ロベルト、捕獲

 ロレッタは二人を案内しながらお互いに自己紹介をする


「そういえばお互い名前も聞いてなかったな。俺はアスラ・アーロン、帝国軍公務課所属の軍人だ。こっちは咲夜《さくや》だ。所属は同じだ」


 その紹介にあわせて咲夜がお辞儀をする。


「私はロレッタです。親がいないのでただのロレッタです」

「よし、ロレッタだな覚えたぞ」


 続けてアスラが話す。


「ロレッタはここだと年はどのくらいなんだ?」

「一応11歳で最年長ってことになってます。12歳を超えるとここを出なきゃいけないので」

「へぇ、じゃあお姉さんってことか」

「そういうことになりますね」

「みんなの世話しなくちゃいけないのに面倒かけてすまないな」

「いえいえ、困ったときはお互い様ですから」


 そういって先導するロレッタ。

 廊下を進んで到着したのはそれなりの広さをした部屋だった。もともと物置のように使われていたようで、たくさんの荷物が置かれていた。


「物が散らかってるんですけど一応ベッドは2つあります、お掃除は今からしますのでちょっとだけお待ちください」

「いやいや、泊っていくだけでも十分なほどだから。掃除くらいは俺たち二人でするよな?」

「そうね、これ以上面倒賭けるわけにはいかないわね」


 アスラと咲夜が顔を見合わせてうなずいている。


「そうですか、助かります。何か必要なものがあったら申し付けてください。対応できるものならします」

「そんなに気を遣わなくてもいいよ。腐っても軍人だからどこでも寝られるよ」

「腐ってもは余計だけどね」


 ロレッタはこの二人には軍人のような堅苦しさとか威圧感は感じないのでこの言葉を不思議におもった。

 その後は食事の案内や風呂の案内をし、二人と別れることとなった。


「なんか手伝えそうなことがあったら言ってくれ」

「こいつこき使ってやってください」

「おいおい、言い方ってもんがあるだろ……っていうかお前は?」

「だって元はといえばなにもかも全部アスラのせいじゃない」

「でもなぁ……」

…………



   ~~~~~


 その晩の夕食の後、アスラは窮地に陥っていた。


「ねぇねぇ高い高いしてよぉ~」

「いやチャンバラが先だ!」

「アスラ本読んで~」


 慎ましい夕食を皆でとったのちに、子供を寝かしつける手伝いを買って出たのだがこれが思いのほか難しかった。シスター以外の大人の存在に子供たちが一緒に遊ぶのをせがんで仕方ないのだ。

 アスラもどうにか対応しようとするものの圧倒的物量差に完全に敗北していた。子供を3人ほど体からぶらさげながらチャンバラをしている。

 それを部屋の端からみているのが二人。


「ロレッタはいつもあんなのの相手してるの?」


 咲夜が呆れた口調で問う。


「いつもはあそこまでじゃないですよ。アスラさんがきっと子供たちに気にいられたんでしょう」

「そうなの? にしてもあれはすごいわね」

「ええ、すごいです」


 二人はくすくすと笑いながらアスラをみていた。


「そういえばあの子……ロ、ロランド?」

「ロベルトですか?」

「そうそうあの子、夕食どきにもいなかったけど大丈夫なの?」


 そういうとロレッタは少し心配そうに、


「いつもは夕食には必ずいるんですけどね。もしかしたらアスラさんたちをみて逃げちゃったのかもしれません」

「それはどうして?」

「ここにいる子の大半は最初から捨て子が多いんですけど、ロベルトは両親を帝国との戦争でなくしてますから。どうしても警戒心が抜けないんだと思います」

「それは……なんか嫌なこと聞いちゃったわね」


 咲夜はばつの悪いような表情を浮かべる。


「いえ、アスラさんたちは何も悪くないですから……」


 少しばかりの沈黙が場を満たす。

 すると部屋の真ん中の方から、


「助けてくれぇええええええええええええ、暑くて死にそうだ!!」


 アスラの情けない悲鳴が聞こえてくる。そちらへ目をやるとアスラに先程の比ではないほどの子供がくっついたりぶらさがったりしておりあたかも肉の鎧のようになっていた。

 二人の間にあった数瞬前までの気まずさが吹き飛び、笑いあいながらアスラの元へと二人は向かった。



   ~~~~~


 その後もロベルトは孤児院には姿を見せなかった。スリで貯めたお金を使って外泊していたのだ。次の日の朝に何度か孤児院に足を運び様子を盗み見たが特に変わった所は見られない。どうやらひとまずは問題なさそうだ。


(もしかして、これはバレてないのか?)


