第3話

 やはりというか当然というべきか、有山温泉までの道のりは険しかった。電動自転車で移動しているというのに、脚の筋肉が悲鳴を上げている。団長様はというと、俺の後ろで「もっとスピード上げなさい! こんな速度じゃいつまで経っても到着しないじゃない!」などと無茶なオーダーをしてくれていた。そんなことをいうなら俺と代わってお前が漕いでくれ。お前の身体能力なら俺より早く漕げるだろうよ。


 道中、北高よりもさらに山の上にある県立高校の校門を通り過ぎる。一体だれがこんな場所に高校を作ろうと言い出したのか。甚だ疑問である。北高も大概山の上だが、こんなところに3年間通うであろう奴らのことを思うと同情するぜ。


「でも、兜高校はほとんどがバス通学らしいから歩いて通学してるやつは少ないんじゃないかしら?」


 そりゃそうだろうよ。北高でさえ、光陽園駅から歩きで通学するのはハイキングだからな。さらに山上のこの高校まで歩く奴がいたらお目にかかりたいもんだ。


「そんなことよりジョン。スピード落ちてるわよ」


 うるさい。これが精一杯だ。



「こっちよこっち。この道の方が近道なの!」


 ナツホは自動車専用道路の方を指さす。こいつには自転車と歩行者は引き返して下さいという立て看板の字が目に入らないのかね。一度眼科に行くべきだ。


 モラルなどその辺の溝に流し捨てているであろう団長様が俺の指摘に耳を貸すはずもなく、俺たちは街の北部と南部をつなぐ直線トンネルを自転車で駆け抜ける。以前なら有料だったこのトンネルだが、少し前に無料となり、料金所も撤廃されてしまった。なんとも間が悪いことをしてくれたもんだぜ。料金所があればさすがの鈴宮も自動車道路を自転車で走行するなどという愚行はしなかったに違いない。しかし、そんなことを考えても仕方がないな。現に料金所は撤廃されているし、俺たちは走り始めてしまったのだ。後方から走ってくる車両にクラクションと罵声を浴びせられながら俺たちはトンネルを走りきったのである。



「ちょっと休憩にしましょ!」


 俺達はトンネルを抜けた後、一本道を延々と走り続け県道同士がぶつかる交差点に辿り着いた。そこにコンビニがあったため、小休憩を取ることにしたのである。ちなみにここでの飲み物代は俺と古泉がおごらされることとなった。計画より到着時間が遅くなったことに対する罰金だそうである。訴えたら勝てるよな、これ。


 さすがの古泉もこの距離を自転車で走ったのは堪えたのか、いつものさわやかヘアースタイルが汗で少し崩れていた。俺をさし置き、女神朝比奈と二人乗りをしているのだから労いの言葉はかけん。精々苦しむがいい。


 ナツホは俺のおごったジュースを一息で飲むとゴミ箱に放り捨てる。


「ほら、皆もちゃっちゃと飲んじゃいなさい。出発するわよ!」


 まだ、十分も休んじゃいないのだが、もうちょっと俺たち男子勢の体を労わってほしいところだぞ。


「なに、ジジクサイこと言ってんのよ。若き男子高校生らしくもっと溌剌としなさいな」


 親戚のおばさんみたいなことを言うな。そうだ、古泉とメンバーチェンジをしてくれ。朝比奈さんと二人乗りなら、温泉までの道のりどころか世界一周だって溌剌としてやるさ。


「だめよ」


 即答かよ。結局、その後も俺は鈴宮と長門を乗せ温泉に向かうのだった。相も変わらずくねくねと蛇のように曲がった山道を三十分ほどかけて自転車でえっちらおっちら行くと目的の温泉に辿り着く。


「ここが『関白の湯』ですか。話では聞いたことがありましたが、中々に素敵なところじゃないですか。あなたもそうお思いでしょう?」


 古泉がいつもより疲労感のあるスマイルで俺に問いかける。まあ、たしかに小奇麗な温泉ではあるな。なんでもこの有山温泉地で唯一の温泉テーマパークらしい。


「それじゃあ、一時間後にお食事処に集合よ。さ、有希、みくるちゃんお風呂に入るわよ。ジョン、遅れたら罰金だからね!」


 ナツホは朝比奈さんを引っ張って女湯の中に入って行き、その後を長門が電気自動車のごとく足音さえも聞こえないような静かな動きで追っていく。朝比奈さんがナツホにどんなセクハラを受けるのか、いつもならフルスロットルで妄想するところだが今回ばかりは俺にそんな余裕はなかった。


「我々も行きましょうか」


 俺と古泉は湯船につかると目を閉じる。自転車運転は思いの外、重労働だったからな。俺たち男二人は少しでも体を回復させようと眠りにつく。色々湯船に種類があるようだが、それを楽しむ余裕は今の俺と古泉にはない。どうせ、風呂から上がった後も鈴宮は全開だろうからな。何に全開になるかはまだわからないが、それに備えて少しでも体力温存を図るのが賢い選択だろ?

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