第7話 アムさんおこなのです
さて、好きな女の子が出来た男子というのは、その女の子に嫌われたくないけど、微妙にこっちに意識はして欲しくて、でも、好きなのは悟られたくないから、変にかっこつけたり、特別扱いしたりと、はたから見るとバレバレになってしまう。というのが、うちのあぁ見えてというか、たぶんあぁだからモテる姉さん談。
惚れられた女子側にはそう思われる事だけ避けたいはずなのに、僕ら男子は何故そうなってしまうのか。
地下鉄はこの時間人で埋め尽くされ、相変わらずぎゅうぎゅう詰めになっている。
今僕らは開閉扉と、座席との間の壁に二人いる。何とかアムの為に空間を作ってみるように励んでみたものの、うん、ごめん、体勢的に両手壁ドンみたいに、アムに僕が覆いかぶさってるようになってしまっている。触れては無いよ。痴漢ダメ絶対。と誰に向けてか分からない注意喚起を脳内に浮かべたりして、アムから香るシトラス系の甘い匂いの事を考えないように必死である。
「コーマ、大丈夫です?」
「全然大丈夫だよ!」
「物凄く大丈夫じゃない顔です!」
驚きの表情のアムも可愛いなぁ。……いや、ダメだよこれ。ただでさえアムを意識しちゃってるのに、考えないようになんて、僕が出来るわけないじゃないか!
どうすればいいのかと葛藤してる最中、急にアムがボソッと呟く。
「やっぱり、日本の電車の使用率は凄いです。向こうとは大違いです」
「日本のって……」
あぁ、そういえば、若干気になっていた事があったし、アムの事を色々聞いて、自然な自分で接する事が出来るようにするしかない!
「アムってアメリカからこっちに来たんだよね? 苗字が
「はい、ママがアメリカ人で、パパが日本人ですよ」
「やっぱりそうなんだ。日本語ペラペラだけど育ったのは日本ってこと?」
「生まれは日本ですけど、小学生ぐらいからはずっとThe States……じゃなくてアメリカでしたね」
「えぇ!? その割にはウィルさんも含めて日本語上手すぎない? 発音とかも完璧だし」
実際問題難しい言葉とか難なくこなしているし、さっき漢字の話もあったから、その辺も
するとアムは何でもないことを言うように説明してくれた。
「パパが日本語しか喋れないので、お家では日本語よく使ってましたから。日本の漫画も日本のアニメも日本のお料理も大好きです」
ニコーっと大好きという言葉と共に微笑みかけられると当然ドキッとしてしまう。
思わず視線を横にしようとすると、アムがその視線の方に首を傾けて、僕の目線を追っかけてきた。ドキドキさせる天才かな?
「今度は私からの質問です。コーマは何が好きで、いつも何してる人です?」
「何が好きって……」
君だよ。とも言えるわけもなく、アホな妄想はやめて普通に答える事にする。
「好きなのは映画かなぁ。邦画も洋画も好きだよ。休みはバイトしてるか、映画見てるかかも。テニスも好き……だけど、色々あって今はやってないかな」
ちらっと嫌な思い出がフラッシュバックしかけたが、アムが何故か心配そうな顔でこっちを見ている方が気になる。
「怪我、とかですか?」
「怪我……ではないけど、うん、なんか好きだったはずなのに、やりたくなくなっちゃったんだよね」
……って、僕は会ったばかりのアムに何を話し始めてるんだ。明るく誤魔化さないと……。と思っていたら、何故か優しい表情でこちらを見ているアム。
「そういうことも、ありますよね」
「え……」
「私も、大好きだったものが、何故か
「そっか」
深くは聞かないけど、共感してくれていたみたいだった。その反応が有り難くて、またアムはいい子だなと思ってしまう。
次の駅到着時に、知っている顔が地下鉄に乗ってきた。
「あれ、おはよう、
「あ、
クラスの優等生って言えば、多分全員島原くんを想像する。
「はっはっは、今日も変な声だね君は」
「え、あぁ、うん」
決して僕と仲が良いわけではないとは思うんだけど、よく話しかけてきて、こうして人のコンプレックスを突っついてくる。
