第18話

 翌日放課後、俺はいつもどおり旧館2階のSOS団アジトへと足を運んでいた。例のごとく、ナツホのやつは「先に行ってて!」と言い残し、ホームルームが終わるや否や走って教室を出ていきやがった。今日は何をするつもりなんだろうな、あいつはよ。


 文芸部室の扉を開けると、そこにはいつものポジションで本を読む長門の姿があった。


「まだ朝比奈さんと古泉は来てないのか?」


 オレの問いかけに無言でミリ単位に頷く長門。相変わらず端的に俺の質問に答える対有機なんちゃらインターフェースに言ってやる。


「……とりあえず、本当にとりあえずだが、お前の言うことを信じてみることにした。荒唐無稽のお前が宇宙人だという発言をな」

「そう」と長門は短く言葉を紡ぐ。

「古泉のやつも世界が終わると言ってたが、それはいつ起こるんだ?」

「すでに始まっていると思われる」


 長門はいつもどおりの抑揚のない喋り方で俺に答えてくれた。おいおい、そんなに冷静な様子で人類滅亡のカウントダウンを宣言しないでくれ。すでに始まってるだって? 冗談もほどほどにしてくれ。俺には地球は平常運転で太陽系を公転しているように感じられるんだがな。いつ世界が終わるってんだ?


「近いうちに」


 だからいつだよ? 詳しく教えてくれるとありがたいんだがな。


「それはわからない」


 大事なところははっきりしないんだな。お前が本当に宇宙人なら未知の科学技術で分かりそうなもんだが。


「今の私に対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースとしての機能はなく、情報統合思念体も消滅している。私にできるのは5月下旬以前の知識を駆使した推測だけ」

「……古泉は5月下旬以前から過去は涼宮ハルヒなる女によって改変されたとか言ってたが……、お前もそう思っているのか?」

「……古泉一樹の世界改変の認識と私の認識はおそらく同一ではない。私は元の世界をコピーしたのがこの世界だと認識しているが、古泉一樹は違う認識だと思われる」

「そうかい」


 俺は嘆息しながら言葉を紡ぐ。世界は一つしかないのに、宇宙人、未来人、超能力者は各々この世界の成り立ちが違うと考えているらしい。朝比奈さんは世界が切り離されたと言っているし、長門はコピーされたと言っている。古泉は……ちゃんと聞いてないな。あとで話してみるか。


 部室の扉が柔らかに開く。扉にまで優しく接して登場するのはSOS団のエンジェル、朝比奈さんだ。


「こんにちはー」


 ミルクティーよりも甘い声で上級生とは思えないくらい幼い外見の少女は俺たちに挨拶をくれる。オレは挨拶を返し、部室の外に出た。女神朝比奈の華麗なメイド姿への変身をこの眼で捉えたいのはやまやまなのだが、紳士な俺はそんなことはしないのだ。


「おや? 朝比奈さんが着替えている最中というわけですか」


 廊下で朝比奈さん変身タイムを待っている俺に話しかけてきたのはいつものスマイルを浮かべた男だった。


「あまり大騒ぎしてないところを見るに鈴宮さんはまだ部室にきてらっしゃらないようですね」


 無駄にさらさらした髪をかき分けながら古泉は笑顔で話しかけてくる。ちょうどいい。お前に聞きたいことがあったんだ。


「お前はこの世界がどうやってできたと思う?」

「突然ですね。それは哲学的な話ですか、それとも物理的な話ですか?」


 俺はプラトンさんやアインシュタインさんの話なんざ聞きたくもないんだよ。小難しいことは偉い学者さんに任せることにしてるんでな。


「涼宮的な話だ」

「ああ、そっちですか……」


 残念そうに古泉は呟く。どうやら何か蘊蓄をのたまいたかったんだろうが、あいにく俺はそっち方面に興味はないんでな。お前の見解を聞きたいね。この世界は朝比奈さんが言うように切り離されたのか、それとも長門が言うようにコピーされたのか、どっちなんだ?


「僕の見解はどちらでもありませんね」


 予想通りの答えだな。


「僕はこの世界は一から作られたと考えています」

「……どういうことだ?」

「先日もお話したと思いますが、僕はこの世界が5月下旬に造られたと思っているんですよ。切り離されたわけでもコピーされたわけでもなく、ね。見た目はもう一つの世界と極めてよく似た『全く別の世界』が造られたんです」

「何を根拠にそう思うんだ?」

「そうですね。わかりやすいのでいうと、あなたのポケットに入っているそれなんかが良い例ですね」


 俺のポケットだと? 俺はズボンのポケットを弄る。当たり前だが、特異なものなんざ何も入っちゃいない。中学の頃から愛用しているスマートフォンが出てきただけだ。……まさか古泉、このスマホのことを言っているのか?


