第1話 僕が育った街
・・・僕が、育った街。
大きな鉄筋に囲まれ、大きな隔離施設となっている。
天井には、空と言う物が描かれたのが在る。
僕が生まれるずっと前に、起きたとされる戦争で、避難所として用意されたのが、この街。
人口は、ニ千人弱。一人一人に小さな家を用意されているが、五百人ずつエリア分けされている。
その他の施設は、中心部にある広場に、
病院と百名程が入れる大きな食堂のみ。
娯楽と言う物は、存在せず。会話のみが許され、ある程度の生活以外は、
一切願う事さえ許されぬ街。
僕を含むこの街の人たちは、“蝉の民”と呼ばれている。
「ノヴァは、・・・さ。外の世界に、何処までも広がる空が在って、人間が自由に暮らせる場所が在るって信じる?」
僕に、話しかけて来た少女は、綺麗な黒髪を
「僕は、あると想うよ。大人達は、ないっていうけどね。」
少女は、そっか。っと嬉しそうに微笑んだ。
彼女の名前は、ユーリ。
僕より一つ年上の女の子で、ユーリと僕以外は、皆大人。
戦争を経験して、この街に来て、外の世界を否定する。
「いつか綺麗な街で、綺麗な服を着て、美味しい物を食べるのが、私の夢なの。」
ユーリは、再び天井を眺め少し悲しそうに呟いた。
その表情を見た僕は、思わず心に想った事を口にしていた。
「・・・僕が。いつか連れてってあげる。」
ユーリの瞳は、再び僕に、映った。
照れ隠しをするように、右手で顔を隠しユーリは、ありがとうと呟いた。
———ビッー!
右手の
この音が鳴ったと言う事は、僕等は、自宅に戻らなければならない。
「また明日ね。」
ユーリは、そう言ってその場を離れて行った。
帰り道の途中に、ガスマスクをした傭兵達が、住民達を案内している。
この光景も、この街では、当たり前の光景である。
僕等は、この枷によって、“ARI”と呼ばれる傭兵達に、監視され、
規律を乱した者は、罰として、自由に過ごせる時間を2時間ずつ減らされる。
過去に持ち時間を失った人がいたみたいだけど、その人が、どうなったのかなんて
僕等には、わからない。
この街の何処かにある管理ルームに、よって毎日の行動を事細かくチェックされていると言うのを
少し前に、この街一番の物知り爺さんに聞いた事が在る。
僕等の生活は、毎日朝6時に起きて、7時から12時間自由時間を設けられる。
そして規律通り生きる僕等は、毎日17時にブザーと共に、自宅へ帰りその日を終える。
今日も同じように。
自宅へ戻り、ベットに横たわり目を閉じる。
ここは、何処だろうか。
綺麗な街並みで、僕の手を引っ張る大人の姿が見える。
振り返ったその姿は、この街で出会った大人達の姿ではなく。
でも、何処か懐かしい雰囲気の大人だった。
起床時間よりも早く目が覚めた僕は、気づけば体中汗まみれになっていた。
もう一度目を閉じるも中々寝付けず、少しだけ窓を開き外を眺めた。
物音一つなく真っ暗なこの街を、不気味に想った。
なんとかしてもう一度寝よう。とベットに戻ろうと窓を閉めようとした瞬間だった。
真っ暗なはずの街の奥に、天井へ続く薄っすらな光が見えたのだ。
それは、街を照らす街灯の光でもなく。恐らく外へ繋がる光だと僕は何故か確信した。
その光が気になって、全く寝れなかった。
もしも、規則を破り続ければ。
ある疑問が、僕の脳裏を駆け巡った。
明日、物知り爺さんを訪ねてみよう。あの人なら何か知っているかもしれない。
物静かな街に、気づけば僕の鼓動が聞こえてきた。
次に目を開けた時には、起床時間のブザーが、街中に鳴り響いていた。
ゆっくりと身体を起こし、扉を開くといつもの様に、ガスマスクをした傭兵達が、
