第19話
「それでは本日の会議を始めます!」
ナツホは朝比奈さんをちゃちゃっと着替えさせ、俺と古泉を部室に入室させた途端、開口一番喋り始めた。何が本日の会議だよ。今までに定例会議なんざしたこたぁないってのに。
「うるさいわねぇ。今日から始めるのよ、今日から! 細かいこと言ってたらはげるわよ!」
「それで今回は何をおっぱじめる気だ?」
「それは古泉くんから発表してもらうわ! なんせ今回の功労者だもの」
「功労者だって? 古泉、お前どんな悪知恵をナツホに吹き込みやがった?」
オレの問いに古泉は前髪をかき上げながら細目スマイルを返す。
「悪知恵だなんてとんでもない。少し提案をさせてもらっただけです。目前に迫った夏休みにおけるSOS団の活動についてね」
ナツホが夏休みにとんでも活動するだろうなんてのは、どんな正確な天気予報よりも高い確率で予想できることではあるが、わざわざお前から焚き付ける必要はないだろうによ、古泉。
「それで何をするってんだ?」
「無人島に行くの! て言っても元無人島だけどね。古泉くんの親戚がお金持ちらしくて島丸ごと一つ持ってるらしいのよ。夏のSOS団活動をどこでやろうか困ってた私たちにとって朗報だったわ。無人島合宿なんて我がSOS団にふさわしい舞台じゃない!」
何が朗報だ。そもそも夏のSOS団活動なんて言葉も初めて聞いたぞ。そして、発表は古泉にさせるんじゃなかったのか?
「アンタがくだらない質問をして古泉くんに喋らせないからよ」
はて、そんなに長く質問をしたつもりはないんだが。せっかちなやつだ。
「良いのか、古泉。俺たちみたいなトラブルメーカー予備軍をその親戚の島に入れちまってもよ?」
「ええ。むしろその親戚の方は無人島へ誰かに来てもらいたいくらいなんですよ。有り余った金で無人島を買ったは良いものの、来客が思ったより少なくて落ち込んでいるそうなんです。僕らが来ると聞いて、ぜひ来てくれと大変喜んでいる様子でした」
そうかい。ナツホを島に招き入れたことを後悔しなければいいけどな。
「てなわけで、SOS団の夏合宿は無人島に決まりました! 出発は夏休み初日だからね。期末テストで赤点取って夏休み補習なんて受けようもんなら殺すわよ。……アンタに言ってるんだからね!」
ナツホは俺を指さしていた。やれやれ。
その後数日が経ってテスト期間に入り授業半日体制になったわけだが、放課後になったにもかかわらずオレは家に帰らず教室に居残っていた。
「良い? 窒素の分子量と酸素の分子量を割合で計算したら空気の分子量は求められるわけ。こんなの中間テストの範囲よ。なんで期末テストの段階で理解してないのよ?」
ナツホのお小言が教室に響いていた。そう。俺の赤点取得を回避すべく、ナツホはありがたーいことにオレに勉強をレクチャーしてくれていたのである。早く帰らせてほしいんだがな。
「ダメよ。アンタ帰ってもどうせ勉強しないでしょ。夏休み初日に全員で無人島に行くの! 団員は一人たりとも欠けてはならないんだから!」
お前が軍の部隊長だったら部下たちは泣いて崇めるだろうな。もっとも、今は有事でもなんでもないただの平和な日常であり、なんなら今やっていることは命の危険などない期末テスト勉強であることがちっとばかし問題点なわけだが。
「この私が直々に教えてやってるってのに。お礼どころか文句を言うなんてね。私が寛大な女じゃなかったらアンタ今頃見捨てられてるわよ。感謝しなさい! じゃ、わたしちょっと席外すわ。帰ってくるまでに問題解いとくのよ!」
ナツホは教室を出ていった。トイレにでも行ったのか? まあいい。たしかに俺も勉強しなさ過ぎだ。こればっかりはナツホの言い分にも一理ある。
オレは科学の問題テキストに視線を落としたが……、さっぱりわからん! 解らな過ぎて水分子の構造式が踊っているように見えてきた。
「いかんいかん」
オレは目頭を押さえて深呼吸すると教室の窓から見える山を見てリラックスすることにした。根を詰めすぎては解るものも解らなくなるからな。
「どう? 捗ってる?」
俺に問いかける女の声。放課後、俺と教室に残っていたのはハルヒだけだったはずなのだが、そのハルヒも出ていった。一人きりのはずのオレに声をかけてきたのは俺たちのクラスの学級委員。
