第8話
「スズミヤハルヒ? それは鈴宮ナツホの親戚か何かですか? オレは全く知りませんが……」
「……やっぱり、知らないんですね」と朝比奈さんは少し悲しそうにオレの顔を見る。やめてくださいよそんな表情。こっちまで哀しくなってしまいます。
「鈴宮さんとは『すず』の字が違います。ナツホさんの鈴は金辺に命令の令でしょ? 涼宮ハルヒさんの『すず』は風が涼しいとかの涼なの」
なんともややこしい。おなじ「すずみや」と呼ぶのに全く関係ないとは……。
「それがそうでもないの」
「え?」
「鈴宮さんと涼宮さんはすごく関係があるの。切っても切り離せないくらいに……」
朝比奈さんは神妙な面持ちで視線を下に落とす。
「それで朝比奈さんはなんでオレにそんなことを話したんですか。何か目的があるんでしょう?」
「……私も、腐っても未来から派遣されたエージェントなの。私の仕事は次元断層の調査と修復だった。だから、役目を果たしたい。消滅してしまった未来の皆のためにも」
「消滅してしまったって……。未来はどうなったんです?」
「……未来は消えてしまったの。5月下旬のある日を境に……。ジョンくん、あなたにお願いがあります。この世界を守ってください。……もし、この閉鎖された世界を救うことができる人がいるとするなら、それはジョンくんと鈴宮さんだと思うから」
朝比奈さん、オレにはアニメ的特撮的ヒーローのような力はないんですよ? いきなり世界を守れと言われてもまったくわけがわからないのですが。
「5月下旬に一体なにがあったんです?」
「……この世界が元の世界から切り離された、と私は推測しています」
この世界が切り離された? だれに?
「そんなことができる人間がいるんですか? あまりにSF過ぎますよ」
「涼宮ハルヒさんです。彼女が元の世界とこの世界を切り離したんです」
「その涼宮ハルヒってのは何者なんです!?」
「この北高の生徒でした」
「だったら、その涼宮とかいうやつに世界を元に戻すように言ったら良いんじゃないですか? オレに頼むよりそっちの方が良さそうですが」
「それはできません」
「なぜ?」
「彼女はもうこの世界にはいませんから」
「え?」
「涼宮さんは切り離したこの世界ではなく、元の世界に戻って行ったんです」
つまり、そのナツホと同じ名字の涼宮ハルヒとやらは世界を無茶苦茶にした挙句、ほっぽり出しやがったということか。なんて勝手なやつだ。ナツホがかわいく見えるぜ。
「いきなりこんな話をしてしまってごめんなさい。でも信じて欲しいんです。きっとこの世界に残された時間は少ない。救える可能性があるのは鈴宮さんとジョンくんだけだから……」
「このことをナツホのやつには話したんですか?」
「……話していません。どんな結果が起こるか分からないから。私から真実を告げても鈴宮さんは信じないだろうし」
「なんで、朝比奈さんはオレとナツホが世界を救えると思っているんですか。オレもナツホもただの人間なんですよ?」
「ええ。ジョンくんとナツホさんには、何の力もありません。あなたたちはただの人間なんです。だからこそ、私も長門さんも古泉くんも絶望しているんです。でも、それでも、私はあなた達二人にすがりたい。最後の希望だから。…………」
朝比奈さんは黙り込む。朝比奈さんの台詞に長門と古泉の名前が出てきやがった。あいつらも何か知っているのか?
まだ、俺達二人が世界を救える理由を朝比奈さんは言ってくれていない。口にすることが憚れるようなことなのだろうか。
「……朝比奈さん、喋りにくいなら喋らなくても結構ですよ。……保留ってことでいいですか。信じる信じないは全部脇に置いて保留ってことで」
「ごめんなさい。口にするのが怖いの。デリケートな問題だから……」
「構いませんよ」
オレのズボンに入れたスマートフォンがバイブレーションを起こす。
「ちょっと、ジョン! どこほっつき歩いてんのよ? もう集合時間過ぎてるわよ!? ちゃんと探しているんでしょうね? デートじゃないのよ!?」
ナツホからの業務連絡である。短い会話に何個クエスチョンマークを付けるつもりだ。質問は一つにしてくれ。
「やかましい! さっさと戻ってきなさい!」
ふう。全くもって騒がしいやつである。ま、良いタイミングだったさ。突然の朝比奈さんのカミングアウトにオレの頭はパンク寸前だったからな。初めてナツホの業務連絡が役に立ったぜ。オレは朝比奈さんとともに一旦北口駅に戻ることにした。
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