 ロベルトは甘い考えを振り払うように頭を振ると慎重深く事を考え始める。


(いや、あえて帰ってくるまで静かにしているという線もあるな。帰ってきたところをとっ捕まえるといった寸法かもしれない)


 孤児院の柵にしがみつきながら考えを巡らせるロベルト。その背に唐突に声がかけられる。


「あ、えーっとお前は、ろ、ロランド君だっけ?」


 声の主は最重要警戒対象だった男だった。考えに没頭するあまりに周囲に気をやることを忘れていたのだ。あまりの出来事に頭が真っ白になる。


「皆心配してるよ。無事でよかったロランドくん。戻ろうか」


 そういって男はロベルトをひょいと持ち上げるとそそくさと孤児院のなかに入っていく。


 「ちょ、まて、離せよ! 離せったら!」


 渾身の力で暴れてみるも相手は軍人、それも男のだ。当然力が及ぶわけもなくされるがままであった。

 気がついたらシスター・ディアナの前に引きずり出されていた。


「この子なんか外から覗き混んでたから連れてきました。このロランドくんですよね? 昨日帰らなかった子って」


 広間で朝食の片付けをしていたシスターは少しびっくりしたような表情で、


「そうです、この子ったら本当にお客様にご迷惑をおかけして……申し訳ございません」

「いえいえお邪魔している身ですから、このくらいなんでもないですよ」


 ロベルトの身柄はシスターに引き渡される。このままだと半日はお説教されてしまう。そう考えたロベルトはシスターの手からの脱出を試みた。しかしシスターもロベルトの扱いには慣れたもので逃げようとするのを察知していたかのように襟首を思い切り捕まれていた。

 そのまま男がその場を離れていくとシスターはロベルトを連れ、再び懺悔室に入る。今度は途中で逃げられないように後ろ手でしっかりと扉に施錠がされ、ついにロベルトの進退は窮まった。

 入ってすぐにシスターが口を開く。


「一体どうして飛び出していったりなんかしたの?」


 そう問われてどう答えるべきかロベルトは逡巡したが、観念するようにこれまでの経緯を話していった。一通り話を終えるとシスターは呆れたようにため息をついた。


「やっぱり、あなただったのね。あのとき表情をみてピンときたわ。それでその財布はあるの?」

「お金はあるんだけど……昨日の夜裏通りを一通り探してみたけど財布のほうは見つからなくて。それでどうしたらいいのかわかんねぇんだ」

「とりあえず謝るしかないでしょう。許して貰えることではないのは承知ですがその他に手はないです」


 シスターは黙祷するように目を閉じる。その言葉を聞いて机から身を乗り出すようにしてロベルトは叫ぶ。


「それはダメだ! あいつらは帝国の軍人なんだぞ! そんなことで許してもらえるわけがない! それどころか、なにされるかわかったもんじゃないぞ!」

「そうだとしても悪いのはこちらです。天はこのことも見ておられますよ、ロベルト」

「嫌だ」


 身を翻し、ふんぞり返るように椅子に座るロベルト。どうにもシスターの言葉がロベルトに伝わることはなさそうだ。


「ならわかるまで、あなたにはここで反省してもらいます」


 シスターはそう告げると懺悔室を出て再び施錠した。一人きりになったロベルトは端に置いてある毛布にくるまり横になった。昨夜は遅くまで財布を探していたので疲労がまだ体に残っており、眠りにつくのにそう時を要することはなかった。


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