第10話 屋上の密談

 浅陽は元総長の後について屋上までやってきた。さすがに寒空の下で昼食を摂る者はおらず、図らずも秘密話には持ってこいだった。


「で、なんであんたもついてくるわけ?」


 浅陽は後ろをついてきたミシェルに振り返って言った。


「二人きりがよかったのかしら?」


「別にそうゆうわけじゃないけど」


 浅陽は元総長を見た。


「そいつは?」


 久遠舘学院に来て日も浅いらしく、彼はミシェルを知らないようだった。


「一応、あたしの同僚。実力は保証するわ。ま、あたしの方が強いけど」


 正直なところ、それは浅陽のハッタリだった。彼女自身、自分の実力にはそれなりの自信はあるが、ミシェルにはまだもう少し届かない。それが実情だ。


「聞き捨てならないわね。ワタシの真の〝力〟を見た事もないのに」


 元総長は彼女ミシェルの透き通るような銀髪が僅かに逆立ったように見えた。


「なんなら今から闘ってみる?」


 浅陽の眼がキラリと光った。……ように元総長の目に映った。


「闘いましょうか。……と言いたいところだけど、今はやめておきましょう」


 ミシェルは不意に不敵な笑みを浮かべたが、すぐに元の澄まし顔に戻った。


「ま、そうよね」


 浅陽は足下を見た。二人が全力で闘えばそれはもう自然災害と変わらない。学院の敷地はもちろん周囲まで更地にしかねない。というのは少々大袈裟かもしれない。


 そしてそれを今行えば、自然災害同様に多くの被害者を出す。その中には確実に二人の親しい者も含まれる。それは二人の望むところではない。ということで二人の間に何度目かの停戦協定が暗黙の了解的に結ばれた。


「それで話ってのは……って、どうしたのよ?」


 浅陽が元総長に振り返ると、彼は冷や汗をかきながらジリジリと後退ってフェンスにぶつかった。


「……オメェらマジで只者じゃねぇな。殺気がハンパねぇ」


「誉め言葉と取っとくわ。それで話って何? まさか秋穂の想像通り恋の話じゃないよね?」


「恋? オメェらみてぇなバケモノがか?」


「バケモノって、あたし達これでも女の子なんだけど」


 浅陽が腰に手をついて抗議する。


「これでもというか、どう見たってワタシ達は女の子だと思うのだけど」


 ミシェルはお腹のあたりで軽く腕を組んで溜め息を吐く。


「…………ぷっ」


 二人の会話を聞いて元総長は噴き出していた。


「なによ」


「いや、ワリィ。あんな殺気放ってても意外と普通なんだな」


「そんなの当たり前じゃない」


「でもまあ、バケモノって意味じゃ俺も大して変わんねぇかもな」


 自嘲するような笑みを浮かべると元総長は自分の右手首のバングル───【念晶具クリスタル・ギア】を見た。


「こんな俺のような、いや【念晶者オレたち】以上のバケモノを人工的に作り出そうとしている奴等がいるらしい」


 元総長は唐突に話を切り出した。彼の剣呑な空気に二人の表情も強張る。


「どういうこと?」


「こいつはチームの後輩に聞いたんだが、チームの中で最近【念晶者クリスタライズ】に目覚めた奴がいるらしい」


「それは別にどうってことないじゃない」


「いや、どうもそいつは以前に検査した時にはそんな兆候どころか、【念晶者クリスタライズ】としての素養はないとまで言われたらしい。何とかって値がほとんど無いんだとか」


「【潜在念晶波係数】のことかしら?」


 【潜在念晶波係数】とは、ある一定の数値を超すと【念晶者クリスタライズ】に覚醒するという数値のことである。年に数回、計測する検査が全国であり、その数値如何で専門の機関に送られる。


 だがまだ【念晶者クリスタライズ】について解明していないことも多く、その数値はあくまでこれまで覚醒した者たちの平均値に過ぎない。


「そう。それだ」


 元総長はビシッとミシェルを指差した。


「だとすると確かにおかしいね」


「ええ。【念晶力クリスタ】───覚醒前だと今の【潜在念晶波係数】だけれど、訓練でもしない限りは急激な変化は起こらない。その人は何か特別な訓練でもしていたのかしら?」


