第5話 不可視の違和感
「ちょうどいいところに来たわ、カナ」
通話を終えた浅陽がカナと呼ばれた少女の方を向く。少女のショートカットの髪は藍色で、寝癖のような癖っ毛でボサボサ、鎌首を擡げたようなアホ毛がアンテナのように立っている。
「ちょうどいい……とはどういうことですか、浅陽様?」
浅陽の方を向いたその目は閉じられている。
「あんたに視てもらいたいモノがあんのよ。『
浅陽はあえてその少女をフルネームで呼んだ。それは友人としての彼女ではなく、【
その中にはほんの少しだけ『様』を付けた仕返しが入っていた。
七波奏観は、浅陽のいつもより僅かに低い声色から、それが極めて重要なモノであると窺い知る。
「あんたのその瞳なら〝コレ〟が何か分かるかもしれない」
「〝ソレ〟ですか……」
目を閉じているにも拘らず、奏観は氷漬けになった物体の方に顔を向けた。
「負の気配をビンビン感じますね」
そしてその瞼を開いた。
七波奏観のその瑠璃色の瞳には、色や形といった見た目の情報とは別に、通常では目に見えない情報も飛び込んでくる。熱、呼吸、鼓動等のバイタルサインに加え、霊力や魔力といったチカラの波動を見極める事が出来る。
「これは……」
「カナ?」
「悪意の塊? ……なんでしょうか? 少し違うような……でも、」
奏観からは戸惑う様子が窺えた。
「……これはもしかして」
「何か分かった?」
浅陽の問いに奏観は再び瞼を閉じて首を横に振った。
「外見からでは詳しくは分かりません。もう少しキチンと調べる必要があるみたいです」
「そう。ありがと」
浅陽は残念そうに苦笑した。
「ただ、悪意だけを煮詰めて型に流し込んで作られたような。少なくとも第一印象はそんな感じです」
そこへ大勢の人間が雪崩れ込んできた。揃いの紺のツナギを着た彼等は、浅陽達も面識のある【異能研】の回収班だ。
「氷漬けになっているけど、また動き出さないとも限らないから。割れてしまわないように気をつけて」
ミシェルが回収班に指示した。
「……だそうよ」
言う通りにして、といったニュアンスで浅陽が言うと、
「了解しました!」
回収班は全員、浅陽に向かって敬礼した。
「さすがはアサヒ様ね」
「あんたまでやめてよ。あたしはよしてっていつも言ってんだけどさ」
半ば諦めた表情で浅陽が言う。
「ねえ、アサヒ」
「なに?」
「二年前。コイツと遭遇したのね?」
「……もしかしてさっきの電話聞こえてた?」
「丸聞こえだったわ」
「そうだったわね。まあ、別にひそひそ声で話してたワケじゃなかったし」
「詳しい事を訊いてもいいかしら?」
浅陽はミシェルの目の奥に、彼女らしからぬ燃える何かを見た気がした。
「……そうだね。どうやらあんたもヤツらと因縁があるみたいだし」
その時、回収現場が騒がしくなった。
「なに?」
二人が振り返って見たモノは、亀裂の入った氷の中で蠢く〝
「やはりあの程度では甘かったかしら。なら……」
「あれはあんただけの獲物じゃない。今度はあたしの番」
そう言うと浅陽は右手を目の高さに掲げた。
「
浅陽が声高に詠み上げると、足下から風が巻き起こり、彼女の髪を舞わせた。
「星が導く
掲げた浅陽の右手の前に輝く五芒星が姿を現した。
「暁告げる鐘の声
五芒星を上の頂点から一筆描きでなぞると、それは炎と化して浅陽に向かって逆巻く。
「
浅陽はそれを無造作に掴み、一気に引き抜いた。
「───唸れッ 〈
炎は弾け散り、中から一振りの日本刀が現れた。
〝長さ〟がおよそ七〇センチ、刃紋は八重桜の花びらの様な重花丁子に酷似している。柄は紅くシンプルで鍔には紅炎が刻まれている。全身が一メートル近くに及ぶこの美しい霊刀〈焔結〉は浅陽が持つことで輝きを増し、その真価を発揮する。
散った火の粉が浅陽に触れると燃えるような輝きを放ちながら純白の羽織物が顕れる。戦う意志と呪力が高まることによって顕現する衣装を〝戦闘装束〟と呼ぶ。【
〝戦闘装束〟は着用者の防御力を高め、呪力の使用効率を高める。浅陽の〝戦闘装束〟は〈
霊刀の召喚とほぼ同意に、氷の檻は弾けて〝
回収班の面々も【異能研】に所属する【
〝
「ッ!?」
しかし奏観は余所見をしている。壁に空けられた穴の外を。
その奏観に〝
「お見事です、浅陽様」
赤髪の剣士の一閃は、回収班の誰もが傷一つ付けられなかった〝
「余所見してたら危ないじゃない、カナ」
「浅陽様なら守ってくれると信じていましたから」
「まあね」
浅陽は少し照れたように頬をポリポリとかいている。
「ってか、なんで外なんか見てたのよ?」
「少し違和感を覚えたので」
「違和感?」
「勘違いかもしれません」
肘の辺りから綺麗に斬られた〝
本体は右腕を斬られた瞬間に、電池が切れたようにピタリと動きを止めていたが、浅陽の横をすり抜けるようにぐらりと倒れて床で粉々に砕け散った。
「……これじゃあ回収出来なそうね」
呆気なく粉々になったソレを見下ろして浅陽が言った。
「大丈夫ですよ、浅陽様」
「大丈夫って、これじゃあ……」
浅陽の心配を他所に回収班は掃除機を持ってきて〝
「欠片及び右手の回収、完了しました」
「ご苦労様です」
報告に来た回収班員は敬礼して浅陽の前から辞した。
「それじゃあカナ、分析の方お願い」
「了解しました」
奏観も回収班を追うようにして消えた。それと入れ替わるように今度はミストブルーの作業着の一団がやってきて浅陽に敬礼した。
「復旧班、だだ今到着しました」
「ご苦労様です。よろしくお願いします」
浅陽がそう言うと復旧班は壊れた校舎の壁の修復に取り掛かった。
「それじゃ、あたしらも移動しよっか」
復旧工事が始められたのを見届けると浅陽は生徒会室へと足を向けた。
「…………」
だがミシェルは復旧工事が始められた現場をジッと見つめていた。
(ワタシが追いかけていたのは、本当にあの程度のモノだったのかしら…………?)
ミシェル・J・リンクスは自他共に認める実力者である。その彼女の追跡を容易く躱し続けていた何モノかが、ああも容易く仕留められた事に疑問を抱くのは至極当然の事だろう。
(いくら何でも呆気なさ過ぎる。どこかで入れ替わった……? でも…………)
ミシェルは追跡劇を思い返す。
(そんなタイミングは無かったように思うけれど……)
何度思い返しても結果は同じだった。
(まだワタシの知らない……、いえ、ワタシの覚え違いがあるのかも……)
「ミシェル~? なにしてんの~?」
渡り廊下への曲がり角で浅陽が呼んでいた。
「………………」
消化不良なのは否めないが、後ろ髪を引かれる思いでミシェルはその場を後にした。
つづく
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