第13話
5月下旬……。それは朝比奈さんが未来人宣言をしたときもキーワードに出ていた。そうか。さてはみんなしてオレにいたずらをかけようとしているな。首謀者はナツホだろ?
「ちがう。これは鈴宮ナツホによる虚言などではない。私はあなたに事実を伝えている」
「そうかい。じゃあ本音を言おう。お前の言うことはさっぱりわからん。5月下旬ってのはいつの5月だ」
「今年」
「それまた最近だな。あいにくだが、オレはこの人生を十数年生きているんだ。オレのおやじは四〇を超えてるし、もちろんじいさんばあさんはもっと長い年月を生きてんだよ。世界が今年始まっただって? 冗談も休み休み言ってほしいもんだ」
「冗談じゃない」
長門は短い言葉で否定する。
「この世界は一か月半前に生み出された。あなたも私も」
「じゃあ、オレの記憶をどう説明するんだ。オレには幼いころの記憶だってあるんだぜ?」
そうさ。オレもいろいろ経験を積んでいるんだ。中学校時代に親友とあれこれ語り合ったことなんざ、まだ記憶に新しい。
「それも一か月半前にその記憶を持ったあなたが作られた。ただそれだけ」
「まじに言ってるのか?」
長門は無言でうなずく。
「お前の言うことが本当なら、一か月前に作られたこの世界のすべての人間の記憶は何の矛盾も発生させていないことになる。そんなことが涼宮ハルヒなる人間にはできるってのか?」
「そう。涼宮ハルヒは人間でありながら人間を大きく超える力を有していた。彼女には自律進化を成し遂げる力があったはず」
とんでもないな。その涼宮ハルヒってのは。朝比奈さんの言葉を信じるなら世界を分裂させ、長門の言葉を信じるなら世界を造ったってか。だがわからんな。
「で、仮にお前の話を信じるとしてなぜオレにそれを明かしたんだ。今地球は平和に自転やら公転やらしているわけだろ? なんの問題もないじゃないか」
この世界がだれに造られたかなんてどうでもいいじゃないか。神様が造ってようが、人間の知らない未知の知的生命体が造ってようが、涼宮ハルヒなる人間が造ってようが。結局オレ達が生きていかなければならないことに変わりはないんだからな。
「問題はある。この世界は終焉に向かっているから」
「はぁ?」
電波な世界創生論のお次は世界終末論か? ネタの尽きないことだ。そりゃな。世界のどっかで戦争も起こっているし、大量殺戮兵器も現存している世の中だが、少なくとも世界が滅びるようなことは起こってないし、世界を壊してしまうなんて自殺行為をするほど人類も愚かじゃあないと思うぜ? まさか隕石が落ちてくるだの未知のウイルスによるパンデミックが起こるだの言うんじゃないだろうな?
「それは地球規模の見解でしかない。私が危惧しているのは宇宙消滅の可能性」
「宇宙消滅? そりゃまたスケールの大きいことを言い出しやがったな」
小説を読むのは結構だがな。長門、さすがに電波が過ぎると思うぜ。創作と現実がごっちゃになってしまっているんじゃないか。朝比奈さんにも言えるが、お前が情報なんちゃらの対有機……なんだっけ?
「情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース」
「長いな。もっと簡潔な呼び方はないのかよ」
「平たく言えば宇宙人」
「そいつは平たくし過ぎじゃないか? ま、わかりやすいからいいけどさ。で、宇宙人だかなんだか知らないが何か特別な存在だというならその証拠を見せてくれ」
「……できない」
「なんだって?」
「私が対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースだったということを私は証明できない。それはおそらく朝比奈みくるも同様。我々は5月下旬に力を失い、ただの人間に変化してしまっている」
おいおい。証拠もないのに信じろってか? しかも5月下旬に力を失っただって? えらく都合の良いタイミングだな。そんな中でこんな荒唐無稽の胡散臭い話を信じろと言っても無茶ってもんだぜ。
「信じて」
長門が短く言葉を紡いだ。見たこともない表情だった。こいつがここまで感情的な顔を見せるのは初めてだった。怒っているような悲しんでいるようなそんな顔だ。もっとも、それに気づけるのはSOS団結成から3か月こいつと共にいるオレだからこそだろう。こいつと付き合いの短いやつじゃ気づけないくらいの表情の変化だった。オレは感情的な長門に虚を突かれ一瞬言葉が詰まったが、なんとか口を動かす。
「……5月下旬にこの世界ができたってんなら、お前や朝比奈さんも5月下旬に造られたんだろう? なんで自分が宇宙人や未来人だったと確信できるんだ? オレにはただの妄想だとしか思えんぞ」
「……この世界は複製物だから」
「複製物?」
「そう。この世界には元となる世界が存在する。元の世界のコピーがこの世界。私や朝比奈みくるには元の世界の記憶がまだわずかに残っている」
朝比奈さんも涼宮ハルヒとやらが元の世界に戻っていったと言っていたっけ。
「悪いがオレにはよくできた作り話にしか聞こえん。お前のいうことが真実としてなぜオレが特殊な人間だと言えるんだ?」
朝比奈さんもオレに世界を救える可能性があるなどと言っていた。だが、正直言ってオレがそんな特殊な能力を持っているとは思えん。至極平凡な普遍的高校生なんだぞ。
長門はまっすぐにオレの瞳を見つめてきた。
「あなたと鈴宮ナツホは私や朝比奈、古泉といった大多数の人間と違うから」
「どう違うってんだ?」
「……私たちは元の世界にも……コピー元の世界にも存在していた。朝比奈みくるは朝比奈みくるとして、古泉一樹は古泉一樹として、私は私として」
そりゃ理解できるさ。この世界がコピーだってんなら、原本があるのは当たり前だろうよ。……おいおい、まさかな。
「……オレとナツホにはコピー元がないってわけか?」
長門は常人にはわからないぐらいのミリ単位の首の動きでうなずいた。
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