怪異

おやどの幽霊

 クラスに気になる女の子が居まして。

 いや、まだ好きとかそういうのじゃないんですけど。仕草や話し方に愛嬌があって、でもカワイイ系かと思えばそういうわけでもなく。化粧のおかげか顔立ちは大人びていて、さらさらとしたロングヘアーがよく似合っている。

 今日は修学旅行なんですけど、私服な彼女はやっぱり大人びていて。

 大浴場の前でバッタリ会って少し話して、やっぱり可愛いなと思ったり。

 ネットなんかじゃ幽霊が出ると言われるほどに古びた……もとい歴史あるこの旅館は時間で男湯と女湯が入れ替わる古きよき方式。ならラッキースケベもあるんじゃないかと僕含め男子は期待していたんですが、残念ながら入れ替わりのタイミングで夕食を挟んだのでそんなイベントは起きませんでした。ちゃんちゃん。

 入浴時間が大雑把にしか指定されていなかったもので、僕は一人で入れるように他の生徒が軒並み帰ってきたタイミングを見計らって大浴場へ向かったんですよ。広い温泉を貸し切りだなんて素敵じゃないですか。

 そしたらね、彼女が居たんですよ。友達と二人で入りに来てたみたいでして、バッタリ会って。やっぱり可愛いな……と、この話はもうしましたね。

 そんなわけで嬉しくなっちゃって。ルンルン気分で貸し切り風呂を堪能しましたよ。温泉街が一望できる景色のいい露天風呂がありまして、これが風情ってやつなんでしょうね。

 それだけでも大満足だったんですけど、そろそろ体も温まったし上がろうかなと思ったところでね、聞こえてきたんですよ。女子の話し声が。

 当然、それは彼女と友達の話し声。そりゃちょっとばかし聞き耳を立てちゃうのも仕方がないことだと思うんですよね。それも話題が気になる男の子の話ときた。

 友達の子が追及して、それを彼女が誤魔化してる感じで、最初は曖昧に終わるかなって感じだったんですよ。

 でもしびれを切らした友達の子が、かなり強引に迫ったんですよね。誰が好きなんだって。水飛沫が跳ぶような音もしたんで、いろいろしてたんでしょうね。

 そしたら彼女、なんて言ったと思います?

 僕のことが気になるって言ったんですよ。

 もうびっくりしちゃって。続きを聞けばいいものを急いで上がって体を拭いて、一刻も早くこの火照る体を冷ましたくて、大浴場前の扇風機を浴びに行ったんですよね。

 そしたらですね、彼女が居たんですよ。長い髪をタオルで巻いて、椅子に腰かけてコーヒー牛乳を飲む彼女が。

 もう心臓バックバクですよ。昨日の今日どころじゃない、ついさっきの話ですからね。

 なんて話しかけたものか。あの話聞いたよって言ったらなんか聞き耳立ててたみたいで気持ち悪いじゃないですか。かといって平静を装うのも難しくて、ならいっそのこと告白してしまおうかと。いろいろ考えたわけですよ。十秒ぐらいね。

 それぐらい考えると多少は冷静な自分も顔を出してきまして。エアコンも効いていましたからね。それでね、思ったんですよ。

 なんで彼女がここにいるんだ? と。

 だっておかしいでしょ。僕はすんごい早さでお風呂上がったんですよ。そのすぐあとに彼女が出てきたとしても、女の子の支度が僕のそれより早いわけがない。つまり彼女が僕より早くここにいるのはおかしいんですよ。

 でも確かに彼女はここに居るんです。今トイレから戻ってきた友達と合流して、僕に会釈して去っていってしまったんですが、確かにここに居たんですよ。

 それじゃあ、僕が聞いていた声は一体誰のものだったんでしょう?

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