第11話

 三日後、オレは自宅の自室でうんうん唸りながら分厚いSF小説を読んでいた。他でもない。放課後、いつものようにSOS団の基地と化した文芸部室で何をするでもなくボーっとしていると、普段はSOS団のオブジェと化している長門が珍しく声をかけてきたのだ。その時のやり取りは以下のとおりである。


「読んで」

 何を?

「私が渡した本」


 オレはその言葉でハッと気づく。三日前に長門から預けられた本のことだ。受け取ったのは良いものの、全く読む気が起きなかったオレは学習机の引き出しの奥にしまったのである。すっかり忘れていたぜ。オレが『まだ読んでいない』と答えると、長門はいつも通りの平坦な口調で「読んで、今日」と返してきた。普段と変わらないしぐさ喋り方の長門だからな。眼が少し怒っていたのはオレの気のせいだろう。


 ということで家に帰り着いたオレは慣れない読書を始めたと言うわけなのだが……。


「いたた……。目が痛くなってきたぞ」


 普段活字など見ることもなく、本アレルギーになっているオレは十分も我慢できず、読書にギブアップさ。一体あと何ページあるんだと戯れに本のページを高速で捲っていると、何かが地面に落ちた。


「しおりか……」


 何の変哲もない無地のしおりが本の中から現れる。長門が挟んでいたものだろう。あいつが好んで使いそうなしおりだなと思いながらつまみあげるとしおりの裏に文字が書かれていることにオレは気付いた。


『午後7時。光陽園駅前の公園にて待つ』


 ワープロで印字したんじゃないのかと見紛うような綺麗な手書きの文章がそこにはあった。明らかにオレに宛てたメッセージだろう。はて、ここで疑問が募る。午後7時ってのはいつのことだ? オレがこの本を預かったのは三日前の月曜日だが、その日のことか? だが、長門のやつは今日『読んで』と言ってきた。てことはまだこのしおりに書かれているメッセージは有効なんだろう。まさか、俺がいつ気付いても大丈夫なように毎日待っているんじゃなかろうな。


 考えていても仕方ない。とりあえず行くか。時計の針を見るともう午後6時45分を指している。ここから駅前までは自転車をすっ飛ばしても10分はかかる。急がなきゃあな。


 オレは足早に階段を駆け下り、玄関に向かう。


「ジョンくんどこ行くの?」


 玄関で靴を履いていると小学5年生になる妹がオレに尋ねてきた。まったく、数年前まではオレのことをお兄ちゃんと呼んでくれていたってのに。おばさんの家に行って以来、妹にまでジョンと呼ばれることになるとはな。


「駅前だ。母さんにもそう言っといてくれ」


 オレは妹に言伝ると家を出た。午後7時をちょいと回っちまったが、公園に辿り着くと、そこにはベンチで無表情で綺麗に背筋を伸ばして座る長門の姿があった。


「すまん。ちょっと遅れちまったな」


 長門はオレの声に反応し視線をこちらに向ける。


「あの集合時間は今日で合ってるのか?」


 うなずく長門。


「もしかしてあれから三日、毎日待っていたのか?」


 再びうなずく長門。


「なんであんなまわりくどいやり方をして呼び出したんだ? 学校でできない話なのか?」


 長門は三度頷くと立ち上がり、一言だけ発した。


「付いてきて」


 長門はオレの返答を待たずに歩き始める。後を付いて歩いて5分程しただろうか。一棟のマンションにオレ達は到着する。どうやら長門の自宅らしいな。エントランスで暗証番号を入力した長門とともにオレはマンションに入り込む。案内されたのは708号室。


「ここ、お前の家か?」

「そう」

「オレなんか入れて大丈夫なのか?」

「両親はいないから大丈夫」


 おいそれはどういう意味だ、とオレが問いかける間もなく、長門は玄関扉を開ける。


「入って」


 マジかよ。

 オレはリビングに導かれる。結構広い部屋だな。3LDKくらいか? 住みたい街ランキング1位に輝いたこともあるこの街の駅前でこの間取りなら大層な値段がするだろう。


 それにしても生活臭のない部屋である。リビングの中央に敷かれた2畳程度のカーペットの上に小さなテーブルこたつが置かれている以外、リビングに家具は見当たらない。なんとカーテンも付けられていない。モデルルームの方がまだ生活感があるんじゃないか?


「座って」


 長門はオレにテーブルに腰を付けるように促すとキッチンに入って行った。どうにも落ち着かない。生活感のない部屋もそうだが、何か異常な雰囲気を放つこの部屋がオレの心をざわつかせていた。


「どうぞ」


 長門は湯のみに入れたお茶をオレに差し出すとオレの対面にちょこんと座る。せっかく出してもらったお茶だ。変な緊張感が走り、喉が渇いていたオレはズズズと音を立ててすすった。


「おいしい?」


 ……初めてこいつに質問された気がする。


「ああ」


 仮にまずいとしてもそうは言えないだろ。実際、うまいしな。朝比奈さんの入れたお茶に勝るとも劣らないと思うぜ? オレが茶を飲み干すとおかわりを用意しようとしたのか長門が立ち上がろうとする。


「おかわりはいらないぞ? そろそろ本題に入ってくれていいんだぜ。学校で出来ない話ってのは何だ?」


 オレの問いかけに反応した長門は立ち上がりかけた腰を再び落とし、背筋を伸ばして正座する。何か考えているのか、しばしの沈黙が流れてから口を開いた。


「教えておく」

「何をだよ」

「わたしと涼宮ハルヒとその代替人物のこと」


 涼宮ハルヒなる名前はこの前、朝比奈さんからも聞いたぞ。同じ人間のことか?


「そう」と短く、長門は質問に答える。となると、この長門は朝比奈さんが自称未来人であることも知っているってことか。

 ……にしてもダイタイジンブツってのは何だ? オレが無言で思考していると、一拍置いて長門が喋る。


「そして、教えておく。あなたのことも」

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