第9話 女子三人寄れば……
「あはは……。浅陽ちゃん、今日も爆睡だったね」
浅陽の隣の席の女子が乾いた笑みを浮かべている。
「見てないで起こしてよ、『秋穂』」
浅陽のクラスメイトにして友人である彼女の名は『
浅陽が話すようになったキッカケは【
「起こそうとしたよ? 揺すったり耳元で大きな声を出したりしたけど、浅陽ちゃん全然起きないんだもん」
「うそ? 全然気づかなかった」
「それより浅陽ちゃん、よだれ」
「うそっ?!」
浅陽が袖で口元を拭こうとするが、一瞬速く秋穂がウェットティッシュでその口元を拭いた。
「アサヒの隙をつくなんて、やるわねアキホ」
「そんなこと……。慣れだよ、慣れ」
拭き終わると秋穂はウェットティッシュを自分の机の隅に置いた。
「あ、でも一度起きかけたよね。それでびっくりしたせいか、一瞬寒気がしたよ」
そして思い出したように言った。
「……そうね。アサヒが如何に脳筋か分かったわ」
ミシェルは四時限目の最中、一瞬だけ浅陽に向けて殺気を飛ばした。そしてそれを察知した浅陽は一度覚醒するが、危険は無いと分かるとすぐにまた眠りに就いた。秋穂の感じた寒気はその殺気のせいだ。
「のうきん?」
「脳みそまで筋肉で出来てそうな人種のことよ」
「ああ……」
合点がいったように秋穂は浅陽を見た。
「もう、秋穂に変な言葉教えないの。それよか、お昼にしよ、お昼」
そう言って浅陽は机の上に可愛らしい布に包まれた弁当箱を置いた。
「浅陽ちゃん、それって……」
「ん? いつもどおり穂村さん特製の弁当だよ」
特製と言ってもごく普通の弁当だった。彼女達の寮では希望を伝えれば弁当を用意してもらえる。
「ワタシも」
「……いいなぁ」
秋穂は二人の弁当を見て羨ましそうに漏らした。
「アナタのお弁当もいつも美味しそうなのだけど、アキホ」
「ありがと」
秋穂は少し寂しそうに微笑んだ。
「それが違うんだよ〜、ミシェル」
浅陽が芝居掛かった風に言う。
「違う? 何が?」
ミシェルは訊いてから小さな口でハムサンドに
「決まってるじゃない。誰が作ったかが重要なのよ」
寮生の弁当を作っているのは【ミラージュ】のウェイターでオーナーの甥でもある『
ちなみにこの日はサンドイッチの詰め合わせだった。
「そういうコト」
ミシェルは合点がいったと笑みを浮かべた。
「でも【ミラージュ】に行けばいつでも食べられるじゃない。というかあの店で働いているのでしょう?」
岳中秋穂は【ミラージュ】でアルバイトをしている。久遠舘学院は基本的にアルバイトは自由である。
「お弁当ってのがいいんじゃない。ね、秋穂」
浅陽は大きく口を開けてカツサンドに
「だって優希人さんのご飯美味しいんだもん」
秋穂はきちんといただきますをしてから弁当に箸をつけた。
「それはあたし達も知ってる。ほぼ毎日お世話になってるし。でも秋穂、それだけじゃないでしょ~」
浅陽がニンマリしながら言うと、秋穂の顔が真っ赤になった。
「なっ───?!」
「なんで分かるかって? そりゃ見てれば分かるわよ」
「そうね。アキホは分かりやすいわ」
「……そう、なの?」
「好き好き光線出まくりだよ」
言われて秋穂は耳まで真っ赤になった。彼女は穂村優希人に想いを寄せていた。
「でもユキトには届いてない。というか気づいていなそうね」
「うんうん。意外と朴念仁そうだもんね」
「それもあるんでしょうけど、心の中に重大な何かを抱えていて、それに精一杯でアキホの気持ちに気づいていない気がするわね」
「好きな人がいるとか?」
「そんなぁ……」
浅陽の一言に秋穂が落胆する。
「多分、違うと思うわ。少なくともそんな素振りには見えない」
「ま、そだね。何にしても、分からないことをウダウダ悩んでても仕方ないよ」
「……そう、だよね」
秋穂に少し笑顔が戻った。
「邪魔するぞ」
突然低い男の声がしたかと思うと、教室の中がしんと静まり返った。浅陽達も教室の前の扉の方を見た。
そこには、肩より少し長いくらいのブリーチした金色の髪の不良風の男が、教室の中を誰かを探しているかのようにキョロキョロ見回していた。その頭や制服の袖から覗く手には痛々しく包帯が巻かれている。
やがて探している人物を見つけたのか、ある一点を見定めて一直線にあるいていく。
「ね、ねえ、こっち来てない?」
