第15話 赤い月、黒い人影
自分を呼ぶ声を聞いた浅陽は戦線を離脱して単独行動を取っていた。
普段の彼女ならそんな事はしない。しかしこの時に限っては、胸のざわめきとある種の確信が浅陽を突き動かした。
「この辺りから呼んでた気がするんだけど……」
辺りを見回す浅陽。
何の変哲もない霧園の市街地。霧園市は近年、ちらほらと高層建築が目立ち始めた地方都市である。元々、一万年程前に駿河湾に落下した隕石の影響で出来た、駿河湾の奥にある伊豆大島の三倍近くある大きな島で、霊峰富士を北に臨む霊山・霧園山の南側に作られた町に端を発する。
おまけに温泉も湧いていて、霧園山というパワースポットもあるので観光地としても人気が高い。
その霊験あらたかな地に久遠舘学院や【異能研】の研究施設が点在する異能研究都市でもある。
その市街地を眼下に見下ろす浅陽。
「気のせい……だったのかな? でも……」
その時、ズキンと胸に痛みが走った。
「───これは、なに……?」
ブラウスの胸の辺りがしわくちゃになる程に握りしめる。
水薙浅陽は健康体である。それは医者も太鼓判を押している。だが何の兆候もなく始まった胸の発作は、リズムを刻むように襲いかかる。
「くっ───」
浅陽は思わず膝をつく。痛みのリズムは更に速くなっていく。だが、ふと気づいた。これは傷や病魔によるものではないと。もっと、何か。自分の深いところから来るような。現実ではない幻のような痛み。そう、それは───。
「───ッ!?」
不意に何者かの視線を感じ、依然痛みの治まらない胸元を押さえながら頭を上げる。
周りを見回しても誰もいない。が、ふと違和感を覚えて夜空を仰ぐ。
「え───」
それを見た瞬間に絶句した。
「赤い……月? でもたしか今夜は……」
三日月だったはずと目を擦るが、そこに浮かぶのは何度見ても赤い満月だ。
その赤い月の見える方角、その屋上の階段室の上に設置されている給水塔辺りから気配が感じられた。
「そこに誰かいるのッ?!」
浅陽の声が闇夜に木霊する。その呼び掛けに応えるかのように、給水塔の裏側からゆっくりと人影が現れた。
「あたしを呼んだのはあんた? ……って口利けんのかなコイツら」
浅陽はそれが〝
「そんなことはどうでもいいか。あたしの前に現れた以上、見過ごすわけには…………」
カツンッ、カツンッと歩くソイツは少しずつ、某怪盗三世を照らし出すサーチライトを思わせる真円と重なりそのシルエットが露わになっていく。
「え……?」
浅陽は見間違いかと思い目を擦る。
〝
しかし真円を背負うようにして立ち止まったソレには、夜風に靡く長い髪があった。
「人……間……?」
ズキンッと一際強い痛みが走る。
「ぐっ───」
逆光になってよく見えないが、シルエットの細さから女らしいというのは分かった。その右手には、炎のように揺れる真っ黒なナニかを纏った剣を携えている。
その黒いナニかが〝ソレ〟の姿を仄かに黒く照らし出す。
「───っ!!」
───ドクンと浅陽の心臓が強く脈動した。
漆黒のロングコートの様な衣服を身に纏い、顔を覆い隠す目と鼻だけのマネキンのような無表情で無機質な漆黒の仮面。そして心の底からゾッとするような、熾火のように灯る赤い目。
───燃えている。
闇を赤く染め上げ、炎が踊る。
───燃えている。
舞い上がる火の粉が、散りゆく命の様に天高く昇っていく。
───すべてが燃えている。
侵略する炎はやがて、悉くを黒く灰燼へと変えてしまう。
その姿を、その忌まわしき存在を目の前にした浅陽は、心の奥底から噴火寸前の火山のように湧き上がってくる黒い感情に次第に飲み込まれていく。
「思い……出した───ッ!?」
つづく
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