第4話 名付け

 空の茜色に闇色が混じり合い始めたころ、俺たちはようやく森を抜けた。冷えた空気が穏やかに流れて、足元の草を揺らす。あともう少し進めば、一つ目の目的地の村だった。

 魔物対策のために各村を囲むように作られた壁は、東西南北に作られた大門以外から入る術はない。

 門を通る前に言っておきたいことがあって振り返ると、びくりと肩を震わせた魔王も、慌てて立ち止まった。


「魔王、村では俺のことを勇者とは呼ぶな」

「わ、わかった」

「俺もお前を魔王とは呼ばない。魔王、お前の名前はなんだ?」


 大きな目を何度も瞬きして、魔王は首を傾げた。


「魔王は魔王だ」

「魔王になる前はなんと名乗っていた?」


 訝しげな顔をして少し考えた後、やはり首を傾げる。


「魔王になる前なんて、ない」

「名前がないのか」

「ま、魔王以外の名が必要なら勝手に付けてくれ」


 魔王の背後に見える空はもうほとんど夜が支配して、僅かに残った夕日の色も、もうすぐかき消されてしまいそうだった。完全な夜になってしまう前に、村に入りたい。名前のことで、時間をかけたくない。服に染み付いた血も、早く落としてしまいたかった。


「なら、お前はレジーナだ。俺のことはルイスと呼んでくれ。それから」


 俺が一歩近づくと魔王、もといレジーナは一歩後退る。


「村の中ではなるべく俺の近くにいるように」

「な、なんで」

「そうでなきゃ万一の時に俺が対処できない。仮にも魔王を野放しにはできない」


 レジーナが押し黙る。もう後退ることはなかった。俺が一歩ずつ間合いを詰めるたびにビクビクと肩を震わせながら立っている。


「村の中では絶対にフードを被っていろ。俺がいいと言った場所以外でフードは外すな」


 レジーナの着ているローブのフードをかぶせ、腕を掴む。身体を強張らせたレジーナは、それでもやはり大人しく付いてきた。

 大門を開けてもらい、手続きを済ませて村の中へ入る。記憶の中のあの頃の姿のまま、村はきちんと残っていた。

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