第17話 因縁の黒仮面

「はぁっ、はぁっ……!」


 かつての記憶が浅陽の脳裏に鮮明にフラッシュバックした。


「こ、のぉ……っ」


 警戒している獣の様に浅陽の髪が逆立っていき、その瞳からは二年前と同様に正気の光が消えていく。


「よくも……、悠陽をっ!!!」


 思いがけず再会した仇に、浅陽は怒りで我を忘れた。だが、


「───ッ?」


 不意に強く握った右の掌がチクリと痛んだ。


 それは前の晩、同じ様に我を忘れそうになった時、拳を強く握り過ぎた際についたちょっとした、もうあとも見えないような傷だった。

 

 普段なら小さな傷の痛みなど気にも留めない彼女だから、この小さな痛みがやけに気になった。改めて見ると本当に小さな傷だった。そしてその傷が出来た昨晩の、兄・誠夜との会話を思い出す。



───お前〝達〟の兄貴を何年やってると思ってんだ。



 浅陽が今思い返しても、その時の誠夜あにの声はほんの微かに震えていていた。



───俺は守れなかった。盾にすらなってやれなかったんだ……。



 誠夜が心の奥底に仕舞っていた本音を、浅陽は垣間見た気がした。思い出して浅陽はまた僅かに涙を滲ませた。



───お前には敵わない。誰よりも通じ合えてた双子だったんだしな。



 そして兄妹で仇を討とうと誓った。その誓いを思い出した浅陽は、深く息を吸って、長く息を吐いた。小さな傷の痛みはもう、いつも通り気にならなかった。


 浅陽はその右手を前に突き出し集中する。すると、足元から風が巻き起こり浅陽の赤い髪を舞わせた。


五芒ごぼうの扉 五星ごせいの交叉───」


 浅陽が声高々と詠みあげると、彼女が眼前に掲げた右手の前に輝く五芒星が現れた。


「星が導く四獣しじゅう五皇ごおう───」


 声は綺麗な旋律となり辺りに響き渡る。


「暁告げる鐘の声 赤烏せきうとなって舞い上がれ───」


 浅陽が指で五芒星をなぞると、それは逆巻く炎となった。


羽撃はばた火翼かよく剣舞けんぶ───」


 浅陽はその炎を無造作に掴んだ。


「───唸れ、〈焔結〉っ!」


 炎の中から顕現した霊刀〈焔結〉が火の粉を散らす。その火の粉が舞って浅陽の戦闘装束〈巫羽織かんなぎばおり〉が形成された。


 一方黒仮面は、まるで悪役の哲学でも持ち合わせているかのように浅陽の戦闘準備が整うのを待っていた。


「待たせたわね」


 浅陽は跳んだ。〈焔結〉を頭上に振り翳し、落下の力を加えて黒仮面に向けて浅陽は振り下ろす。二年前とは違い、そこには確かに鍛錬の積み重ねが乗せられている。


 だが、その一撃は〈黒く燃える剣〉に防がれ甲高い音を立てた。それを黒仮面は強引に振り払い、浅陽は弾き飛ばされた。


「ッ!!」


 態勢を立て直し着地しようとしたが、その着地点には既に黒仮面の姿があった。浅陽は空中で全身を捻ってから身体を独楽のように回転させて追撃の迎撃を試みる。刃同士が火花を散らしながらかち合い、断続的に鋭い音をさせた。


 迎撃に成功して近くの建物の屋上に着地した浅陽は、再び地面を蹴って黒仮面へ瞬時に迫る。同様に黒仮面も浅陽に向かって地面を蹴る。


 間合いに入ると、右下から斬り上げる浅陽の剣が月に煌めいた。黒仮面よりも一瞬速く攻めに転じることが出来た。


 普通の人間では捉えることの出来ない浅陽の疾さでもってすればその太刀筋を悟られる事はまずない。先手を取れたのなら尚更。


 だが黒仮面はまるで、左下からくる浅陽の剣閃をあっさりと遮った。


「なっ!?」


 驚く浅陽。だがこの後彼女は更に驚く事となる。


『ふふっ』


「───っ?!」


 黒仮面から漏れた笑いに、浅陽に一瞬の隙が出来た。


「しまっ───ッ!?」


 再び吹き飛ばされるも、何とか態勢を立て直して着地すると、すぐさま頭を上げて黒仮面の姿を確認する。


 だがそのすぐ目の前にはもう、黒仮面の黒く燃える切っ先が迫っていた。




つづく

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