「いや、そんな話は聞いてねぇ。学校にはそれなりに顔を出してるみたいだし、後はバイトはしてるって聞いてるくらいだ」


「あれ? でもこの前の晩は【念晶者クリスタライズ】なんていなかったと思ったけど」


「あの日はちょうどいなかったみてぇだ」


「この前の晩と言うと、バイクの音が五月蝿くてテレビの音が聞こえないとか言って出て行った時のかしら」


「テレビの音だと……?! そんなもののためにあいつらは……」


 元総長はキレかけたが、どう足掻いても実力差があり過ぎるのでその場はグッと抑えた。


「う、五月蝿いって苦情はちゃんと来てたの」


 消化不良気味の元総長は、せめてその眼差しで反抗を試みていた。


「それに……」


 浅陽が到着した時には、既に暴走族は壊滅していた。何より救急車を呼んだのは浅陽だった。それを話そうともしたが、詮無いことだと今は脇に追いやった。


「って、今はその話じゃないでしょ。で、その人がどうしたってのよ?」


 浅陽は逸れかけた話を、誤魔化すように戻した。


「聞いた話によると、そいつが『神に選ばれた』とか言ってたらしい」


「どっかで聞いたフレーズね。どこだったかなぁ……」


「確か逮捕された連続通り魔がそんな事を言っていたとニュースで言っていたわね」


「それそれ」


 うんうんと浅陽は頷いた。


「それに怪しい店に出入りしているって話もある」


「まさかクスリとかじゃないよね?」


「オレたちはクスリには手を出さねぇ!」


「でもアナタが抜けた後はどうなのかしら?」


 ミシェルの指摘に元総長は一瞬たじろいだ。しかし、


「俺はあいつらを信じる」


 彼の目はこれまで以上に真剣だった。


「で、それをあたし達に聞かせてどうしようっての? まさかその怪しげな店を突き止めさせようってわけ?」


「そうだ」


 元総長は頷いた。


「正直テメェに頼むのは癪に障る。だが、ここでの知り合いっつったらテメェしかいねぇ」


 そして直角くらいに腰を曲げて頭を下げた。


「果たし合いしといて知り合いって呼べんの?」


 浅陽はミシェルに訊いたが、彼女は肩を竦めてみせただけだった。


「それにテメェ達はそういうのを仕事にしてるらしいじゃねェか」


 それを言われたら浅陽は黙らざるを得ない。


「ま、まあ確かに気になる話ではあるわね」


「そうね。【念晶者クリスタライズ】への覚醒を促すというクスリの存在も疑わしいけど、何にしたって【潜在念晶波係数】が劇的に上がるなんて聞いたことないわ」


「興味深い話をしているな」


 突如、第四の声が聞こえた。


「誰だっ!」


 元総長が叫ぶ。と、屋上の入り口の扉か開いた。


「梨遠さ……、榊原先生」


 そこには浅陽達の担任であり、【異能研】に於ける彼女達の上司である榊原梨遠が立っていた。


「先公が何の用だ?」


「これさ」


 梨遠はタバコを一本取り出して咥え火を点けて紫煙を燻らせた。それを見た浅陽は鼻を摘み、ミシェルは顔を曇らせた。


「まったく、喫煙者には肩身の狭い世の中だな。こんな所に来なきゃ吸えないなんて」


 などとボヤいた。


「で?」


「はい?」


 浅陽が訊き返した。


「続きはせんのか?」


「これは俺の個人的な話だ。先公に聞かせる道理はねぇ」


「ははっ、そりゃそうだ」


 一本取られたとばかりに梨遠は笑った。


「だがお前さんの話は、意外と大事かもしれんぞ、『間宮まみや つよし』」


「なんで俺の名を……」


 間宮は言葉に詰まった。いや、梨遠の視線で制止させられた。


「先日逮捕された連続通り魔犯は知っているな?」


「あたし達さっきその話をしたばっかです」


「そいつだけじゃない。逮捕された【念晶者クリスタライズ】の中にそいつと同じ様に『神に選ばれた』と喚いている連中がいるらしい」


「それは知っているわ。それが何だと言うのかしら?」


「どうも通常の捜査では手に負えそうにないってんで、ついさっきウチにお鉢が回ってきたそうだ」


「あたし達の出番ってことですか?」


「ああ。それでどうしたものかと一服しながら考えようとしたところ……」


「ワタシ達の話が聞こえてきたというわけね」


「おかげで一気に解決する糸口が見えた」


 梨遠は再び間宮を見た。

 

