第5話 夢

 村の中に入ったころには、とうに日は暮れていた。

 消えた夕焼けの代わりに現れた月が、地面を煌々と照らす。

 記憶を頼りに宿へ向かい、部屋を一つ借りる。ベッドの一つしかない狭い部屋をあてがわれ、店の人の案内を聞いて部屋に入ってようやく、俺は安堵の息を吐いた。


「レジーナ、部屋から出ないのだったらフードを外してもいいぞ」

「わ、わかった」


 言われたとおりにフードを外したレジーナは、警戒しながらも命令に従って俺の傍にいた。

 今のところレジーナが変な行動を起こしそうにないことを確認して、血を浴びた服を脱ぎ、体を軽く拭う。宿に一つだけついている簡易シャワーを浴びてこようと思ったが、魔王から目を離すことになってしまうのが心配で諦めた。


「腹は減っているか」

「べ、別に……」

「なら、今日はもう寝るぞ。俺は床で寝るから、ベッドはお前が使えばいい。毛布だけくれ」


 ベッドをポフポフと叩いてその寝心地を確かめていたレジーナが、俺が手に持った毛布を見て懇願するように見上げてくる。


「毛布だけはもらうからな」

「わ、私が床で寝るから、毛布は私にくれ」


 レジーナが毛布の端を握った。


「それでいいのか?」

「それがいい」


 こくりと頷くレジーナを見て、毛布を離す。毛布を獲得したレジーナはくるくると丸まって、床の上で白餅のようになってしまった。

 電気を消して、ベッドの上に寝転がる。これまで城で暮らしてきた魔王様には、ここのベッドはお気に召さなかったのだろう。

 目を瞑って意識のまどろみに身を任せる。現実と夢との境が溶け合って、曖昧になってきたころに、遠くから鼻をすする微かな鳴き声のような音が聞こえてきた。


 悲しい、寂しい


 藍色の感情が頭上を通り過ぎていく。これは誰の感情なのだろう。


 辛い、面倒くさい、嫌い、消えてしまいたい、憎い


 流れるように過ぎていく感情たちに飲まれそうになって、俺は目を覚ました。周囲はまだ暗い。額に浮いた嫌な汗がポタ、とベッドの上に落ちて染みをつくった。

 夢から覚めて現実の世界に戻ったはずなのに、泣き声だけはまだどこからか聞こえてくる。音のする方に目を凝らすと、床の上の白餅が見えた。

 起こさないように注意を払いながら、そっと近づいて毛布をはがしていく。ぎゅう、と力強く毛布の端を握ったレジーナの顔が見えて心臓が跳ねた。

 髪の隙間から除くレジーナの目から、涙が溢れている。


「デューク……どこ……」


 吐息のように漏れたレジーナの寝言を聞いて、毛布をそっと掛け直す。

 もう気味の悪い夢を見ることはなかった。

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