住民達を案内し、住民達は、食事をしたり、用意された仕事を始めたり。
人それぞれの“自由時間”を始めていた。
そして僕もいつもの様に、古汚い白い布で作られた服を着て街に出て行った。
広場を越え何人かの傭兵達が、僕に視線を送っているように感じた。
僕は、気にしない振りをして、広場を進んで行くと一人の傭兵が、僕を手招きしてきた。
はい。と答え傭兵の方へ足を運ぶと傭兵は、僕の耳元で小声で、呟いた。
「君の行動には、我々ハ期待している。」
そう言って傭兵は、持ち場へ戻った。
僕が、その意味を探ろうとするも傭兵は、答えようともせずゆっくり横に首を振った。
いつの間にか、大人達の視線が僕に集まっている事に気づき
広場の方を振り返ると僕を不気味そうに見つめる大人達。
早く物知り爺さんの所へ行こう。僕は、足を進めた。
物知り爺さんの住むエリアの住民達は、広場での自由時間を拒み
自宅でその時と戯れるのを好む少し変わり者が集まったエリアとされている。
物知り爺さんもその内の一人。
このエリアのみ昼間と言うのに、話声も聞こえず不気味な雰囲気が漂っており
一部の住民からは、“ゴーストエリア”と呼ばれている。
広場のモニターで、確認した物知り爺さんの自宅は、確かこの筋を越えた左の一番奥の家だ。
物音一つしないエリアに、僕の足音が響き渡る。
物知り爺さんの家に辿り着いた時、自宅の扉は開けられており老人が、待ちわびた様に、
僕を見つめていた。
「珍しいのう。客人とは。しかも小さい。」
そう言うと、老人のぎょろりとした目が、僕を観察し始めた。
「・・・実は貴方に聞きたい事がありまして」
「ワシを訪ねたと言う事は、そういう事じゃろう。まあ入れ。お茶でもいれよう」
老人は長く伸びた髭を整えながら、テーブルに置かれているポットに手を伸ばした。
お邪魔します。と一声発し、老人の家に上がり込んだ。
「ノヴァじゃったか?」
僕は、自分の名前を呼ばれた事に驚いた。
物知り爺さんと会うのは、初めてであり何故自分の名前を知っているのだろうと考えていると
「この街では、君とユーリと言う少女だけであろう子供は。」
「・・・あっそうですね。」
ほれっと、老人は、お茶を差しだしてくれた。
いただきますと、一口飲んでいるとまたぎょろりとした目で、僕を観察し始めた。
「いくつになったんじゃ?」
「・・・え?今年で、十一になります。」
「そうかそうか。」
老人は、何やら嬉しそうにまた長く伸びた髭を整え始めた。
「で?ワシに何を聞きに来たんじゃ?」
僕は、老人に外の世界について問いた。
「外の世界か・・・。」
老人の表情が濁ったのを見て僕は、老人から視線を床に遠ざけた。
「外の世界は、確かにある。」
老人のその一言に、僕は胸を躍らせ思わず言葉が零れた。
「やっぱりあるんだ・・・!」
「成程のう。だがその期待は、やめておけ。」
「どうしてですか?」
老人は、深い溜息を零した。
「叶わぬ夢じゃ。」
「・・・でも」
「・・・何年。いや何十年願った事か。」
老人は、窓を開け天井を眺め、今にも潰れそうな声で、僕の気持ちが浅はかだったと感じさせた。
「光が見えたんだ」
何故だか零れたその言葉を老人は、聞き逃さなかった。
「・・・今なんと言った?」
「昨日たまたま眠れなくて、窓開けたらあの辺に天井から光が差し込んでて」
老人の表情が一気に青ざめ、ゆっくりゆっくりと僕に近づいて震えながら僕の両肩を強く握った。
「何処じゃ。何処から光が漏れとったんじゃ」
「・・・確か。僕の家から見えたからおじさんの家の真裏くらいかな」
「真裏?」
老人は、駆け足で家から飛び出し自宅の裏の天井を睨みつけた。
