第16話

「さて、どこで話しましょうか?」

「……そうだな」


 話す内容が話す内容だからな。やっぱり周りに人がいる場所は避けたい。こいつと二人で電波集団を形成していると思われたくないからな。


「なるほど。それなら良いとこを知っていましてね。少し遠出になりますが」


 校門に出るとそこには一台のタクシーが止まっていた。古泉は運転手に手を上げて合図を送る。開かれた自動扉の近くに立った古泉は俺に乗るように促す。えらく用意周到だな。まるでいつ俺がサシで話そうと言い出しても良いように待ち構えていたみたいだぜ。


「大丈夫ですよ。我々はあなたに危害を加えるつもりはありません」


 俺がタクシーに乗ることを躊躇していると感じ取ったのか、古泉が声をかける。俺はふぅと肩で息をしてから乗り込む。続いて古泉が乗り込むとタクシーは行き先も聞かずに動き出した。予め古泉が場所指定を済ませているんだろう。車中にて古泉が会話を切り出した。


「さて、どこまでご存じなんです? 僕から話を聞きたいということはある程度朝比奈さんか長門さんから事情を聴いているんでしょう? ご心配なく。このタクシーの運転手さんも我々の組織の者ですから。隠し事をする必要はありません。我々の組織のメンバーは口が堅いですからね」


 お見通しってか? なら話が早いさ。


「涼宮ハルヒなる化物がいるってことくらいか」

「化物とはひどいな。ですが、超常的な力を有しているという意味では確かに化物という表現も間違いではないかもしれません」

「……『我々』といったな。お前にはお仲間がいるのか」

「ええ。我々は我々の所属する組織のことを便宜上『機関』と呼んでいます」


 ……機関ときたか。


「我々は共通の目的を持って集まった同志だったんですがね。残念なことに一部のメンバーは5月下旬に涼宮ハルヒを消失して以降、記憶を失ったようです。彼女のことを覚えているのは僕も含めて機関にいた人間の一割程度になってしまいました。寂しいものです」

「……ところでこのタクシーはどこに向かっている?」


 俺たちの乗ったタクシーは市内の大きな国道から繋がる高速道路に乗り、すぐ東にある政令市方面へと向かっていた。


「僕にもわかりません。僕のお願いした場所と違う方面に向かっているようですね。運転手さん、一体どこに向かっているんです?」

「申し訳ありません。道を間違えてしまいまして……」

「……なるほど。それは仕方ありませんね」


 仕方ないことはないだろうよ。その後、タクシーは東にある政令市でUターンし、俺たちの住む街方面に戻ろうとする。しかし、俺たちの市がある高速の出口をスルーし、今度はすぐ西にある政令市方面へ向かいやがった。おい、ほんとにどこに連れていくつもりだ。


「申し訳ありません。道を間違えてしまいまして……」と運転手が同じミスを繰り返しやがった。古泉、お前のとこの組織のメンバーはこんなポンコツばっかりいやがるのか?

「まあそう、お怒りにならないでください。あなたのモデルになった向こうの世界の方はもう少し冷静でしたよ」


 怒ってなんかいねーさ。ただ、不審な組織の不審なタクシーに乗せられてあちこち連れまわされるなんざ気分の良いことじゃねえからな。結局、タクシーは再びUターンして俺たちの住む街に戻ると海沿いで古泉と俺を下ろした。ここは……埋立地と本土を繋ぐ大橋のふもとだな。

 

 既に日は西に傾きかけていた。


「これでやっと落ち着いてお話ができますね」


 ああ本当にな。挙動不審なタクシーの車内じゃ大した話はできなかったぜ。


「許してあげてください。彼はわざと道を間違えていたんですよ」

「なぜそんなことをする必要がある?」

「どうやら我々は尾行されていたようです。それを巻くために動き回ってくれたんですよ」


 尾行? 誰がなんのために?


「我々と敵対する勢力です。我々があなたに妙な真似をしないか監視していたのでしょう」

「なぜ俺に尾行されていることを言わなかった?」

「余計な心配をかけさせまいとしてくれたんですよ。運転手さんなりの気遣いです」


 俺と古泉は夕焼けの良く見える高さまで大橋を上り、夕日を眺める。欄干に体を寄せながら古泉に問いかけた。


「まずお前の正体を教えろ」


 朝比奈さんが未来人で、長門が宇宙人。それに涼宮ハルヒなる異世界人も登場していたな。となると……。


「よもや超能力者ですというつもりじゃなかろうな」

「先に言わないで欲しいな」


 古泉は無駄にさらさらした髪をかき上げると、


「そうですね。超能力者と呼ぶのが近いかな。そうです、僕は超能力者だったんですよ」


 ……夕凪を切り裂いて海風が吹く。古泉のかき上げた髪が暴れていた。

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