「そうみたいね」
怯える秋穂に対し二人は毛ほども興味がないのか昼食を続けている。
「見つけたぞ」
「ん?」
そして男の目は浅陽を見据えていた。にも拘らず浅陽は咀嚼をやめない。
「話がある」
それを聞いた秋穂は興味津々の乙女の顔で浅陽を見た。男を〝浅陽に告白しにきた男子〟だとでも思ったのだろう。だが男の方はどう見ても呼び出して告白するような人間には見えない。強いて言うなら何かイベント事などの際にどさくさに紛れて、ぶっきらぼうに想いを伝えるようなそんな見た目(?)をしている。
「浅陽ちゃん、ほら、お話があるんだって」
男はキッと秋穂を睨みつけた。秋穂はたじろぐ。だが、男は秋穂を見た途端一瞬目を見開いたかと思うとすぐに顔を背けた。可憐な秋穂を見て少し照れたのだろう。
「……誰?」
浅陽はまったく記憶にないかのように訊いた。
「テメェのノした相手の顔も覚えてネェのか?」
「じゃあ、あんたは自分が殴った相手の顔をいちいちみんな覚えてるっての?」
浅陽は怯む様子もなく強気に言い返す。
「そりゃ覚えてネェけどよ。昨日のことだぜ?」
「あたしがノした? 昨日?」
浅陽は思い出そうとサンドイッチを頬張りながらも記憶を巡らせる。そして三秒ほどしてようやく、ハッとした顔になる。
「ん~~!! ───っ!?」
思い出して男を指差した次の瞬間に、浅陽はサンドイッチを喉に詰まらせた。
「浅陽ちゃん、はい」
すかさず秋穂が自分の水筒のコップにお茶を注いで浅陽に渡した。
「んっ、んっ、……ぷはぁ! ありがと、秋穂」
「それで、思い出してもらえたか?」
浅陽が落ち着いたところで男は再び声をかけた。
「昨日の元総長! 髪型違うからわかんなかったわ〜」
男は呆れて盛大に溜め息を吐いたかと思うと、親指で教室の外を指した。
「ちょいとツラ貸せや」
「なに? 昨日のリベンジってわけ? 悪いけどあたし今ゴハン食べてんの。見て分かんない?」
元総長と呼ばれた男子生徒は二年生を示す浅黄色のネクタイを、ネックレスと思えるくらいに緩めている。
その一学年上の男子に対してしれっとタメ口で話す浅陽に、教室に緊張が走ったが肝心の元総長の方は気にする風も無かった。
「違ぇよ。テメェには勝てる気がしねぇ。……今んトコな」
「へぇ。そのうちにでも勝つつもりなんだ」
浅陽は不敵な笑みを浮かべる。
「当たり前ェじゃねえか。男が負けたまま引き下がれるか」
元総長が当然とばかりに言い放つ。浅陽はそんな彼を見定めるように見ている。そして、
「ふ〜ん……。あんた面白いね。あたしと闘った人はたいていそういう風に考えないみたいなんだけど」
「そんな根性の無ェ連中と一緒にすんな」
「ぷっ、あはははははっ!」
浅陽は突然噴き出した。
「な、なんだテメェ!」
「いやいや、そういう昔の不良マンガのキャラクターみたいなこと言う人初めて見たから。……ぷふっ」
「こっちは真剣に話してんだ!」
「ああ、ごめんごめん。……で? その根性のある元総長先輩は昨日のリベンジじゃないとしたら、あたしに何の用なのよ?」
元総長は笑われた事をグッと呑み込むようにして浅陽を見た。その様子を察した浅陽は、彼の目が一点の曇りも嘘も無く自分を見ていることに気づいた。
「……聞けばテメェは、【特異能力研究所】ってトコの精鋭って言うじゃねえか。『水薙浅陽』サンよ」
それに浅陽の顔が真剣なそれになる。ミシェルは変わらず澄ました顔で無関係を装っている。
「ふ〜ん……。【異能研】の名前を出してあたしんトコ来たってことは、何かあんたの周りにあったのね」
「察しがよくて助かる」
浅陽は弁当箱の蓋を閉じるとガタリと立ち上がった。
「浅陽ちゃん?」
秋穂が心配そうに浅陽を見上げている。
「大丈夫だよ、秋穂。なんか依頼っぽいし、少なくとも今は敵意は無いみたいだし。ね?」
「ああ」
浅陽の確認に元総長は頷いた。
「ごめんね、秋穂。お昼はまた今度」
「うん」
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
浅陽は秋穂に手を振って、元総長の後について教室を出て行った。
つづく
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