到着した。
「送ってくれてありがとう」
「どういたしまして」
「じゃあ、またね」
小さく左右に手をふる。これにて本日のデート終了。名残惜しいけど仕方ない。
「うん、また」
そう言って僕は後ろを向いた。歩き出そうとしたとき「あ、待って」と呼び止められた。
「ん? どうしたんだい。忘れ物かい?」
振り向くと、彼女がもじもじしていた。トイレかな。なら家はもうすぐそこだからあと少し我慢を。
「あ、あのね。その……はい! だから!」
「え?」
そう言って、急いで家の中に入っていった。僕の疑問は置き去りにされてしまった。
一体何がハイなのだろうか。テンションが? 確かに今日は高かったもんなぁ。
よく分からないまま僕は帰路に着いた。
***
「この前のプール楽しかったか?」
僕の部屋に来ていた親友が唐突に口を開いた。部屋に来てからずっと夏休みの宿題を黙々とやっていたから、そろそろ休憩したかったのかもしれない。ちなみに彼がやっているのは僕の宿題だ。彼は真面目なので最終日まで残したりなんかしない。
「楽しかったよ。とても」
僕も手を休めて休憩モード。近くに置いていたポテトチップスの袋を開けながら答える。
与えられた宿題すべて最終日に回したのはさすがに愚かだったか。……毎年この反省している気がするな。そして毎年親友に手伝ってもらっている気がするな。うん、この借りはいつか返そう。
「漫画みたいにさ、水着が流されちゃってあらイヤンみたいなことあったか?」
親友は目を輝かせている。ずっと一緒にいると考えることも一緒になってくるのか。
「すけべ」
「なっ」
とりあえず彼女に言われたセリフをそのまま返しといた。
「お、おまえだって同じようなこと考えてたくせに」
「決めつけは良くないねぇ」
実際その通りなんだけども。でもよくよく考えれば、波のないプールでそんなこと起こるはずがないよね。プールじゃなくて海に行くべきだったかなー。
「それにしても進展はなしかー。つまんねーの」
親友が伸びをしながら後ろに倒れる。
「いや、進展はあったよ?」
「まじか!」
ガバッと勢いよく起き上がる。興味津々なご様子。仕方ない、教えてあげよう。
「どうやら彼女、僕のこと好きらしいんだ」
「……」
そんな、何言ってんだこいつみたいな顔で見られても困る。
「何言ってんだこいつ」
口に出されても困るんだけど。
「付き合ってんだから当たり前だろ?」
「でも僕今まで一度も好きって言われてなかったし」
「まじか」
「まじだよ」
「ついでに言うと僕今まで一度も名前呼ばれたことないよ」
「まじか」
「まじだよ」
とはいえはっきり"好き"と言われたわけじゃないんだけど。でも彼女は電車が揺れた時に起きたと言ってた。寝ていると思って聞いたときにはもう起きていた。
「帰りぎわのイエスはきっとその質問に対してのこたえだったんだ」
「んん?よく分かんないな。質問って一体何を聞いたんだ?」
「内緒」
「……よく分かんないけどとりあえずノロケられたってことか。このリア充野郎!」
叫びながらベッドに潜り込む。数秒後寝息が聞こえてきた。のびちゃんか。
話し相手がいなくなってしまったから、勉強を再開する。夏休みの宿題ってなんでこんなに多いのだろう。意味がわからない。……しなきゃヤバそうな物だけやればいいか。
「あと1日、か」
休みが終わるのは残念だけど、また毎日彼女と会えるなら、悪くはない気がした。
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