鈴宮ナツホの朝凪
向風歩夢
第1話
早くも地獄の暑さとなってしまった5月末。俺はいつものように旧館部室棟2階の文芸部室に足を運んでいた。まったく、何て暑さなんだろうね。いつまで経っても温室効果ガスを垂れ流し続ける我々人類に対して、地球様もお怒りらしい。
朝、登校前に見たニュース番組では美人気象予報士が『本日は5月とは思えない暑さになります』などと絶望的な話題を笑顔で流暢に喋っていた。
忌々しくもその美人さんが話した予報通りにクソ暑い一日となっている。現代気象予報の正確さに唸りながら、俺は長机とともにセッティングされたパイプ椅子に腰をかけ、下敷きを団扇代わりにして顔を煽いでいた。
「どうぞ」と俺にコップを渡す可愛らしく小さな手。女神か天使か? いや、この部室の専属メイド朝比奈みくるさんだ。傍若無人のあのアホ団長様が用意したメイド服を指示通りに毎日来ていらっしゃる。健気とはこのことを言うのだろう。
「今日は暑いので麦茶にしてみました」
「ありがとうございます」
俺はグラスに付いた露の冷たさを手で感じながら一気に飲み干す。美味い。
「おかわり準備しますね」
「いつもすいません」
俺はおかわりをお願いしてグラスを返すと、朝比奈さんはぱたぱたと小走りで冷蔵庫に向かって行った。後ろ姿も可愛らしい。本物の美人は見返りなどしなくても後ろ姿でわかるのさ。
「おや、皆さんもう来られていたんですか」
部室のドアを開けて入って来た男はにやけ面のまま俺の向かいに座った。この男のにやけ面は女性徒にはさわやかスマイルに見えるそうである。ああ、忌々しい。
「団長はまだ来れられていないようですし。どうです、一戦交えるのは?」
にやけ面の男……古泉一樹はどこから調達してきたのかわからないサッカー盤を棚から机の上に持ちだした。棒に繋がった人形を動かして遊ぶやつさ。まだ生産してるのか、これ?
「良いだろう古泉」
お前からは野球盤で奪われたジュース代を取り戻さないといけないんでな。
「お手柔らかに頼みますよ」
それから何分ほど経っただろうか。朝比奈さんに淹れてもらったおかわりの麦茶をちびちびと飲みながらサッカー盤で時間を潰す。古泉からハットトリックを喰らった時だった。部室が壊れんばかりの勢いでドアが開け放たれ、我らがアホ団長様がお出ましになる。
「皆揃ってるわね!!」
アホ団長は大きな歩幅の早足で窓際の団長と書かれた三角錐が置かれた机に到ると、ドカっと座った。
こいつは自分以外の団員4人に軽く視線を向ける。俺と朝比奈さんと古泉、そして長門だ。長門は無表情で部屋の隅のパイプ椅子に座って小難しそうな分厚い本のページを捲っている。相変わらず存在感が希薄なやつだ。谷口曰くAマイナーの美人らしい。眼鏡を外せばAランクに格上げするのは間違いないと思うんだがな。外せばいいのに。
「ちょっとジョン、よそ見してんじゃないわよ! 団長である私が喋っているのよ? 団員は団長を注視しなくちゃいけないの!」
まだ、何も喋っちゃいないだろ。果てさて今回は何を思いついたんだろうね、この団長様は。俺は不本意ながら団長の目を見て話を聞く。吸いこまれそうなくらい真っ黒でブラックホールのような瞳がそこにはあった。毎回思うが、こいつも黙ってさえいれば……、……それはもう言うまい。あり得ない仮定だからな。
「今週末、つまり明日! 温泉に行くわよ!! これは団員の親睦を深める団員旅行なの!! 全員強制参加! 来なかった奴は死刑だから!」
行かなかったら死刑になるような強制的な旅行で親睦が深まるとは思えんが……、まあ、こいつにしてはまだマシで常識的な提案だな。
我らがSOS団団長『鈴宮ナツホ』の提案にしては。
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