僕も追って、家を出て老人と同じ場所を確認する。
「年は取りたくないな・・・。見えるか?」
しっかりと見えた光の場所を、肉眼で確かめる。
街を照らすライトの上に、薄っすらだが壁から30段の階段が出ているのが見えた。
恐らく余程視力が良い人でない限り気づくことが出来ないくらい薄暗い場所にある。
それを老人に伝えると老人は、焦った表情で、階段の場所・どこから繋がるのかを聞いてきた。
「壁からだから、きっとあの階段に繋がる場所が何処かにあると想う。」
僕は、半信半疑で答えたが、老人は嬉しそうにやっとだ。と小さく呟いた。
しかし嬉しそうな表情も長くは続かなかった。
呟いてすぐに老人の表情が、曇り始めた。
「駄目じゃ。」
「どうして?外の世界に繋がる道を見つけたんだよ」
老人は、右手の枷を睨みつけ全身に入った力を抜いて見下ろした。
「こいつがある限り、ワシ等はここから逃げられない。」
僕も自分の枷を見下ろしまた現実を痛感した。
「ありがとうな。ノヴァ、生きている内に少し希望を思い出させてくれて。」
そう言って老人は、ゆっくり自宅に戻って行く。
きっと何か方法があるはずだと、老人を追いかけるも、老人は脱力感で聞く耳を持たない。
僕は、老人に一礼しその場を後にした。
広場へ戻ってきた僕を見つけたユーリが、控え目に手を振っているのが見えた。
ユーリにも伝えた方がいいのか。いや老人の様に、なる姿を見たくない。
僕は、ユーリに手を振り返すも、表情から察したのかこちらへ近づいて顔を覗き込んできた
「何かあったの?」
僕は、心配かけまいと、いつもの様に振舞った。
「またいつもの場所で話そっか。」
いつもの場所ー。
それは、広場にある高台で、この街を見渡せる唯一の場所。
代わり映えしない街や、天井を眺める場所。
高台へ向かう途中ユーリが、思い出したかのように僕に問いかけてきた。
「そういえばさっき傭兵に話しかけられたんだって?」
「・・・え?あぁびっくりしたよ」
「凄いじゃん!大人達が、皆話してたよ」
僕は、大人達の表情を思い出した。あの他人を見るような眼は、なんだったのだろうか。
「初めてみたんだって。傭兵が、私達の誰かをわざわざ呼び出して、そのまま帰したの」
えっ?僕は、思わず驚いた。
言われてみれば、今まで傭兵が自分達を呼び出す時は、必ず規則を破った人間で
罰を受けずに帰ってきた人間を見た事がない。
だとすれば、傭兵のあの言葉は、どういう意味だろうか。
僕は、あの言葉が、気になってユーリの話を聞けなかった。
「ごめんね。変な事聞いちゃった?」
「いや、僕こそごめん!」
「なんだか顔色悪いね・・・。今日は、もう休んだ方がいいよ」
大丈夫と返そうとしたが、ユーリの表情を見て言葉を濁らせてしまった。
「やっぱり帰ろうか、大丈夫!今日の分明日いっぱい喋ろうね」
ユーリは、笑顔でそう言って元気よく僕に手を振って広場へ戻って行った。
なんだか悪い事をした。罪悪感を感じながら自宅へ戻りベッドに横たわった。
普段ならユーリと楽しく話す時間だったのに。
明日はユーリが言ってくれた様に、今日の分いっぱい話そう。
何を話そうか。やっぱり光と階段の話は、やめておいた方がいいかな。
明日ユーリと話す話題を考えていた時だった。
———ビッー!
いつもの様に、街中にブザーの音が鳴り響く。
そして、違和感を感じたのだ。
自分のブザーが鳴らない。
自宅に戻っているから?いや違う。今までも何度か自宅に戻ってはいたが、ブザーは確かに鳴っていた。
故障か?と枷を確かめるも正常にランプは付いている。
そしてまた傭兵の言葉が、頭に過った。
行動に期待している?