「朝倉か」
オレの後方に立っていたのは朝倉涼子。おしとやかそうな表情の美人である。特段仲が良いというわけでもないが、俺から見るに性格は至って真面目。成績も優秀な方らしい。同級の男たちからの人気も高い。谷口曰くAAランクプラスの女学生だそうだ。あいつは学校中の女をチェックしているんだろうか。その労力を1パーセントでも勉学に向ければちっとは成績もよくなるだろうによ。……ま、さすがのアイツも俺にだけは言われたくないだろうが。
「どうしたんだ。こんな時間まで学校に残ってるなんてよ」
もう、放課後になって1時間以上は経っている。テスト期間中は部活動も禁止されているから学校に残る必要もない。それなのにまだ学校にいる朝倉が俺には不可解だった。ちなみにもちろんSOS団はテスト期間中も絶賛活動中である。無法団体だからなウチは。今頃、朝比奈さん、長門、古泉はハルヒと俺が到着するのを部室で待っていることだろう。テスト期間中だってのに殊勝なことである。
「ちょっとね。あなたに相談があって……」
真面目な学級委員の悩みに俺が答えることなどできないだろうが、聞くだけはきいてみるか。
「一体なんだよ。相談って……」
「鈴宮さんのことよ」
「ナツホ?」
「ええ。鈴宮さんってクラスメイトとあまり仲が良くないでしょ。一人孤立してるっていうか……」
そりゃ入学初日の自己紹介でいきなり「普通の人間には興味ありません。宇宙人、未来人、超能力者、異世界人がいたら私のところまで来なさい、以上!」なんていう女と仲良くなりたい変わり者など一握りってもんだ。他にも数々の奇行をナツホは犯しているわけだし孤立しても仕方あるまい。
「でも、少しは変わって来てるんだぜアイツも。SOS団を作ってからは団員とはそれなりにコミュニケーションを取るようになっているし、目的のためなら友達とはいかないまでも付き合いはみせてるしな」
そうだ。草野球の時も参加するために谷口やら国木田やらを呼んで試合したんだぜ。朝比奈さんの友達の鶴屋さんもいたな。
「クラスでは孤立してるかもしらんが、課外活動ではそれなりにつるんでるやつもいるからよ。朝倉が心配するようなことにはなってないと思うぜ」
「それじゃ、足りないの……!」
「え?」
朝倉が少し感情的な言動をみせた。普段、声を荒げることなど全くない彼女の姿に俺は一瞬言葉を失った。
「……ごめんなさい。つい声を大きくしちゃった……。……SOS団なる未公認の部活で楽しくやってそうなのは知ってるわ。でも、クラスでも仲良くしてもらわないとって思って……。クラス全員が1年間楽しかったって言えるクラスを作るのが私の役目だから」
なんと真面目な娘なんだろうな、この朝倉という女生徒は。この協調性、責任感の半分でいいからナツホも持ってほしいもんだぜ。
「……あなたは鈴宮さんと仲が良いみたいだから、あなたにも協力してほしいの。クラスメイトと仲良くするように」
「なんで俺が!? 大体俺がアイツに言っても聞くとは思えんぞ」
「お願い」
語尾にハートマークをつけるような物言いで、オレの意見を封殺すると朝倉は教室を出ていく。そして、入れ替わるようにナツホが帰ってきた。
「あの女と何話してたのよ?」
「別に何も話してねえよ」
「フーン」
ナツホはオレの言葉を疑うような視線を向けてきた。
「ホントに何も話してないっての。くだらない世間話の類さ。お前が思ってるような面白いことにはならねえよ」と俺が言うと、ナツホはフンと鼻息を鳴らして満面の笑みを作る。
「当たり前でしょ。あの子とアンタじゃ月と鼈だもんね。アンタにはSOS団の平団員がお似合いだわ。でも安心しなさい。アンタがどんなにモテなくても生涯独身にはならないようにSOS団で世話してあげるから!」
「そりゃありがた迷惑なこった」
「で、問題は解けたの?」
「あ……、忘れてた」
「はぁ!? ちょっとジョン、アンタやる気あるわけ!?」
ナツホの小言は教室を超え、夏の青空へと消えていくのだった。
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