第12話

「オレのことだと?」

「そう」


 長門はいつものように短い言葉で肯定する。こいつはオレのことを『教えておく』と言いやがった。オレのことはオレ自身がよく知っている。そりゃオレも健全な男子高校生だ。自分の部屋に両親や妹に見られてはいけない雑誌のひとつやふたつ持っちゃいるさ。そいういう意味ではオレだって秘密を持っている。でも、こいつの言っている秘密ってのはそういうことじゃなさそうだ。オレ自身も知らない秘密がオレにあるっていうのか? ばかばかしい。


「とりあえずオレのことは後回しでいいさ」

「そう」


 長門はお茶をすすって間を取ってから喋り始める。


「うまく言語化できない。情報伝達に齟齬が発声するかもしれない。でも聞いて」


 そして長門は話し出した。


「わたしは普通の人間じゃなかった」


 いきなり妙なことを言い出した。


「なんとなく普通じゃないのは解るけどさ」

「そうじゃない」


 膝の上で揃えた指先を見ながら長門。


「性格に普遍的な性質を持っていないという意味ではなく、文字通り純粋な意味で、わたしはあなたのような大多数の人間と同じとは言えなかった」


意味がわからん。そして何故に過去形なんだ。


「この銀河を統括する情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。それがわたしだった」

「……」

「わたしの仕事は涼宮ハルヒを観察して、入手した情報を統合思念体に報告すること」

「……」

「生み出されてから三年間、わたしはずっとそうやって過ごしてきた。この三年間は特別な不確定要素がなく、いたって平穏。でも、最近になって無視できないイレギュラー因子が涼宮ハルヒの周囲に現れた」

「……おい、ちょっと待て」とオレは長門を制止した。何を言っているか本当に分からん。

「最後まで聞いて」と長門が押し切る。その眼が少し感情的に見えたのはオレの気のせいだろう。

 

 情報統合思念体。


 銀河系、それどころか全宇宙にまで広がる情報系の海から発生した肉体を持たない超高度な知性を持つ情報生命体。


 それは最初から情報として生まれ、情報をより合わせて意識を生み出し、情報を取りこむことによって進化してきた。


 実体を持たず、ただ情報としてだけ存在するそれは、いかなる光学的手段でも観測することは不可能である。


 宇宙開闢とほぼ同時に存在したそれは、宇宙の膨張とともに拡大し、情報系を広げ、巨大化しつつ発展してきた。


 地球、いや太陽系が形成される遥か前から全宇宙を知覚していたそれにとって、銀河の辺境に位置する大して珍しくもないこの星系に特別な価値などなかった。有機生命体が発生する惑星はその他にも数限りなくあったからだ。


 しかしその第三惑星で進化した二足歩行動物に知性と呼ぶべき思索能力が芽生えたことにより、現住生命体が地球と呼称するその酸化型惑星の重要度はランクアップを果たした。


「情報の集積と伝達速度に絶対的な限界のある有機生命体に知性が発現するなんてありえないと思われていたから」


 長門有希は真面目な顔で言った。


「統合思念体は地球に発生した人類にカテゴライズされる生命体に興味を持った。もしかしたら自分たちが陥っている自律進化の閉塞状態を打開する可能性があるかもしれなかったから」


 発生段階から完全な形で存在していた情報生命体と違い、人類は不完全な有機生命体として、出発しながら急速な自律進化を遂げていった。保有する情報量を増大させ、また新たな情報を創造し、加工し、蓄積する。


 宇宙に偏在する有機生命体に意識が生ずるのはありふれた現象だったが、高次の知性を持つまでに進化した例は地球人類が唯一であった。情報統合思念体は注意深く、かつ綿密に観測を続けた。


「そして三年前。惑星表面に他では類を見ない異常な情報フレアを観測した。弓状列島の一地域から噴出した情報爆発は瞬く間に惑星全土を覆い、惑星外空間に拡散した。その中心にいたのが涼宮ハルヒ」


 原因も効果も何一つ解らない。情報生命体である彼らにもその情報を分析することは不可能だった。それは意味をなさない単なるジャンク情報にしか見えなかった。


 重要なのは、有機生命体としての制約上、限定された情報しか扱えないはずの地球人類の、そのうちのたった一人の人間でしかない涼宮ハルヒから情報の奔流が発生したことだ。


 涼宮ハルヒから発せられる情報の奔流はそれからも間歇的に継続し、またまったくのランダムにそれはおこなわれる。そして涼宮ハルヒ本人はそのことを意識していない。


 この三年間、あらゆる角度から涼宮ハルヒという個体に対し調査がなされたが、今もってその正体は不明である。しかし情報統合思念体の一部は、彼女こそ人類の、ひいては情報生命体である自分たちに自律進化のきっかけを与える存在として涼宮ハルヒの解析をおこなっている……。


「情報生命体である彼らは有機生命体と直接的にコミュニケート出来ない。言語を持たなったから。人間は言語を抜きにして概念を伝達する術を持たない。だから情報統合思念体はわたしのような人間用のインターフェースを作った。統合思念体はわたしを通して人間とコンタクトしていた」

「……」


 オレは二の句がつげない。


「涼宮ハルヒは自律進化の可能性を秘めている。おそらく彼女には自分の都合の良いように周囲の環境情報を操作する力がある。それが、わたしがここにいる理由。あなたがここにいる理由」

「もう一度言う。待ってくれ」


 混乱したままオレは言う。


「お前が何を言ってるのか、さっぱり解らない」

「信じて」


 長門は見たこともない真摯な顔で、

「言語で伝えられる情報には限りがある。わたしは単なる端末、対有機インターフェースに過ぎなかった。統合思念体の思考を完全に把握することはできなかったから……。理解してほしい」


 んなこと言われても。


「何でオレなんだ。お前がそのなんとか体のインターフェースだってのを信用したとして、それで何故オレに正体を明かすんだ?」

「あなたはこの世界において特殊な人間だから」


 特殊な人間だと? オレに特撮的、アニメ的パワーなどないぞ。


「そう。あなたは能力的には普通の人間。なんら特筆すべき力などない。だけど、特別な人間であることは間違いない」

「なぜ言い切れるんだ」

「……」


 長門は無言で茶をすする。度を超えた無口なヤツがやっと喋るようになったかと思ったら、延々と電波なことを言いやがった。変なやつとは思っていたが、ここまで変だとは想像外だった。


「これからわたしが言うことはあなたの存在を否定することになりかねない。精神に重大な疾患を与えてしまうかもしれない。でも聞いてほしい」


 今までの話も十分オレの頭がおかしくなるくらいには電波だったさ。これ以上オレの頭をどうにかさせる話があるのかよ?


「この世界は5月下旬に造られた。鈴宮ナツホもあなたも……すべての存在があの時に」


 やはり、長門の言葉はオレにはさっぱりわからなかった。

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