かばつがし

 エイプリルフールで嘘をついていいのは午前中まで。午後にはネタバラシをしなければならない。

 それなりに有名な俗説だ。近年、SNSの発達により普及してきたイメージがある。他にも、その日についた嘘は一年間叶わないだとかなんとか。

 とかく、四月馬鹿などというくだらない風習で浮かれている愚かな人々を、僕は心底見下していた。

 新入生の受け入れ準備で浮き足立った生徒達は、お昼前で気が緩んでいることもあってか、下らない冗談で盛り上がっている。大掃除の真っ最中だというのに不真面目なものだ。

 そんな彼らとは対照的に真面目に掃除に励む僕を、遂に神様が見初めてくれたらしい。

 とある女の子に声をかけられたのだ。

「ねえ、ちょっとこっち来てよ」

 彼女はクラスでも人気の高い……手垢のついた表現をするなら、いわゆるマドンナ的な存在だ。影の薄い僕にも積極的に話しかけてくれる、慈愛に満ちた美少女。そんな彼女が、間違いなく僕に向かって手招きをしていた。

「どうしたの?」

 努めて平静を装い歩み寄ると、彼女は空き教室を指差した。

「ちょっと入ってみてよ」

 なんのことだろうかと思ったが、逆らう理由も特にないので足を踏み入れる。と、背後でピシャリと扉が閉められた。

 鍵もガッチリ閉められている。閉じ込められたのだ。

 これも一種のエイプリルフールなのだろうか? 適当な椅子に腰掛け、窓の外に目をやる。彼女の意図が読めず、僕はただただ無為な時を過ごす。

 はずだった。

 ふと気づく。窓の外、校庭の隅で何かが動いている。

 窓に近づき、目を凝らす。

 目を疑った。

 腕のない、肩幅と同じぐらい大きな頭を持った人間が、がに股でステップを踏みながらこちらに近づいてきている。

 僕は叫んだ。言葉にもならない悲鳴でがなりたてながら、閉めきられた扉を何度も何度も叩く。

 反応はない。

 振り返る。がに股の人間は着実にこちらに迫っている。

 また何度も扉を叩く。

 反応はない。

 振り返る。がに股の人間が窓に体を擦り付けている。

 口をもごもごと動かし、何かを呟いていた。

「かばつがし かばつがし かばつがし」

「助けて! 出してくれ! ここから出してくれ!」

 渾身の力で体当たりする。しかし扉はびくともしない。

「かばつがし かばつがし かばつがし」

「助けて! 誰か! 助けて!!」

「かばつがし かばつがし かばつがし」

 その時だった。

 時計が十二時を指し、カチリと音を立てる。

 同時に扉が開かれて、僕の体が廊下に投げ出された。

「なーんてね。エイプリルフールだよ」

 息も絶え絶えに振り返る。窓にはなんの姿もない。

 声に反応して振り返ると、あの子がにっこり笑顔を浮かべている。

「いや、一体あれのなにが冗談だったんだよ」

 自然と語気が強くなってしまう。彼女は怯みながら言い返す。

「ご、ごめんって。怒らないでよ。エイプリルフールじゃん」

 それからどれだけ問い詰めても、彼女はエイプリルフールの冗談だとしか言わなかった。口に出すのもおぞましいアレの正体は、結局わからずじまいだ。

 あんな冗談があってたまるものか。やっぱりエイプリルフールなんて大嫌いだ。

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