第11話 追跡開始

 間宮剛は暴走族の元総長と言うだけあって、意外に大きな独自のネットワークを持っていた。その情報網により彼の弟分の居場所は程なくして判明。彼は霧園市北部にある自宅にいた。


対象ポルックス、未だ動きありません」


 霧園市某所に停められたワンボックスカー内に設置された仮指令室。その三列目に座りノートPCを操作するオペレーターの七波奏観が対象ターゲットの動向を知らせた。


 現在、その彼女の目の前には三次元投影のウィンドウが四つ表示されている。彼女の正面には周囲の地図。その中心には対象ターゲットを表す赤い点。地図の左右にはそれぞれ別働隊として動いている浅陽・ミシェルの一年生コンビと誠夜・めぐりの二年生コンビの俯瞰画像。そして地図の上には周囲の超高解像度の衛星画像が映し出されている。


「今夜は動かないかもしれないな」


 今回の指揮を任されている榊原梨遠がボヤいた。


『張り込みは忍耐だって言いますし、いつもみたいに後手に回るよりはいいじゃありませんか』


 通信機から迅水めぐりの声が聞こえてきた。


『あと、アンパンとミルクは必需品なのよね』


 そう言ったのはミシェルだ。


『それ間違いらしいよ』


 それを浅陽が訂正する。


『そうなの? 日本の刑事ドラマではよく見かけるじゃない』


『いつの刑事ドラマよ。ところで、何で〝ポルックス〟?』


『〝弟〟分だからじゃないかしら』


『あ、そゆこと』


 一年生コンビの緊張感の無い会話が車内に聞こえてくる。


「……ホントに大丈夫なんだろうな」


 同行を許され車内で待機している間宮が呟いた。


「心配はいらん。全員あれでもプロだからな」


「あんたがそう言うんなら、そりゃ信じますけど……」


『そういえば先生』


 めぐりがインカム越しに呼びかける。


『理事長……おじいさまが倒れられたと聞いたのですが』


 昼休みに梨遠が呼び出された件は祖父である理事長が倒れたためであった。


『あたしも『皓遠こうえん』さんが倒れたって聞いてびっくりしたんですけど』


 【久遠舘学院】理事長である『榊原さかきばら 皓遠こうえん』。齢八十を越しながら浅陽と互角に剣を交えたり、生徒達に混じって身体を動かすなど病気や怪我とは無縁のスーパーご長寿なのだから浅陽が驚くのも無理はない。


「あのじじいがそう簡単にくたばるタマか。単なるぎっくり腰だ。護身術の授業に混じってはしゃぎ回ったらしい。まったく無茶し過ぎだ」


 口では悪く言っているが、二人が仲がいいのを間宮剛を除く全員が知っているのでただの強がりにしか聞こえないのだった。


対象ポルックス、移動を始めました!」


 奏観の報告に全員に緊張が走る。


「どうやら南へ、市街地へ向かっている模様。しかしこの速さは───」


 ウィンドウには時速六〇キロと表示されている。


「単車だな」


「単車……バイクですか」


「対象はバイクにて市街地方面へ移動中。全員速やかに追跡せよ!」


 梨遠の指示が飛び、通信機から四人分の「了解」が聞こえてきた。




 浅陽がビルの間を跳ぶ。さながら闇夜を駆け抜ける夜行性の獣のような速度と力強さで。


 ミシェルはケインに横座りして、青紫色のローブの形状をした戦闘装束〈ポーラー・ナイト〉を翻しながらそれに並走、もとい並飛行している。


「飛ばしてるわね」


「もう限界かしら?」


「まだまだっ!」


 標的を追い越す勢いでスピードを上げる浅陽。だがその浅陽が急制動をかけた。


「アサヒ?」


「……呼んでる」


「呼んでる?」


 ミシェルは耳を澄ますが何も聞こえない。しかし浅陽には聞こえているようで辺りをキョロキョロと見回している。


「こっち?」


 やがて浅陽は向かっていた方向から九十度向きを変えた。


「ちょっとアサヒ!? 今は任務が───!」


 今にも仕事にんむを放り出して駆け出しそうな浅陽を捕まえる為にミシェルは降下する。そして浅陽の襟首を捕まえようと手を伸ばした。


 そして手が届きそうになったその時、ミシェルの目の前に黒い影が立ちはだかった。


「───〝黒晶人形モリオンゴーレム〟ッ! こんな時に! リオ、聞こえる?リオ?」




「追跡って、バイクを追いかけようってのか?」


 その時、ワンボックスカーのすぐ傍を爆音が一瞬で駆け抜けていった。


「無論だ」


「いくらあんたらでもそんな……」


 間宮は地図のウィンドウを見た。


「バカな……」


 すると、浅陽達を示す青い点が赤い点と同じ速度で、いやわずかに速いくらいのスピードで動いている。


 だが突然、その四つある青い点のうちの二つが消え、二人を捉えていた画像も途絶えた。


「水薙浅陽、ミシェル・リンクス両名の反応消失!」


「何が起きた?!」


「分かりません。突然反応が消えました」


「まさか作戦が漏れていたとでもいうのか?」


「例えそうだとしても、あの二人を足留めすることは決して簡単な事じゃありません」


「それはそうだが、それを我々の目の前で簡単に遣って退ける連中だというのか?


 想定外の出来事に梨遠の額を冷や汗が滴っていく。


「思っていた以上にデカいヤマなのかもしれん」


「増援を要請しますか?」


「あいつらとてそう簡単にくたばるようなタマじゃない」


「……ですね」


「だが黙っているわけにもいかん。待機組は消失地点の捜索! あの二人を足留めするような輩だ。くれぐれも注意して動け!」


 待機組の「了解!」が通信機から聞こえた。


「我々も追跡を行う」


 梨遠は運転席へと移動し、エンジンを始動させて車を発進させた。




つづく

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