僕は、少しの間その言葉の意味について考えた。
そしてある行動を決行しようと決意した。
もしもこの後、起床時間までの間。自宅から出たらどうなるのか。
罰せられ自由時間を減らされるのか?
たった2時間なら試す価値はある。
それから数時間後、寝静まった街を、辺りを確認しながら自宅から出て
広場を目指した。
そこには、住民達も、傭兵達すらいなくただ不気味なまでに静かな街とかした広場へ
何楽辿り着いた。
怖くなった僕は、また自宅へ戻り明日もう一度物知り爺さんを訪ねようと決めた。
次の朝も、いつものように。
起床時間のブザーが、街中に鳴り響いていた。
街中は、いつものように傭兵達が、
住民達を案内し、住民達は、食事をしたり、用意された仕事を始めたり。
人それぞれの“自由行動”を始まった。
ただ一つ違うのは、やはり自分のブザーが鳴らない事。
そしていつもの様に、古汚い白い布で作られた服を着て街に出て行った。
広場に辿り着き、また傭兵達が僕に視線を向けているのを感じた。
昨日と同じように、広場を進んで行くと一人の傭兵が、僕を手招きしてきた。
昨日と同じように、はい。と答え傭兵の方へ足を運ぶと傭兵は、僕の耳元で小声で、呟いた。
「そのまま君ノ思う様にしてみなさい。我々ハ期待している。」
問い返そうとしたものの傭兵は、昨日同様持ち場へ戻りそれ以上は、答えない。
又しても、大人達からの視線を感じたが、気にもせず老人の自宅へ向かった。
ゴーストエリアに入り、老人の自宅の前まで行くと。
「・・・何かあれからわかったのかい?」
気だるそうな老人は、ため息交じりで言葉を零した。
僕は、老人に早速枷の事を訪ねた
「鳴らない?」
老人は、不思議そうな顔で、僕の枷を眺めた。
「うん。就眠時間を過ぎてから外に出ても罰もなく」
僕のその一言に、驚いた表情で額から汗が流れるのが見えた。
一滴の汗が床に落ちた後、震えた唇が動いた。
「外に出たのか!?兵隊は!?街の雰囲気は!?」
老人は、興奮のあまり僕の肩を手で握り、貴重な情報源を離さまいとしているのが伝わってきた。
僕の怖がる姿を感じたのか、老人が手を放し、その場に膝を着き崩れ落ちた。
「・・・すまぬ。取り乱してしまった。」
だ、大丈夫ですと声をかけると老人は深く溜息をついた。
沈黙が続き、老人は、ハハッと自分の馬鹿馬鹿しさに笑みを浮かべた。
「物知り爺さんを訪ねてきた子供に、ワシが訪ね切ってどうする。」
その一言に、老人の外への想いはきっと知らない僕にとっては想像出来ないほどの苦しみなんだと
感じ取った。
いつの間にか無意識に僕の両手は、老人の両手を強く握っていた。
「か、必ず。」
老人の死んだ目に、僕が映ったのが見えた。
「必ず、外に出ましょうね」
出来る保証もないその言葉は、震えていた。
老人は、それを察したのか深くお辞儀をし一言ありがとうと呟いた。
老人の家を後にして、広場に向かうと何やら人だかりが出来ていた。
大人達の間を潜り抜けると、広場の中心には、傭兵とユーリが話していた。
話声は、大人達のユーリに対しての妬みや批判の声によってかき消されてしまったけど
ユーリは何処か脅えた表情をしている。
話終わりユーリは、途方もなくその場を離れようとする。
僕は、ユーリの名前を呼ぶもどうやら聞こえなかったのか、そのまま足をゆっくり一歩一歩進んでいく。
近くまで言って名前を呼ぶとビクッと驚きこちらに気づいた。
「ビックリした・・・。ノヴァいたんだね」
ユーリの目は泳ぎ、切羽詰まった表情をしていた。
「昨日と真逆だね。」
ユーリは、無理やり笑顔を作って僕に優しく言った。
「もしかして聞こえた?」
「ううん」と僕は首を横に振ると、良かった。と安心した様子だった。
「とりあえずいつもの場所に行こうよ。そこで話聞くよ」
僕はユーリを励まそうとしたのだが、ユーリは何か言いたそうにするもその口を止め。
「ごめんね。今日はそんな気分じゃない。」
ユーリの表情は泣くのを我慢しているようにも見えたので、僕は何も言えず立ち止まってしまった。
深く溜息をついたユーリは、じゃあね。と家の方へ戻って行った。
僕も家へ戻り、真っ暗い部屋でずっとユーリの事を考えていた。
もしかするとユーリも傭兵に行動を試されているのか?
