夏①

 汗がしたたり落ちる季節がきた。そんな季節にもってこいなプールに僕たちは来ている。

 たち。

 そう、僕は一人ではない。ましてや親友と来ているわけでもない。

 隣にいるのはあの子。無事延長戦に持ち込めたみたいだ。


 あの子は今無料で貸し出されている大きな浮き輪に乗って流れるプールで流されてる。ただ流されてるだけなのに楽しげな様子。見ているだけで顔が綻ぶ。癒し系とはあの子のことに違いない。

 長い髪はお団子にしているのでうなじが露わになっている。普段見えないところが見えるとドキドキするのは何故だろう。エロかわ!


 僕はプールには入らず、そこらにあった椅子に座って休憩していた。

 寛ぎつつあの子の水着姿を眺める。控えめな胸元には小さな赤いリボンがあり、腰辺りにはフリルが付いている。形はスクール水着っぽいけど、学校のは紺色に対し、今日着ているのは白だからか、いつもとは違う印象を受ける。

 とてもよく似合っている。激かわ!


 さて、十分あの子の水着姿も堪能したし、そろそろ戻ろうかな。


 ザバッと勢いよくプールに入り、泳いで彼女のもとへ。泳げないから休んでたわけじゃないんだよ、と見知らぬ誰かに向けてのアピール。あっという間に彼女のもとについた。

 飛び込んだときに危ないよと監視員に注意されたのは内緒。


「休憩してるんじゃなかったの?」

「うん。でも椅子に座ってから30分以上経つからね。そろそろ入ろうかと」


 そっか、と彼女が笑う。

 僕と違って彼女はさっきから休憩もせず遊びっぱなし。流れるプールで遊ぶ前はウォータースライダーで遊んでいた。

 普段女の子らしい言葉遣いや格好をしているからあまり体力はないのかと思っていたのになんだか意外だ。


「疲れてないかい?」

「大丈夫よ!」


 元気いっぱいに答える。笑顔が眩しい。


「体動かすの好きなんだね」

「運動するとスッキリして気持ちいいから」


 あれ?

 でも確か。


「君、文芸部だよね」

「毎日は嫌よ。たまに動かすからいいの」


 なるほど。

 ちなみに僕は帰宅部だ。さっさと帰ってまったりしていたい。ただそれだと彼女が部活休みの日しか一緒に帰れないのが難点。


「私、次あれやりたい」


 ここのプールにはウォータースライダーは4種類ある。その内の一つ、遠目から見ると真っ黒な巨大な蛇にも見えるそれを指さして彼女は言った。


「さっき滑ってなかったっけ?」


 あれは確か滑っていなかったと思いつつ確認する。いや別に苦手なわけじゃないよ?

 ほんとほんと。


「あれはまだ滑ってないよ」


 だよねー。

 そういえばさっき向こうに変わったアイスがあった。その話を振ればそっちに意識持っていけるかなぁ。いや別になんとか回避しようとしているわけじゃないよ?

 ……ほんとだって。


「あれだけ二人乗りが出来るものだったから、せっかくだし、その、一緒に滑りたいなーと思って」


 彼女がはにかみながら言った。

 あぁそれはずるい。そんな顔されたら嫌だとは言えない。アイス食べようとも言えない。

 バレないよう小さくため息をつき、覚悟を決める。そして笑顔で「行こうか」と言った。



 近づいて、気づいた。これ、ウォータースライダーじゃない。

 外観は真っ黒で筒状だったから分からなかったけど、中にレールがある。乗り物も浮き輪じゃなくトロッコみたいな物。安全バーまで付いてる。これは間違いない。


 ジェットコースターだ。


 もうトロッコ処刑台に乗ってしまったし、逃げ場はない。「いってらっしゃーい!」とこちらの気も知らずに元気いっぱいのお兄さんが恨めしい。

 せめてワクワクが隠し切れない可愛い彼女を見つめながらいくことにしよう。

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