秋①
長袖のワイシャツだけじゃ少し肌寒くなってきた今日この頃。もう少ししたら葉が色づいて、鮮やかな時期になりそうだ。
そんなことを思いながらタンスからカーディガンを取り出した。ボタンは留めないのは僕のこだわり。
「行ってきます」
母はパート、姉はアルバイト、父は今日は会社が休みらしく、カレーとシチューと散歩に出かけた。だから家には誰もいないけどそう呟いて家を出る。戸締りはもちろん忘れない。
ちなみにカレーはハムスターでシチューはイグアナだ。名前はこの子たちが来た日の夕飯からとった。名付けたのは僕ではない。断じて。
家の目の前にある駐輪場から自分の自転車を見つけ出し、またがる。自転車登校していいことが分かって以来、僕は自転車で登校している。彼女を送る際、とても良いし。
「よぉ」
しばらく漕いでいると後ろから声をかけられた。親友だ。
「やあ」
少しスピードを緩め、隣に並ぶ。
「自転車だなんて珍しいね」
ハンドルが握りづらいから嫌だと言っていたのに。アヒルを外せば解決する問題だけど。
「歩きだと間に合わなそうだったからな。俺は皆勤賞を狙ってんだ」
金色に染めた髪をワックスでふわりとした髪型に、ワイシャツの上はパーカーと一見不真面目そうに見える外見とは裏腹に、意外と真面目な僕の親友。
「ならこのスピードだと遅刻しちゃうよ?」
黒髪眼鏡でネクタイも緩くとはいえちゃんとしていて一見真面目そうに見える外見とは裏腹に、意外と不真面目な僕は遅刻の常習犯。ゆっくりとペダルを漕いでいる僕のペースに合わせていたら間違いなく遅刻する。
眼鏡はおしゃれ要素だとクラスのガチ眼鏡勢に言ったら怒られたけど僕はめげない。
「そうだな。じゃあ先行くわ」
そういってスピードアップした彼はあっという間に見えなくなった。
***
僕が学校に到着したのは昼休みだった。
「朝おまえに会った気がしてたんだが、夢だったか」
屋上で一人昼ご飯を食べていた親友と合流すると、そんなことを言われた。
「夢じゃないよ。少しだけど会話もしたじゃないか」
「だよなぁ。じゃあなんで?」
到着時間が遅れた理由だろうか。
「通学路の途中にあるコンビニに寄ってお昼ご飯を買って、通学路の途中にある川を眺めて、通学路の途中にある古本屋さんで立ち読みをしていたからだよ」
「あぁ、そんなに寄り道してりゃ遅くはなるな」
「通学路の途中に魅力的な場所が多いのが悪いんだ」
なんて屁理屈だ、と我ながら思う。
「確かになー。あ、そうだ。おまえ王子だから」
左手はアヒルというハンデをものともせず器用にコンビニおにぎりの袋を開けながら彼は言った。
「僕がどこぞの王様の息子だったとは初耳だ」
「だろうな。今朝決まったんだ」
一体何のことだろうか。
「文化祭だよ。俺たちのクラスは劇やるだろ? その役割の話」
あぁ、そういえば前に白雪姫をとか何とか言っていた気がする。正直あまり興味がなかったから忘れていた。なんならサボろうかと思っていた。
「でもなんで僕なんだい? 君の方が適任だと思うけど。なんていったって学校一の美男子だからね」
友達ゆえの贔屓目で言っているとかそういうわけじゃない。彼ほどのイケメンはそうそう街中にはいないと思う。芸能人としてやっていけるのではとも思うくらいだ。
アヒルを外せば、だけど。
「あーうん、まぁ推薦してくれた子は何人かいたんだけどな」
少し照れながら言う。
「アヒル外すわけにはいかないからな。魔女役になったんだ」
たしかに魔女ならアヒル装着してても何となく許されそうな気はする。でも魔女って。裏方ではなく、なんとしても舞台に立たせたいっていう女子の陰謀を感じる。
「で、次に推薦の多かったおまえになったんだ。なんかなー、柔らかい雰囲気がいいとかあの優しい瞳に見つめられたいとか笑顔が可愛いとかあと」