「……まさか、あいつの後を尾けようってのか?」


「察しがいいな」


 彼が言うと梨遠は我が意を得たりと笑みを浮かべた。


「どゆこと?」


「なるほど。〝ワタリニフネ〟というやつね」


 首を傾げる浅陽に対し、ミシェルは納得がいったようだった。


「つまり、まだ犯罪を犯していない【念晶者たいしょう】が特定されているのなら、それを尾けて現場を押さえるということ」


「あっ、なるほど!」


 そこでようやく理解した浅陽に、梨遠は呆れて溜め息を吐いた。


「そういうわけで、その生徒の情報が欲しい」


 間宮はその提案に顔を一瞬綻ばせたが、すぐに真剣な顔に戻った。


「……条件がある」


「言ってみろ」


「踏み込む時は俺も連れていけ」


「場合によってはかなりの危険が伴う。それでもか?」


「構わねぇ」


 間宮は頑として譲らない。


「理由は?」


「【念晶者クリスタライズ】に目覚めたってのは、俺の弟分だ」


「弟分?」


「なんで族になんかいるのか不思議なくらい明るいな奴でな。いつも仔犬みたいに俺の後をくっついてきてた」


 そう話す彼は優しい表情をしていた。


「だからこそ分かるが、間違っても『神に選ばれた』とかほざく奴じゃねぇ。きっとあいつの行った先に居る奴が、あいつを誑かしてやがるんだ」


 元暴走族とは思えないひたむきさで彼は言った。


「今時珍しく真っ直ぐな奴だな」


 梨遠が関心した風に言った。そして、


「いいだろう。ただし自分の身は自分で守れ」


 一人の〝漢〟を見る目で言った。


「すまねぇ」


「ありがとう、だ」


「ふん」


 浅陽は間宮の耳元に近付いた。


「言う事聞いた方がいいよ。なんたって昔はここら辺を仕切ってたくらいだし」


「昔? 確か榊原って言ったな? まさか、伝説の女番長の───」


「女番長て」


 浅陽が噴き出した。


「周りが勝手に呼んでただけだ」


 梨遠は恥ずかしそうに少し顔を赤くした。


「それで元総長先輩、そいつの名前は?」


「ショウだ」


「〝しょうだ〟何さん?」


 ミシェルが訊き返す。


「違ぇよ。何つったかな……いつもショウって呼んでたから…………そうだ、『ショウタ』だ。苗字は確か『オシカワ』だ」


「では間宮。お前は大至急その弟分『オシカワショウタ』の居場所を割り出せ。分かり次第私に連絡しろ」


 梨遠は携帯端末を取り出し間宮へメールを送った。それを見た間宮は驚いている。


「何故俺のメアドが……?」


「教師用の端末はお前らのとは違うんだ。ほら、早く探しに行け」


「は、はいっ!」


 間宮は勢いよく屋上から出て行った。


「奴の弟分の居場所が分かり次第出動する。お前達も心しておけ」


「了解です」「了解」


 その時、ピンポンパンポ~ンと校内放送のチャイムが鳴った。


『榊原先生。榊原先生。至急職員室までお越しください。繰り返します。……』


「なんだ?」


 梨遠が怪訝そうな顔つきで近くのスピーカーを見た。


「そろそろ昼休みも終わるから、お前達もそろそろ教室に戻れよ」


 そう言い残して梨遠は屋上から出ていった。


「……というか、あのマミヤという生徒は午後の授業に出るのかしら」


「さあ」


 その後はつつがなく午後の授業が進められた(間宮剛は結局午後サボったようだ)が、異変が訪れたのは帰りのHRホームルーム。教室に現れたのは梨遠ではなく副担任だった。そしてその口から、重大な出来事が報せられた。




つづく

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