第5話

 7月に入り、俺はさらに蒸し暑くなったSOS団部室内で朝比奈さんの淹れる麦茶を味わっていた。市販のペットボトル麦茶だが朝比奈さんの手を介して注がれれば、どんな高級茶も敵わないのさ。


 この一カ月、俺たちはナツホの気の向くままの行動に振り回されていた。突然『野球大会に出場するわよ!』と言い出した時はどうしようかと思ったぜ。SOS団員だけでは足りないからな。暇そうな腐れ縁的友人である国木田、谷口などなどを呼び、人員をどうにか集めて試合に出たのは良いものの、お相手は一回戦からいきなり地元の大学の正統派野球サークルであった。SOS団プラス愉快な仲間たち(俺の妹を含む)では当然勝てるはずもなく、3回コールドさ。ワンサイドゲームだったが、一矢報おうと我が軍唯一のヒットを打っていたのはナツホだったな。よくもまあ、野球サークルの快速球に女子高生が対応できたもんだ。


 その後はまあ打たれる打たれる。ピッチャーマウンドに立ったナツホはこれでもかと打ち込まれていた。明日世界をぶっ壊してやるとでも言い出しそうなくらい不機嫌な表情をしていたナツホの顔が忘れられん。


 おかげでその後リベンジマッチと言わんばかりに、草サッカー大会と草ラグビー大会に続けざまに参加させられることになった。うちはいつから体育会系同好会になったんだろうね?


 当然どの大会でもボコボコに負け、ナツホもスポーツ大会で勝つことはあきらめたのか、この頃は大人しくしていた。




「ここ最近は鈴宮さんも常識的だと思いませんか?」


 古泉が俺に王手をかけながら話しかけてくる。俺たちはいつも通り、部室で団長様のご到着をお待ちしているというわけだ。今日のボードゲームは定番の将棋である。


「古泉、お前も鈴宮病にだいぶ侵されているな。経験したこともないスポーツの大会に殴りこんでいく奴が常識的だと思うのか?」

「かなり常識的だと思いますよ? 思い出して下さい。このSOS団を創設したとき鈴宮さんが言っていたことを。彼女は宇宙人、未来人、超能力者を探し出して遊ぶことがこの団の目的だと言っていました。現に設立当初は市内を探索し、宇宙人、未来人etc.を本気で見つけようとしていたじゃありませんか。それに比べれば、温泉に行くのも、草野球などをするのも常識的でしょう?」


 温泉か。そんなところにも行ったっけな。たしか一ヶ月くらい前に。あまりのイベントの多さにすっかり記憶から飛んで行ってしまっていたぜ。


「僕としては彼女にはもっと突拍子もないことをやって欲しいのですよ。その方が彼女らしい」


 鈴宮らしさとはなんだと問いかけたいね。それにしてもこいつも変わりもんだぜ。たしかに、宇宙人や未来人、超能力者を探していた時に比べれば鈴宮も常識的になったさ。チョイスは別としてスポーツで体を動かすのは健康にいいしな。無意味な探索をするよりよっぽど建設的だ。ならそれでいいじゃないか。なぜ、もっと突拍子もないことをナツホにしてもらいたいと願うんだ。現状既に俺たちはナツホの言動に振り回されているんだぜ。これ以上、振り回されたいと思うのはマゾってもんだと俺は思うがね。


「そうでしょうか。彼女にもっと非現実的なことを起こしてもらいたいと考えているのは僕だけではないと思っていたんですがね」


 古泉は長門や朝比奈さんの方を見回した後、俺に視線を向けた。何が言いたい?


「あなたはもっと非常識的、非日常的な出来事が起きて欲しいと思っていたのではないですか? 失礼ながらあなたは根っこの部分ではナツホさんと同類だと僕は認識していましたから」


 突然何を言い出すんだ、こいつは。俺とナツホが同類? バカも休み休み言え。たしかに俺もかつては妖怪や超能力や悪の組織やそれらと闘うアニメ的特撮的マンガ的ヒーローたちがふらりと目の前に現れないかと望んでいたのは事実である。だが、そんなガキの夢みたいな妄想からは卒業したのさ。


「そうですか。それは残念です」


 いつものにやけスマイルではなかった。困ったように眉間にしわを寄せ、眉尻を下げる古泉の表情がそこにはあった。どうやら俺の回答に不満らしい。


「どうやらチェックメイトは近いようです」


 今やっているのは将棋だろうが。俺が古泉の放った王手をかわそうと王将を動かそうとした時、ドアが開かれ、そいつはやって来た。いつもどおり、遅いご到着である。今日は何を企んでいるんだと思いながら俺は団長様の方に視線を向ける。

 どこで手に入れてきたのか、ナツホの手には竹一本がまるごと握りしめられていた。なんだそれは。


「なんだって決まってるじゃない。明日が何の日かアンタでもわかってるでしょ」

「まさか、ここで七夕をやろうなんていうんじゃないだろうな」

「あたりよ。年に一回、織姫だか彦星だかが願いを叶えてくれるのよ。このチャンスを逃すわけにはいかないわ」


 俺も学校行事で小学校の間ずーっと短冊に願いを乗せて掲げていたが、願いが叶った試しはない。そんなことよりも俺はナツホがどこからこんな竹を調達したのか詳しく聞きたいね。こいつのことだ。その辺りの山から勝手に切ってきたのかもしれない。指導教室行きだけはごめんだぞ。


「大丈夫よ。ちゃんと正規のルートで手に入れてるんだから」


 正規でないルートもあるのかと俺は問い詰めたい。


「なるほど、良い提案だと思いますよ。飾りつけはどうしますか?」と古泉が営業スマイルでハルヒに問うている。余計なことをするんじゃない。

「そうねぇ。何にもないのは流石に味気ないわね。折り紙を輪っかにしてチェーンみたいにして繋げる飾りを付けることにするわ。ジョン、明日までに準備しておいて!」


 なぜ、俺に振る。提案したのは古泉だろうが。古泉にやらせろ。なぜ、俺が造らなければならんのだ。


「アンタの家、妹がいるから折り紙くらいあるでしょ?」


 ああ、あるさ。昨日も一生懸命なにか飾りを造っていたからな。


「じゃあ、アンタが適任じゃない。明日飾りを作ってもってくること! これは団長命令よ!」


 やれやれ。


「もちろん、団員全員参加だからね。明日までに皆、願い事を考えておくのよ!」

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