「ちょっ、まっ、ス、ストップ。理由はもういい、もういいよ。君は僕を誉め殺すつもりかい」
片方の腕で顔を隠しながら制止をかける。顔が赤らんでいるのが自分でもわかる。
茶化すわけでもなく、淡々と言うもんだから余計に照れる。それにしても推薦で選ばれるなんて驚きだ。
「自分でいうのもなんだけど、僕意外に人気あるんだね」
僕はいわゆる雰囲気イケメンだと自負している。ただそれゆえ真のイケメンである親友が隣にいると気付かれてしまう。あ、こいつそんなでもないぞと。正統派の前には雰囲気など霧散してしまうのだ。
「まぁ前からモテてたしなー。あの子と別れてもすぐ彼女できるんじゃねーの?」
「いや別れないから」
なにサラッと嫌なことを。
しかし僕が前からモテていただって? 確かにやたらと目が合う子がいたり、消しゴムやら鉛筆やらを僕の方に落としてくる子がいるなとは思ってたけど、もしかしてあの子たちは僕に気があったのか。なんてこった。
「なぜもっと早く教えてくれなかった」
恨めしい顔で親友に問い詰める。
「ん? だってそういうこと興味なさそうだったから」
「それは違うね。間違っているぞ」
つい力んで語尾が変わってしまった。これではまるで、どこかの皇子のようだ。いけないけない。
それよりもこいつのとんでもない勘違いを正さなければ。興味がない? 何をばかなことを。
「僕は女の子が好きだ!」
「いや堂々と言うことではないだろ」
「特に身体が」
「最低だ!」
「冗談だよ」
僕は紳士だ。そんな外道のような理由で女の子が好きなわけがないじゃないか。
嘘に決まってるってば。だからその軽蔑した眼をやめてほしい。
「僕は好きじゃない子の身体には興味持たないよ」
「でも女好きなんだろ?」
「うん」
「てことは全女の身体に興味津々ってことじゃん」
「ずいぶんな理屈だなぁ。なら見たこともない女の子にどう興味持てっていうんだい」
ていうかなんだ
「じゃあ見たことある奴には興味持つのか?」
「違うっての。さかりのついた犬じゃあるまいし」
「でもお前この前電話で『手くらいいいじゃんかぁ。触―れーたーいぃ』って叫んでたじゃん」
「おいやめろ。いやでもそれは仕方ないっていうかだって僕はあの子と
……!」
言いかけてやめたからか、どうした? という表情で親友が見てくる。
フゥと一息ついてからまた話し出す。
「触れたいと思ったのは僕が彼女のこと好きだからで。
たしかに女の子は好きだけど、今はどんなアピールされたって彼女以外に興味なんか持てないよ。それどころか他の子は僕の視界には入らないんだ。だって僕は」
くるりと後ろを振り返る。
「君一筋だから」
「………!!」
僕の振り返った先にはドサッとコンビニの袋を落とした真っ赤な顔の彼女。
「いいいいきなりなに」
きっと隣にいるお友達とご飯を食べに来たんだろう。お友達は僕と彼女を見比べてからニターと笑った。
「そこから君が出てくる予感がしてね」
僕が振り向いた先には扉があった。危なかった、もう少し予感が発動するのが遅かったら親友とのアホみたいなやり取りを聞かれるところだった。
「外れた時のことも考えたほうがいいぜ?」
親友が呆れたように言う。
「そうだね。次から気を付けるよ」
外れることはないだろうけど。
「じゃあ僕たちは教室に戻ろうか」
僕たちはもう食べ終わっているし、邪魔しちゃ悪いしね。
「んだなー」
ゴミをまとめて戻る支度をする。
「じゃあまた放課後に」
まだ顔の赤い彼女に手をふり、僕たちは屋上を出た。
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