第1話 儀式
「五百万ヴルム、確かに受け取りました。ありがとうございます。件の商品はあちらの部屋にございますので、部屋に入ってすぐ、儀式を始めてください。儀式の流れは心得ておりますか?」
廊下に出て手続きを終えると、使用人の格好をした女性が部屋の案内を始めた。それに続いて、長い廊下を歩いていく。
「問題ない」
「承知いたしました。では、こちらの扉から入って儀式をお始めくださいませ」
女性が扉を開け、軽く礼をする。導かれるように、俺は部屋の中へと入った。
部屋の床一面に魔法陣と呪文が刻まれている。端に置かれたテーブルの上には、小さなナイフと拘束具の鍵だけが置かれている。その部屋の中央に、拘束で身動きの取れない魔王は置かれていた。
テーブルの上に用意されていたナイフを手に取って、指の先を切る。だらりと流れてきた赤黒い血を、魔王の手の甲に擦り付ける。続けて呪文を唱えると、周りの魔法陣が光りだした。呼応して、魔王の手の甲に付けられた血が変化し始める。
間もなくして、魔王の手の甲にははっきりと隷属の印が刻まれた。
「ぐっ……うう、ぐぅ」
猿轡を咬ませられた魔王の口の端から唾液が零れ落ちる。髪の毛の隙間から除いた黒い目は、上目遣いにこちらを睨みつけていた。
「落ち着け、今外す」
テーブルの上から鍵を取って、魔王の拘束具を一つ一つ外していく。最後に猿轡を外すと、魔王は思い切り咳き込んだ。
「げほっ……ごほっ……な、何を、お前、さっき、げほっ……何を」
「ただの奴隷契約だ。主側の命令を無視すれば奴隷側にペナルティが発生し、無理に解除しようとすれば奴隷側が死ぬ呪いが込められている」
「死……!」
魔王が僅かに顔を上げた。
「安心しろ。恐らく、お前には効果はない。この契約だって解除しようとさえすればきっといつでも解除できる。俺はただここでの形式に従って契約しただけだ。この建物を出たら好きなように解除すればいい」
魔王は手の甲の印をするりと撫でた。長い髪の毛に隠されて、表情はよく見えない。
「なんで、私を買った」
「ただの一貴族が奴隷として扱える代物じゃないからだ。俺なら、まだなんとかなる」
「お、お前、勇者……だろ、なんで……」
尻すぼみに小さくなった声は、そのまま空気に溶けていった。うなだれたように床に座り込んだままの魔王の手を掴み、無理やり立ち上がらせる。
「行くぞ」
扉を開いて魔王を引っ張っていくと、意外にも魔王は大人しくついてきた。少しざらついた魔王の青い腕は、恐ろしく冷たかった。
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