第4話 〝御当主〟

 久遠舘学院高等部の南北の校舎は各階二ヶ所の渡り廊下で繋がっていて、南校舎は主に各クラスの教室が、北校舎は音楽室や視聴覚室等の特別教室として使用されている。


 北校舎の更に北側に【念晶者クリスタライズ】に覚醒した者が使用する実技演習場があるのは周知されていると思うが、他の三方向───東と南、そして西からも渡り廊下があり各施設へと繋がっている。


 東は教職員棟。 


 南は食堂を経由して体育館へ。


 西は部室棟へと繋がっている。


 そして西側の渡り廊下の校舎と部室棟の間には生徒会棟が存在する。二階建ての集会所の様な外見の建物は一階が会議室と倉庫、二階が生徒会室となっている。


 その生徒会室では、部屋の主と言うべき女子生徒が、一ヶ月後に迫った『聖夜祭』の資料作りをしていた。


「まったく……。この忙しい時に学院への侵入者だなんて」


 そうボヤきつつも、鍵盤の上を指を滑らせるように演奏するピアニストのようにノートPCのキーボードを叩いている。


 『聖夜祭』とは、久遠舘学院の起源である修道院の数少ない名残りである。この日の放課後にその会議の予定が入っていたのだが、思わぬ邪魔が入ったので急遽翌日に変更を余儀なくされた。


 少女はリズムよくキーボードを打ち、最後にエンターキーを押した。


「……ふぅ。こんなものでしょうか」


 少女は出来上がった書類を見直す為に画面を上へスクロールさせる。


「おっと。大事な箇所が抜けてましたね」


 カタカタカタとキーボードを打つ。


《総責任者 生徒会長『迅水はやみ めぐり』》


「自分の名前を入れ忘れるところでした」


 めぐりは再び下へ下へとスクロールさせて抜けや間違いが無いのを確認した。


「……これでよし。なんとか会議に間に合いましたね」


 少女はデータの保存が確認出来ると、椅子の背もたれに思い切り寄りかかって、ん~と伸びをした。


 濡れ羽色の艶やかな髪が、窓から射し込む晩秋の陽射しに照らされ黒い宝石を思わせた。


 その時不意に、机に置かれた携帯端末が着信を知らせブブブと震えた。


「侵入者捜査の報告でしょうか?」


 端末の液晶画面を見る。


「浅陽さん……ですか」


 めぐりは苦笑を浮かべた。


大怪我とかしてなければいいのですけど」


 あの子は偶にやり過ぎてしまうきらいがあるのでと、少々矛盾したことを考えながらめぐりは通話をタップした。


「もしもし」


『お疲れ様です。浅陽です』


 浅陽の声に違いないのだが、めぐりはそれに違和感を覚えた。


「……お疲れ様です。侵入者は見つかりましたか?」


『侵入者? 何の話です?』


「何の話って……」


『それよりそこに『カナ』いませんか?』


 久遠舘学院の敷地の周囲には結界という名のセキュリティが働いている。そこを〝悪意〟を僅かでも持つモノが通った場合、学院内の【異能研】関係者の端末に報せが届く。


 この日も午後の授業の最中に何モノかが網に掛かった為に【異能研】の面々にメールが送られた。めぐりは浅陽にそれを確認しようとしたのだが、余程大事な用件なのか浅陽は話を続けた。


「『奏観かなみ』さんでしたら侵入者の捜索に出てますよ」


『だから侵入者それどころじゃないんです、めぐりさん』


 浅陽の声のトーンが再び剣呑さを帯びる。


 めぐりは彼女の事をよく知っている。同じ【異能研】に所属する身なので共に〝仕事〟をした事もある。だがその中でも浅陽が今程剣呑な様子を見せた事は無い。


 いや、一度だけあった。それは───


『出たんです』


 めぐりがかつて起きた出来事を思い浮かべる前に電話口から声がした。そしてそれを聞いた彼女は予感するものがあった。


「……出た、とは何がですか?」


 恐る恐るめぐりは聞き返す。


『……二年前のアイツです』


「ッ!?」


 その声はめぐりでもゾッとする程怒りに満ちていた。


「一体どこで……?!」


 侵入者騒動の事も忘れてめぐりは聞き返す。浅陽の言う二年前の事件に居合わせた彼女にとっても捜していた相手だ。


『北校舎の一階です』


 彼女のいる生徒会室から眼と鼻の先だ。どうやらめぐりは書類作成に集中し過ぎて気づかなかったようだ。


「詳しく聞かせてもらえますか?」


『えっとですね……』


 浅陽は一部始終の経緯を話した。


「〝黒晶人形モリオンゴーレム〟……」


 姿筈なのに、なぜかその黒光りする人型の化け物を容易に想像することが出来た。


『ミシェルが何か知ってるらしいんで、詳しいことは彼女に訊いてください』


「それでは今ミシェルさんと一緒なんですか?」


『はい。あの子が昼休みくらいから追いかけてたらしいんです。それであたしの前に現れたと思ったら氷漬けにして回収しようって』


「昼休みから……。もしかしたら侵入者の件もこれで解決かもしれませんね」


『侵入者ってもしかしてさっきの緊急連絡の……?』


 浅陽は確認しようとしていた緊急連絡メールの事を思い出した。


「今回は色々と立て込んでいたようなので煩くは言いません」


『すいません……』


「それでは回収の件は早速手配しておきます。氷漬けになった〝黒晶人形モリオンゴーレム〟とやらは北校舎の一階でしたね?」


『はい。……あ、カナ』


「奏観さんが現着ですか。それでは至急回収班を向かわせます」


『お願いします。こっちは少しでもカナに分析をお願いしておきます』


 通話が切れた。そしてすぐにめぐりは別の番号を選択して通話を押した。


「迅水です。大至急回収班の手配を。〝御当主〟からの命令です」




つづく

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