第2話 発覚

「では、契約印をお見せください」


 扉の近くで待機していた女性が、書類を片手に話しかけてくる。掴んでいた魔王の手をそのまま持ち上げて手の甲を見せると、女性は最後のチェックを書き込んで、書類をこちらへ渡してきた。


「こちら、売買の成立と契約が成されていることの証明書類です。諸々の手続きはこれで完了になります」

「ありがとう」


 書類を受け取って、出口へ向かう。

 建物を出た瞬間、あらかじめ用意していた魔法を展開し、テレポートする。人里離れた森の奥に着いてすぐ魔王の反抗を予想して組み敷いたが、魔王が何かをしてくることはなかった。


「拍子抜けだな」


 俺と床の間でうつ伏せになって蠢く生き物は、それでもなお攻撃してこようとはしない。隷属の印を解除しようという気さえ感じ取れなかった。


「ぐ、ぅ、ど、どいてくれ……」

「解除しなくていいのか」


 申し訳程度の抵抗か、ゆるりと足を動かすが、魔王が俺の拘束から逃れることはなかった。


「解除……? な、にを」

「奴隷契約を」

「ああ……別に、たいして影響はない、から……」

「ずいぶんな余裕だな。後で後悔しても知らないぞ」

「余裕なんか……」


 俺が腕の力を弱めると、少しひるんだ後、魔王はもぞもぞと俺の下から這い出てきた。


「抵抗はしないのか?」

「する気なんか、ない」


 よろよろと立ち上がった魔王は、ふらふらと歩いて、少し離れた木の側で座り込む。


「……そうか。とりあえず今はお前の言葉を信じておくとして、これからの行動は俺に従ってもらうからな」

「なんで……」

「俺がお前を買ったからだ」


 魔王に一歩詰め寄ると、びくりと肩を震わせて、体を固くする。


「く、来るな……」

「何故」

「こ、怖い……から」


 ぎょろりとした黒目が髪の隙間からこちらを覗き見る。これは本当に俺と死闘を繰り広げた魔王と同一人物なのだろうか。それとも、これら一連の行動はすべて演技で、俺が油断するのを待っているのだろうか。


「別に危害を加えようっていうんじゃないんだ」


 怯える魔王になるべく刺激を与えないよう、じりじりと距離を縮めていく。


「な、なんの目的で近づいてくるんだ」

「その服装だと目立つから、着替えてもらいたいだけだ」

「着替える、着替えるから、服だけ寄こせ」


 魔王がおずおずと手を伸ばすので、持っていた着替えを投げて寄こす。着替えを受け取った魔王は、その場で奴隷服を脱ぎ始めた。

 サイズの合わない大きめの奴隷服の下から、膨らんだ胸囲が覗く。思わず目を逸らす。


「まっ……てくれ……。魔王、お前、女、だったのか」

「女……? ああ……た、確かに女体ではあるけれど」


 魔王の困惑した声が聞こえてくる。森の中に、肌と布がこすれ合うかすかな音だけが囁くように伝わった。


「き、着たぞ」


 その一言で、逸らしていた視線を魔王に向ける。魔王は男物の冒険着の上からフード付きのローブを着て、相変わらず俺とは距離を保ちながら立っていた。

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