「ええ。その通りですよ。……実を言うと、僕の記憶ではスマートフォンなどという機械はSFの世界に登場するものなんです」


 ……何を言ってやがる。スマートフォンなんざ、もう普及して10年以上は経ってんだぞ。SFとはかけ離れた現実的なアイテムだろうが。


「それはこの世界では、です。僕の記憶では5月下旬、この世界が涼宮ハルヒの世界改変能力で造られる前、もう一つの世界ではこの世界でいう『ガラケー』がまだまだ主勢力だったんですよ。その世界から突然この世界に移り住んだ僕にとっては驚愕のアイテムだったんですよ、そのスマートフォンは。気分はまさに浦島太郎です」


 ……そいつはおおきな違いだな。確かに長門のコピー説や朝比奈さんの切り離された説が怪しくなってくる。もっとも、古泉が真実を話しているのなら、だけどな。


「……解せないな」

「なにがです?」

「その涼宮とやらがこの世界を造った理由が解らないってことさ。朝比奈さん曰く、涼宮ハルヒとやらはこの世界に来ようとして、やっぱりやめたと帰っていったらしいじゃねえか。ガラケーがスマホに変わったぐらいの世界を造り出して一体何をしたかったんだ?」

「なるほど。もっともな意見です。これは僕の私見ですが、彼女はもっと大きく違う世界を造ろうとしたのではないでしょうか」

「……大きく違う世界だと?」

「5月下旬のあの頃、涼宮ハルヒは世界に飽きてしまっていたようです」

「世界に飽きただって?」

「ええ。そして、新しい世界を造ろうと試みた。その時できたのが、今我々がいるこの世界なんですよ」


 飽きたから新しい世界を造っただと? どんな神話の神様ももう少し思慮深いと思うぜ? 一体何に飽きたってんだ。


「あなたと一緒ですよ」


 なんだと?


「彼女は世界がつまらないものであることに失望していました。宇宙人も未来人も超能力者もいないつまらない世界に」

「ちょっと待て。その世界でお前らは宇宙人であり、未来人であり、超能力者だったんだろ。なんでその涼宮とやらは失望してるんだ」

「ああ。先日の説明では不足でしたか。彼女が自分の能力を自覚していないというのはお伝えしましたね。同時に彼女は僕たち超常的な存在を認識していませんでした。もしかしたら認識しようとしていなかっただけなのかもしれませんが。今のナツホさんと同じ状況ですよ。宇宙人、未来人、超能力者がごく身近にいるのに気づいていない。涼宮ハルヒさんも同じ状況だったわけです」


 ……灯台下暗し、ここに極まれりという感じだったわけか。


「そういうわけで、彼女はつまららない世界から脱出し、面白い世界としてこの世界を造ろうとしたわけです。僕の予想ですが、もし彼女がこちらの世界に移住していたとしたら、この世界は宇宙人、未来人、超能力者で溢れた世界になっていたと思われます。……それが本当に彼女の望む面白い世界だったかはわかりませんがね」

「じゃあ、なんで元の世界に帰ったんだ?」

「さぁ、僕にもわかりません。ただひとつだけわかるのはあなたに似た人間、もうひとりのあなたと言っても差し支えないでしょう。『キョン』と呼ばれた少年が元の世界に戻させたようです。どうやったのかは知りませんがね」


 古泉はいつものごとく、肩をすくめる。


「そして、涼宮ハルヒはこの世界に自身の代わりとして鈴宮ナツホさんを生み出し、『キョン』なる男の代わりとしてあなたを生み出すと、この世界を去っていきました。めでたし、めでたし、ですね」


 何もめでたくねぇよ。


「ほんの冗談です。失礼しました」


 古泉の面白くない冗談を聞いていると、俺の背後から声がかかる。


「ちょっと、ジョン、古泉くん。なんでこんなところにいるわけ?」

「朝比奈さんが着替え中だから外で待ってたんだよ」


 俺はナツホの問いかけに部室の扉を指さす。


「ちょっと、みくるちゃんいつまで着替えてるの!? ちゃっちゃと着替えちゃいなさい! 人生は有限なんだから!」


 そう言いながら、ナツホはノックもなしに扉を開きやがった。


「ひぇええええええ!?」


 朝比奈さんのか細い悲鳴が聞こえてきた。俺はすぐに視線を外した。見てません。ええ、見てませんとも。ちょっと見えちゃっただけです。俺は目を手で覆いながら部室の扉を閉めたのだった。

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