恐怖体験

獣道

 高校を卒業してすぐに免許をとった。隠れてコソコソ教習所に通う日々とはこれでオサラバだ。車も準備してある。そのために必死でバイトした。憧れのオープンカー。色は情熱の赤。……まあ、親父の知り合いがやっている中古車屋に頼み込んで、格安で売約してもらったのだが。

 それでも、これで俺も立派なドライバーだ。これから毎日ドライブに出かけるぜ。初日は海の見えるあの丘までかっ飛ばすんだ。

 ……そう意気込んだものの、実際に車を受け取った時には夕方になっていた。初乗りが夜なのは危ないだろうと、親父も母さんも許してくれなかった。

 だが、その程度で諦める俺ではない。深夜にこっそり家を抜け出して、俺はあの丘目指して車を転がしていた。

 冷たい夜風が気持ちいい。やっぱりオープンカーにしてよかった。

 ナビを頼りに慣れない道を走る。運転席から見た景色はなにもかもが新鮮で、深夜帯の静けさも相まって、まるで異世界にでも迷い込んでしまったかのようだった。

 だからだろうか。

 道の先にバケモノが見えたのは。

 ギラギラと光る赤いまなこ。大きく開かれた口の中で、舌が不気味に蠢いている。

 逃げなければ――直感した俺は、すぐさまナビに目を落とす。バケモノの手前に急カーブがある。視線を戻すと、バケモノは目の前に迫っていた。

 急ブレーキに急ハンドル。危険運転のコンボを決めて、俺はバケモノの目の前ギリギリを通過し、その少し先で停車した。

 背もたれに体重を預け、半ば放心する。

 心臓が破裂しそうだ。ダラダラと流れ落ちる冷や汗が、綺麗にしたばかりの座席のシートを濡らす。

 どれぐらいそうしていただろうか。ようやく落ち着いて、自分が何に怯えていたのかを思い出す。恐る恐るそちらに視線を向けると――そこには、赤い大きな反射板が二枚、設置されていた。

 すぐ下にある白いガードレールと合わせると、なるほど確かに顔のようにも見える。遠くから照らすヘッドライトの光を反射したことで、大きなバケモノのように見えたのだろう。

 幽霊の正体が枯尾花であったように、このバケモノの正体は反射板とガードレールだった。知ってしまえば大したことではない。だが、どっと疲れた。

 夜間に一人で家を飛び出した不良少年への天罰が下ったのかもしれない。もう危険運転はこりごりだ。海の見える丘を諦めて、俺は来た道を引き返した。

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