まぁ、クラスじゃ僕が地声で喋るたびに、くすくすと馬鹿にした笑いが起きるくらいだから、こうやって悪意とは思えない感じで笑ってくれるだけ、貴重な存在ではあるんだけど……。
「おや? 彼女は?」
「あ、あぁ、こっちは、
「シマバラ……島原の乱」
「そう、その島原って漢字で合ってるよ」
「天草四郎のやつですね」
「漢字だけじゃなくて日本史まで
アムさん本当すんごいぞ。ふふんってドヤ顔してるだけの事はあるぞ。
「へぇ、海外からか。そういえばうちの高校海外留学生の受け入れとかやってたなぁ。島原虎吉。西東くんの
そこまで言ったんなら友達って嘘でも言ってくれても良いんじゃないかなぁなんて、軽く泣きそうになっていると、アムは差し出された手を見てキョトンとしている。
あ、そっか。島原くんの声が聞こえてないのか。
「ごめん、島原くん、アム……ールさんは、耳が聞こえないんだ」
「え? いやいや、君と話していたのに?」
「あ、あぁ、それは、僕の声だけは、何故か、アムールさんには聴こえるみたいで」
「えぇ? 君の声だけが? それは難儀だなぁ。ずっとおかしくて笑ってしまうじゃないか」
はっはっはと笑う姿に、僕も苦笑しか出来ないでいると、アムが尋ねてきた。
「どうしたんです?」
「ごめん、アムの耳が僕の声しか聞こえない事を説明したら、ほら、僕の声しか聞こえないなんて、残念だよねっていう、笑い……」
そこまで言うと、アムが僕の横から、島原くんの前までずいっと出ていき、ニコッと笑った。
「私、シマバラとは仲良くしません。人の嫌がる事を笑う人は、私の友達にはいらないので」
「え?」
「え……」
ええええええぇ!? どストレートに友達申請断っちゃったアムさん!
「嫌……がるって」
島原くんが言葉を続ける前に、アムが
「あなたが笑ってる時のコーマが、ちゃんと笑えてませんでした。私はコーマと仲良くしたいので、コーマとちゃんと一緒に笑い合ってくれる人としか友達になる気はありません」
「笑って、なかった?」
島原くんが僕を見る。その顔は悪意ではなく、純粋に困惑してるようで、アムだけに言わせてしまった自分が情けなくなりながらも、思ったまま口にする。
「実は、声が変なの、僕のコンプレックスで。みんながそれで笑ってくれるから、いじめって感じでは無いとは思ってるけど、嫌ではあったから」
「あ……」
息を呑んだ島原くんは、ぎゅうぎゅう詰めで狭い車内なのに、ちゃんとこちらに真っ直ぐ向き合って頭を下げた。
「ごめん、西東くん。無神経だった。君が一緒に笑ってくれるから、てっきり、そういう事で笑い合う事を、一種のコミュニケーションだと思ってしまっていて。気にしてた事にも気づけず……本当ごめん」
「いやいやいや、ちゃんと言えない僕がダメなだけで。島原くんはいつも馬鹿にしたっていうより、単純におかしがってくれてるっていう感じっていうか、あぁ、上手く言葉に表せないんだけど」
「……もしよかったら、そういう嫌なことがあったら言ってくれ。仲良くしたいのに、嫌われるような事はしたくない」
「え、それって」
軽く下げたままだった頭を元に戻して、うかがうように、僕と目を合わせる島原くん。
「友達になってくれると嬉しい」
「え、あ、うん! こちらこそ!」
そう返すと、島原くんはホッと胸を撫で下ろして、ふっと柔く笑った。
自分が分からなくなっていた友達という関係において、こんなすんなりと上手くいってしまったのは、幸運が過ぎてしまうようで怖くなってしまう。
「もし良ければ、杵柄くんも、俺と仲良くしてくれると嬉しいな」
「僕も、島原くんとアムが仲良い方がいいかな」
「よろしくシマバラ。杵柄アムールです」
「手のひら返すのが早過ぎないか!?」
アムに差し出された手と、今度こそ握手した島原くんの小声での叫びが漏れる。
そこで地下鉄内で青春の一幕をしてしまった事で、周りから生暖かい視線を受けた事に気づいたので、恥ずかしいやらなんやらなのは、ちょっとした不幸なので、うん。幸も不幸もプラマイゼロって事で一つ。
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