そして僕と同じようにブザーが鳴らなくなったのか?
考えれば考える程、わからなくなった。
横になり明日ちゃんとユーリと話そう。そしてこの憂鬱な気分を晴らそうと
僕は無理やり眠りについた。
勿論この日も僕のブザーが鳴る事はなく。
街中のブザーが鳴り響き街中はその音と共に静まり返って行った。
ギィっと扉が開く音がした。
その音に目を覚まし辺りを見渡すと扉から
僅かに街灯の光が差し込んでいた。
そうか、考えるのに夢中で鍵を閉め忘れたんだ、扉を閉めないと
ベットから立ち上がり扉へ向かおうとしたその瞬間、何かが僕に向かって飛んできた。
驚いた僕は、ベットに倒れ込み何かが、すかさず僕の上にのしかかり
僕の首を強く締めた。
必死に抵抗しその締め付ける物を力強く掃い、のしかかる何かを蹴り飛ばす。
ズドン!と部屋中に大きな音が響きすかさず電気をつけると僕は、その正体に言葉を失った。
僕を襲ったのは、この時間に此処にいるはずもなく
けれどずっと側にいたユーリだったからだ。
「なんで・・・。」
僕は思わず思考が口から零れた。
強く蹴られ蹲るユーリが僕を睨みつけ泣き叫んだ。
「わかんないよ!どうしてなの!どうして貴方なの!ノヴァ!!」
ユーリの
必死でユーリを説得しようにも、ユーリの目には僕は本当に映っていない。
脅えているようにも見えたその瞳は、まるで化物を見ているようだった。
ユーリの叫び声に駆け付け大人達が、僕の家に群がってきた。
それと同時に街中にブザーが鳴り響く。
僕は慌ててユーリに右手を差し伸べるもユーリは強く、手を掴み僕を引きずり倒そうとしてきた。
なんとか左手で、バランスを取って手を振りほどき家を飛び出した僕を
大人達が必死で抑え込もうと僕を囲み始めた。
恐怖のあまり必死に抵抗するも、ユーリの様な少女とは違い一筋縄では行かず
すぐに押し倒されてしまった。
もう駄目だと諦めかけたその時だった。
「何ヲしている!」
大人達の向こう側から大声が大人達の動きを止めた。
ざわつき始めた大人達の隙間から見えたのは傭兵達 “ARI”
「取リ押さえろ!!」
その一声により一斉に傭兵達が大人達を取り押さえ始めた。
僕はその隙に大人達の動揺を抜け出し広場へ向かった。
必死に無我夢中に走り抜けた。
意味もわからず何が起きているのかもわからず。
ただ自分が助かる様に、気づいた時には息を切らして老人の家の前に立っていた。
そうだ、老人は。
老人の自宅の扉を開くもそこは、抜け殻となっていた。
整理する時間もなく自分の名前を理性を失った叫び声が聞こえた。
「ノヴァ!!!」
振り返ると、血相をかえて美しかった髪も乱れ。
殺気を放った彼女は自分の知っている
彼女が自分に迫ってくる恐怖の余り、
また必死で僕は逃げた。
ゴーストエリアは街灯の光がなく真っ暗闇を只管行く当てもなく必死に走った。
追ってくる足音。
声帯が裏返るも尚叫び続けるユーリ。
必死に逃げるも体力の限界を迎え始めていた。
足も限界に達していた。いつしか痛みを感じる。
必死に振っていた腕も痛くて振るのも抑えていた。
捕まった方が楽なのではないのかと思い始めた。
僕は諦め立ち止まった。
きっとこれは悪い夢なんだ。早く醒めろと目を閉じた。
その瞬間だった。
「こっちだ!」と住宅の間から声が聞こえ僕はその声を頼りに走った。
