第16話 炎の記憶
別れはいつだって突然やってくる。
「浅陽はそのまま続けてっ!!」
二年と二カ月程前。それは突然、浅陽達に訪れた。
水薙家では代々、家を継ぐのは赤毛の女子というしきたりになっている。だが、およそ七十年もの間女児に恵まれず、ようやく赤髪の双子の女児が生まれた。
やがて赤髪の双子の姉妹も健やかに美しく育った。
姉の悠陽は才色兼備の優等生で、安定した呪力で大人顔負けに術を操る。
妹の浅陽は運動神経抜群のお転婆で、呪力の制御は不安定だが、剣術の腕は早くも歴代でも最強ではないかという噂だ
双子であるにも拘らず、性格や得意分野が違う二人。髪の色も僅かに違った。
姉である悠陽が少し黒を混ぜたような微かに暗い赤なのに対し、妹の浅陽は僅かに黄色が混ざったような明るい赤色をしていた。二人とも綺麗な赤髪であることに間違いはなく、どちらに継がせるか長年話し合われてきた。
───選ばれたのは、呪力の安定しない妹の浅陽であった。
水薙家の女子は数え年で十五の年の誕生日に、代々伝わる霊刀を継承する為の儀式を行うことになっている。
そしてその当日。二〇一八年九月五日水曜日。
継承の儀式は【儀式の間】と呼ばれる、水薙家の母屋の中心部にあるだだっ広い中庭の中央にある。儀式の最中にそこに立ち入ることが出来るのは、継承の資格である赤髪の者だけ。
しかし〝そのモノ〟は、真っ赤な炎と共に【儀式の間】に踏み込んできた。
〝ソレ〟は黒いロングコートのような衣服を身に纏い、炎に照らされる長い髪は血のように紅く、そして顔は黒い仮面で全体が覆い隠されていた。
「黒い……仮面……?」
黒い宝石を思わせるその仮面は、マネキンのような目と鼻だけあるモノで、無表情で無機質で冷たい印象を受ける。その目の部分が熾火のように仄暗く光っていて、不気味さを醸し出している。
そしてその仮面の女の背後には十数体にも及ぶ禍々しい気配を放つ真っ黒いマネキンのような人形が力なく項垂れるように立っていた。
「アレは───」
一目見ただけでその禍々しさを理解した浅陽は霊刀を手に立ち上がる。
「浅陽はそのまま続けてっ!!」
悠陽が黒仮面の前に立ち塞がった。緊急事態とみて【儀式の間】に入ってきたのだ。そして外では争っている音が聞こえる。【儀式の間】同様に襲撃を受けているようだった。
「でも……」
「浅陽は私が信じられない?」
「そんなことはないよ! だってあたし達は……」
「そう。私達は双子。信頼以上の絆で結ばれた陰陽師の双子。だからここはお姉ちゃんに任せなさい」
「……分かった。あたしもさっさと終わらせて助太刀するから」
「ええ」
浅陽は悠陽を信じ、再び儀式に集中する。
悠陽は身に纏う巫女装束の懐から十数枚の符を取り出した。
「水薙ぐ神子の言の葉神楽───
星神の輝き 大地の息吹 森羅万象に神留まる共鳴る御霊よ───
今 穢れを薙ぎ祓う力を……」
不意に詠唱が途切れた。
「……悠陽?」
不思議に思った浅陽は顔を上げた。直後、その胸にズキンッと痛みが走った。
人間は物を見てからそれを認識するのにはおよそ二十分の一秒かかると言われている。浅陽の理解がその光景に追いつくのにゆうに一秒はかかったかもしれない。
───悠陽の背中から突き出た、〈黒く燃え上がる剣〉に。
「───これが、宿命だと言うの……?」
その悠陽のつぶやきは浅陽まで届かない。
「──────」
そしてもう一言何か呟くと、〈黒く燃え上がる剣〉が引き抜かれて膝からその場に崩れ落ちた。
「悠陽っ!!」
浅陽は儀式をほっぽり出して悠陽に駆け寄った。
「ダメだよ……浅陽。儀式をほっぽり……だしちゃ……」
浅陽に抱き起こされる弱々しい姿の悠陽。心臓を一突きされていて致命傷だと浅陽は理解できてしまった。
「でも、悠陽っ」
浅陽の涙が悠陽の胸元に落ちていく。
「あなたはもう、水薙の当主……なんだから、一人で……も……」
その胸からは止め処なく命が流れ出ている。
「いやだよっ! あたしにはあんたがいないと───」
助からないと分かっていても、悠陽の胸から溢れる血を止めようとするのはやめなかった。
しかし無情にも、片翼は失われる。
「ありが、と……」
あふれる血を止めようとしている浅陽の手に悠陽の手がそっと添えられた。
「……私も、ずっと、浅陽と、……一緒、……に……………………」
悠陽は涙を流しながら笑顔を浮かべ、静かに息を引き取った。
「ゆうひッ───!!!」
浅陽の叫び声は僅かに炎を揺らしたが、逆に炎に掻き消された。
仮面の女はその光景をただジッと見ていた。表情を窺い知ることは出来ない。顔全体を覆い隠す漆黒の仮面が、ただ炎の紅を妖しく反射しているだけ。
建物は尚も燃え続けている。その火はやがて、残された片翼の少女の心に燃え移った。
───〝復讐〟という名の火種として。
「───ッ!!」
浅陽はキッと仮面の少女を睨みつける。そして脇に置かれていた
「お……前がぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
浅陽は刀を振り上げる。
そのまま、ただ振り上げた。怒りで曇った瞳のまま。
『───ッ!!』
ずっと共にあると思っていた〝半身〟が、目の前で奪われた。初めて味わう喪失。それは我を忘れてしまう程の衝撃だった。
ただひたすらに、無造作に刀を振り下ろす。そこに歴代最強と噂される剣の冴えは欠片も見られない。
いくら
案の定それはあっさりと弾き返された。
「───っ?」
弾かれた刀は浅陽の後方の床に突き刺さった。
『この愚か者ッ!!』
突如頭に直接響くような大音声が、浅陽の怒りを吹き飛ばし、無理矢理正気に引き戻した。いつもは勝ち気な浅陽の目から、再び大粒の涙が零れる。
その隙を逃す黒仮面ではなかった。すかさずその手の〈黒く燃え上がる剣〉を浅陽に向かって振り下ろす。
「こんなところで根絶やしにされてなるものかよ」
不意に浅陽の口から───彼女自身の今の心情とは真逆の───そんなセリフが飛び出した。
浅陽の意識はそこでヒューズが飛んだようにブツッと途切れた。
────────────………………。
浅陽の意識が復活した時、事態は一変していた。辺りは変わらず炎上していたものの、黒い仮面の女の姿は無かった。が、その仮面らしきモノが真っ二つに割れて浅陽の足下に落ちていた。そして、
「これは……?」
浅陽の右手に握られているのは継承の証である霊刀〈焔結〉。
そして左手には、何故か感電したような痺れが残っていた。
「……っ!?」
浅陽は何者かの気配を感じ辺りを見回した。すると浅陽の右側の揺らめく炎の向こうに人影を見た。それは悠陽のようにも見えたが、どちらかと言えば
『…………』
その人物(?)がふっと微笑むと、そのまま炎の揺らめきの中に消えた。悠陽が死んだという事実と、そのおかげで開いた胸の穴だけを残して───。
つづく
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