第8話 午前中はうたた寝日和
水薙浅陽の朝は意外に早い。
朝は五時に起き出してまずアップを兼ねたランニング。ハーフマラソン程の距離を世界記録くらいの速さで戻ってくる。あくまでアップである。
次に学院の道場に向かい柔軟体操をした後、優に一時間は真剣で素振りを行う。
これらは彼女の中で習慣と化しているので、行わないとかえって調子が悪くなる。
最後にクールダウンがてら一キロ程流して戻ってきたのは【ミラージュ】という名の喫茶店。しかし彼女はその前を通り過ぎて【ミラージュ】の入っているマンションへと入っていった。
そこは【ミラージュ】と同様にマンションのオーナーが管理している物で、学院生の寮として現在使用されている。寮と言っても元々一人暮らし用の賃貸マンション用に建てられた物件なので共用の食堂や大浴場等は存在しない。
そして主に【
浅陽も実家から通えない事もないのだが、【異能研】やお役目、朝の鍛錬等の都合を考えて特別に寮の部屋を与えられている。
風呂やキッチンは各部屋に完備されている。風呂を沸かすのは一人でも出来るだろうが、炊事はそうもいかない者もいる。
そういった者は一階の【ミラージュ】でお世話になる。何より学院指定の店でもあるので学生証端末での支払いも可能となっている。尚、学院生なら二割引き、二階より上の寮生なら半額というおまけ付きだ。
浅陽はシャワーを浴びてスッキリした後、制服に着替えて登校の準備が出来てから【ミラージュ】とで朝食を摂ることにしている。
逆にミシェル・J・リンクスの朝は意外と遅い。夜遅くまで瞑想や研究をしている為だ。
そして浅陽がすべてを終わらせて朝食にありつく頃に【ミラージュ】に顔を出す。先にカフェに入った方が席を取り、そこで共に朝食を摂るというのがいつからか暗黙の了解となっていた。
『先日逮捕された連続通り魔事件の容疑者の少年ですが、所持品から【
店内に設置された55インチのテレビからニュースが流れている。
『次のニュースです。昨年末から続く【
「この国は治安がいいと聞くけれど、精神の治安は幼稚園児レベルね」
「そうね。モンスターなんちゃらってのも増えてるし、この国の人はなんかおかしな方向に向かってる感じはするわね」
そうして今日も、二人は共に学院へと向かう。
「ぁ……ふ……」
ミシェルは手を口に添えて欠伸した。
「また夜更かししてたんでしょ」
「あなたこそ、結構遅くまで起きてるのによく毎朝鍛錬を欠かさないわね」
「あたしのはもう習慣だし。ミシェルはもうちょっと体力つけた方がいいよ」
「こう見えてもそこらの一般人には負けないわ。魔術を使うのにも体力は必要だもの。それにワタシとアナタでは戦闘スタイルがほぼ真逆だからアナタ程いらないわ」
「そんなもんかなぁ」
浅陽としてはミシェルの体力に不満があるようだ。
「朝早くから鍛錬するのもいいのけれど、授業中はもう少し起きていた方がいいと思うのだけれど」
浅陽は授業中はほとんど机に突っ伏して寝ている。
「あたしやあんたみたいな人間には、学校の授業より大切な事があるんじゃなかったっけ?」
「確かにワタシは学校の授業より大切な事があるとは言ったけれど、学校の授業が大切じゃないと言った覚えはないわよ」
そんなに大切でもないけれどと、ミシェルは心の中で付け足す。
「べ、別に疎かにしてるつもりはないし。テストだって赤点は取ったこと無いし」
「取ったことないだけでギリギリのくせに」
ちなみにミシェルは上位にいる。
「あ、あんたには関係ないじゃない」
「大アリよ。アナタに関する教師陣からの文句が全部ワタシの所にくるのだから」
「そっ、それは、たしかに悪いとは思うけど」
改めてその事実を聞かされて浅陽は消沈した。
「だったら、フリでもいいから文句が来ないように振る舞ってもらえると嬉しいのだけど。……それとも、水薙家の次期当主ともあろうお方がそんな事も出来ないのかしら?」
「そ、それくらい出来るわよ!」
「へぇ~。本当に出来るのかしら」
「それくらい簡単よ。見てなさい」
見事に挑発に乗ってしまった浅陽は自身満々にそう言い切った。
ミシェルには未来視等の能力は無いのだが、数時間後の未来が見えた気がした。そしてまた湧き上がってきた欠伸をした時にふと、「ああ、これが俗に言うフラグというやつなのね」と、欠伸を隠す為に添えた手で口を隠したままクスリと微笑んだ。
『一時限目』───〈化学〉
浅陽が板書をノートに書き写している。それを横目に見ていたクラスメイトや授業を行っている教師には戸惑いの表情が見られた。
『二時限目』───〈世界史〉
授業を聞いていた浅陽だが、後半になるにつれてうつらうつらと舟を漕ぎ始めた。
『三時限目』───〈数Ⅰ〉
遂に力尽きて浅陽は机に突っ伏して眠ってしまった。周り……特に後ろの席の人物は盛大な溜め息を吐いた。
『四時限目』───〈古文〉
相変わらず眠り続ける浅陽。途中ガタンと大きな音を立てて起き上がった。それに驚いた隣の女子がビクッと肩を揺らす。注目を集めるものの、再び机に突っ伏して眠り続けた。
そして四時限目の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「んん~っ、よく寝たぁ」
浅陽は大きく伸びをした。そして気づく。後ろの席からの突き刺さるような冷たい視線に。
「───はっ!」
「随分と気持ち良さそうに寝てたわね」
銀髪の少女は呆れて溜め息を吐いた。
つづく
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