暗闇の中手探りにその声のした方へ走った。
すると、すっと僕の身体は何処かへ落ちた。
ふと我に返ると身体は横になっていて
呼吸は荒れ鼓動は自分以上に早まっていた。
体中が痛くゆっくり身体を起こすとそこは、大人の男性一人分の天井の高さの空洞になっており
奥の方まで灯りが灯っている。
恐る恐る足を進めていくと、次に現れたのはゴールの見えない上へと続く螺旋階段だった。
手すりを持って一段一段休みながら登っていく。
いつしか呼吸も穏やかになり、すーっ息を吐いた。
兎に角。
一段一段確実に昇った。
一段一段が、僕の頭に一つ一つの感情や言葉が胸を射す。
これは夢ではない事。どれ程夢ならば良かっただろうかと。
行き場のない感情が込み上げていた。
どれ位の時間が経ったのか、分からぬまま
階段は未だに続いていた。
休憩を挟みつつ、また上り、また休憩をし、また上り。
数える事を忘れた頃。
いつの間にか螺旋階段は、縦階段へと変わっていた。
そしてふと辺りを確認すると自分が今何処にいるのかすぐにわかった。
街を見下ろせるあの場所に辿り着いていた。
ブザーが鳴り響くも街は静かなまま。
ユーリや老人はどうなったのだろうか。住民達も。
急に現実に戻された僕は、再び階段を上り始めた。
残りの階段を上り切り行き止まりになった。
一気に絶望を味わった。
やっと此処まで辿り着いたのに。
行き止まり?
膝を着き立ち尽くし、目を閉じた。
今までの出来事が走馬灯の様にフラッシュバックしてくる中
真っ暗な中、それが希望。まさに
その光が見えた瞬間、初めてみたあの光を思い出した。
そうだ!何処かに外から漏れた光があるはずだ。
僕は、壁を叩いて擦ってその場所を確かめた。
すると僅かだが向こう側から光が漏れている隙間を見つけた。
必死にそこに最後の力を振り絞り体当たりすると、壁が動き身体ごと回転し
気づくと壁の向こうに放り出されていた。
身体を起こし、辺りを観察すると
先程の場所とは違い電気はチカチカと点滅していて
壁は朽ち果て、手すりは錆び切っている。
そして何よりも鼻に着く匂った事もない悪臭が、疲れ切った身体に更に疲労を与えた。
恐る恐るゆっくり先へ進むと見た事もない資料。
そして機械が散乱している。
機械の間を潜り抜け更に奥へと進んで行くと、ある扉に辿り着いた。
ドアノブに手をかけ、ゆっくりとその扉を開くと
そこは誰かが使っていただろう部屋だった。
しかしここもありとあらゆるものが散乱している。
入り込み辺りを捜索する。
すると崩れ落ちた棚の奥から物音が聞こえた。
誰!?とその音に向けて放つと
真っ暗闇の中で大きな影が動いた。
その影が、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
その影からは、酷く悪臭がした。
点滅している電気がその正体を明かす。
大人と同じ身長ではあるが、明らかに今まで見てきた住民達とは姿が違う。
何故なら、皮膚は赤く腐り切っており
顔も潰れていて、表情がわからない。
「貴方ですか・・・。僕を助けてくれたのは。」
『灰になった世界で』
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