第2話

 明日朝9時、光陽園駅に集合よ! 今日は解散! と言うや否やナツホは部室を飛び出していきやがった。俺たちの意見を聞く気はないらしい。いい加減協調性というものを覚えて欲しいところである。


「鈴宮さんは一体どこの温泉に行くつもりでしょうね」


 古泉はにやけ面スマイルを崩さずに喋りかけてきた。どうやらこいつは鈴宮のご希望通りに温泉に行くつもりらしい。物好きなこった。


「おや、あなたは行かないんですか?」

「…………」

「これは失礼しました。愚問でしたね」


 古泉はにやけ面のまま、眉根にシワを寄せる。器用なことをするもんだ。どうやら、朝比奈さんも長門も団長様ご計画のありがたーい団員慰安旅行に行くらしい。理解のある団員を持ってお前は幸せだな、ナツホ。


 ナツホがいなくなった部室で俺たちはいつも通り、なんとなく時間を潰す。俺と古泉はサッカー盤を再開し、朝比奈さんはお菓子とお茶を用意し、長門は表情を一切変えることなく、分厚い海外小説のページを捲っていた。ナツホも変人奇人だが、そんなナツホの作った同好会に付き合っている俺たちも大概だろうよ。


 ページを捲っていただけだった長門がパタンと本を閉じる。ナツホがいないときはこの長門のワンアクションが部活終了の合図となっていた。


「そろそろ帰りますかー?」


 朝比奈さんの問いかけに、古泉が「そうですね。頃合いでしょう」とスマイルを送る。


「それでは僕はお先に」


 サッカー盤を片付け終わった古泉は一番に出ていった。


「それじゃあ、俺も帰ります」

「さようなら。また明日」と朝比奈さんが小さく手を振る。持って帰りたくなる可愛さである。

「長門、じゃあな」


 長門は眼鏡のブリッジに触れながら俺と視線を合わせて頷いた。もう少し、温和な表情を見せてくれてもいいだろうに。だが、少しは俺たちに対して心を溶かしてきたのか、この一ヶ月弱でグラス越しに移る長門の目のハイライトが少しだけ多くなった……気がする。


 帰宅すると、スマートフォンのSNSにメッセージが入っていた。当然というかなんというか鈴宮ナツホからの連絡である。明日、俺と古泉の二人は自転車に乗ってくるようにとのお達しだ。嫌な予感がする。俺はおふくろが使っている電動自転車を貸してもらえるよう依頼した。どうせ、移動手段として奴隷のようにこき使われるに違いない。少しでも楽になるように手を打って置かなくちゃあな。


 翌日、俺は集合時間の15分前に光陽園駅に到着した……のだが、なんでこいつらはいつも俺より早く集まっているんだ。俺に内緒で示し合わせているんじゃあないだろうな。


「ジョン、遅刻よ! 罰金! 旅行先でアイスクリームおごりなさい!」


 これで本年度何回目の罰金だ。俺が十数年年かけて貯め続けたお年玉がこの一年で無くなってしまいそうな勢いである。こんなしょうもない罰金に使われていると知ったら、お年玉をくれた祖父母をはじめとした親族は大層悲しむだろう。本当に申し訳ない。


「それで、どこに行くつもりなんだ? 行き先くらい教えろ」

「有山温泉よ!」

「有山温泉!?」


 有山温泉とは俺達が住む街から見て、山を越えたところにある日本有数の温泉地である。近所と言えば近所だが、それは車で行く場合の話である。ただでさえ山の上にある北高をさらに北上した山の中だ。到底自転車で行くようなところではない。しかし、そんなことは団長様には関係ないらしい。早速、俺の自転車に無理矢理長門と乗ると3人乗りで漕げと言い出した。さすがの電動自転車でもそれはきついぜ。どうやら古泉のやつも危険を察知していたらしく、電動自転車で来ていやがった。用意周到な奴だぜ。というか、なぜお前が朝比奈さんと二人乗りなんだ。代われ!


「ちゃきちゃきっと漕ぐのよ。坂道だからって止まるのは禁止なんだからね! それじゃあ、出っぱーつ!」


 ナツホの号令とともに俺はペダルをこぎ出した。やれやれ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る