第6話 共通する仇

 生徒会長の机の前で浅陽達の報告を受けて、生徒会長である迅水めぐりと顧問である榊原梨遠は神妙な顔つきで黙り込んでいた。


 そしてもう一人。前髪に赤いメッシュの入った長身痩躯の男子生徒がその場に同席していた。


「間違いないんだな、浅陽?」


「うん。あの日、あの時目撃したあたしの事が信じられないの、兄貴?」


 赤いメッシュの少年は名を『水薙 誠夜せいや』といい、正真正銘浅陽の一つ上の兄である。


「あの時俺は現場には居なかったからな。というよりむしろわけだが……。その〝ヤツ〟がまた……」


 誠夜は悔しそうに拳を握りしめた。


「黒い人形ひとがた───〝黒晶人形モリオンゴーレム〟……」


 めぐりは短く溜め息を吐いた。


「あの時、私達も現場にいましたが、あの黒い人形ひとがたを誰も見ていません。


「間違いなく、『悠陽ゆうひ』はあの〝黒晶人形モリオンゴーレム〟に殺されました。あたしの目の前で……」


 しかしそう言った浅陽は、胸の内にほんの僅かにもやっとするモノを感じた。


「もちろん浅陽さんのことは信じています。確かにあの時、奏観さんが凄まじい妖気を観測していたのが何よりの証拠です。ですがそれを未だに疑っている者もいるのも事実です」


「……って言いたいんですよね?」


「お前がそんなことするわけがないっ! の事を知ってる人間だったらそんな考えには至る筈がない!」


 誠夜は生徒会長の机を叩き割りそうな勢いで拳を叩きつけた。


「学院の備品は壊さないでくださいね、誠夜さん」


「すまん。だが───!」


「一ついいかしら?」


 それまで黙っていたミシェルが割って入った。


「どうしました、ミシェルさん?」


「〝ユウヒ〟というのは誰かしら?」


「そういえばミシェルさんにはまだ話したことはありませんでしたね」


 そう言うとめぐりは浅陽の顔を見た。


「よかったら聞かせてもらってもいいかしら? さっき聞きそびれてしまった〝二年前の事〟を」




 コンコン、と女は扉をノックした。


「どうぞ~」


 中から気の抜けた声がした。女はまたか、と思いつつノブに手をかけた。


「失礼します」


 女が扉を開けたそこは執務室になっている。彼女の正面の重厚なデザインの机では、ブロンドの髪をオールバックにしている部屋の主が、手にした写真立てを眺めていた。あまりにも予想通り過ぎる光景に、女は頭痛がした時のようにこめかみを押さえた。


「……また見てるんですか?」


「いいじゃないか。可愛い娘の写真だぞ? 仕事で会えない間に眺めるのは俺の自由だ」


 今に始まった事じゃないと女は深く溜め息を吐いて、そして頭を切り替えた。


「それより、報告があります」


だと? 可愛い娘をそれ置いておけるモノなど世界中何処を探してもあるものか」


 男は自信満々に言った。


「そうですか。じゃあ事も報告の必要が無いということですね」


 そう言って女が退出しようとしたところ、


「待て」


 男がそれを止めた。そこに先程までの親バカな雰囲気は無い。


というのはの事かね?」


「はい」


「そういう事は早く言いたまえ」


「ですが、をそれ置けるモノは世界には無いと仰ったじゃありませんか」


「それはソレ、これはコレだ」


 なんとも便利な言葉だと女は呆れていた。


「それにからの連絡だろう? だが……」


 男が眉間に皺を寄せて深刻な表情をした。女にもその緊張が伝わるが……、


「何故私の所に連絡を寄越さないんだ」


 女は再び深い溜め息を吐いて、この組織は本当に大丈夫だろうかと割と本気で心配していた。




 浅陽達が下校する頃には既に陽が暮れ、気温はグッと下がっていた。


「めっきり寒くなったわね。そろそろ冬物のコート出さないと」


 浅陽は両手をブレザーのポケットに入れながら歩いていた。


「そう? これくらいならまだ暖かい方だと思うのだけど」


 そう言うミシェルが吐いた息も白い物だった。


「それにしても、【顕現者あたしたち】の敵、か」


 浅陽はポケットから手を出して頭の後ろで組んだ。


「まだそう断定されたワケではないわ。【顕現者マテリアライズ】を狙う事が多いというだけで、他にも未報告のモノがあるかもしれない」


「それじゃあ、アレがあんたの獲物ってどういう意味?」


 一瞬剣呑な空気が流れたが、すぐにまた普段の彼女に戻って、


「さっきも言ったと思うけど、【ヘブンズノーツワタシたち】は〝黒晶人形ヤツら〟の存在に逸早く気づき、だと」


「それだけ?」


「他に何があるというの?」


「〝黒晶人形アイツ〟を前にした時のあんた、見たことないような顔してたからさ。それに今も一瞬だけど同じ顔してた」


「……アナタ、たまに鋭いわよね」


 呆れたようにミシェルは言った。そして、


「そうかもしれないというだけよ」


 今度は表情を変えずに言った。


「心当たりがあるってこと?」


「そんなところよ。それもアナタに負けないくらいのね」


 浅陽の過去を聞いた上でミシェルはそう言った。


「そっか」


 浅陽は変わらぬ様子でミシェルの少し前を歩く。


「……訊かないのね?」


「ん? 話したいんなら聞くけど?」


 ミシェルはそれに沈黙で応えた。


「聞きたいっちゃあ聞きたいけど、無理には聞かない。あたしに負けないくらいの事があったってんなら、なおさらね」


「そう」


 ミシェルはほんの少し安堵して、ふと空を見上げた。燃え盛る炎のような夕焼けのオレンジ色が、まるで彼女の心の中を映し出しているようだった。


 その時、シリアスな空気をブチ破るように、浅陽の腹の虫が鳴いた。


「……ずいぶんと大きな音ね」


 ミシェルが呆れて言った。


「たはは……。でもさ、無理もなくない?」


 そう言って浅陽は前方を指差した。その先には一棟の五階建てマンションがあり、その一階部分に喫茶店がある。店名を【ミラージュ】という。マンションのオーナーが経営する喫茶店で、接客や味の評判も良い人気の店だ。浅陽達はそこの常連だった。


 そして、その店からそこはかとなく漂ってくる美味しそうな匂いが、浅陽の空腹を刺激したようだった。


 その時、愛らしい小動物があざとく懇願でもするような鳴き声みたいな音がした。浅陽が見ると、ミシェルの白い頰に薄く紅がさした。


「んふふ〜」


「な、なにかしら?」


「いいえ、べっつに〜」


 ミシェルは誤魔化すように咳払いをする。


「……ちょっと早いけど食べてしまいましょうか」


「さんせ~」


 そうして二人は香ばしい匂いの満ちた店内へと入っていった。




つづく

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