第5話 僕の声だけが
めちゃめちゃ広い車内に、僕の横にピッタリと付く
「随分急に仲良くなったんだな」
「すみません!」
「何故謝る……?」
あ、妹に急に近づいてきた変な虫と思われたんじゃなかったのか……。
「えっと、ありがとうございます。お兄さん、わざわざ僕も乗せてもらって」
「
「急に馴れ馴れしく思われてしまうんじゃ。ねぇ杵柄さん?」
「馴れ馴れしかったです?」
「うん、何故僕は質問返しされたのかなぁ」
「日本人は奥ゆかしいというやつですね」
「海外じゃ男女いきなりこんな急に距離詰めるの!?」
すげぇや海外。行ける気がしない。
アムは何故かふぅとため息をついて僕から少し離れて窓の外を見始めた。ちゃんとさん付けで呼んでも馴れ馴れしいって事だろうか。どうしろというのか。
「学校ではアムの事をよろしく頼むよ。コーマ……で良かったのかな?」
「あ、ハイ。
「本当は俺が付き添うはずだったんだが、アムに嫌がられてね。一人で行くと言うことを聞かないんだ。昨日も部屋で真夜中なのに暴れるし、全くもって面倒臭い妹だよ」
「いや、本人の前でそんな言い方は……」
言われた当人の方を見てみると、何故か景色をそのまま眺めている。凄い。表情も一切変わってない。全く気にしてないのか、仲悪すぎを心配しちゃうレベル。僕が姉さんとそこまで仲悪くないからなぁ。
「あぁ、大丈夫だ。私の言うことは聞こえていないから」
「えぇ!? 兄妹仲悪すぎませんか!?」
「……フッ、ハッハッハッ!」
いきなり堪らずといったように笑い出したマフィア兄さん。さっきまでなら怖かったのだが、サングラスを外し、蒼い瞳から出た涙を拭いながらするその大笑いは、全く緊張のかけらも感じさせない、朗らかなものだった。
「そうだよな。君からしたらそう捉える。はぁー、ここ最近で一番笑った」
「え、え?」
訳もわからず目を瞬かせていたら、ウィリアムさんは、ふぅと一息ついてから口を開く。
「妹は耳が聞こえない。後天的ではあるが、聴覚障害を持ってるんだよ」
「……はい?」
何言ってるんだろうこの人。だって、僕と杵柄さんは普通に喋ってるし、杵柄さん自身全く聴こえてない様子にだってなったりして無いような……いや、でも待てよ?
「俺もこう見えてかなりびっくりしているが、コーマ、君の声だけは、アムには聴こえているらしい」
……僕のこの高すぎる声だけしか、杵柄さんには聴こえてない?
「そ、そんな事あるんですか?」
「あぁ。私達が元々アメリカから日本に来たのも、日本の優れた聴覚専門のお医者さんにかかる為でね。その人が言うには精神的なものかもしれないとのことだが。実際そのようだ。だから、君がアムと会話で普通に意思疎通を取ってるのを見て俺も驚いた」
そういえば、そう言われて腑に落ちる事がいくつかある気がする。
何より初めて会った時、危険だとかけられた杵柄さんへの言葉は僕のものだけ反応していた。
「君に会えたのは俺とアムにとってこの上ない幸運だよ。コーマ。君が良ければ、アムと仲良くなってやって欲しい。サバサバしてると見せかけてかなり面倒臭いが、根は良い子だ」
「は、はぁ。僕なんかで良いのなら」
言いながらアムの方を見ると、こっちに視線を向けていて目がばっちり合う。
「私の事について
「あ、うん。その、耳の話を聞いちゃって」
「相変わらずお節介な兄です……。昨日散々余計なお世話は控えろって言ってやったのに」
「ま、まぁまぁ。お兄さんも優しさで言ってるんだし、何も暴れなくても良いと思うけど……あれ? 暴れるといえば昨日……。僕の家の上の部屋がめちゃめちゃ騒がしかったような……まさかあれってアムールさ」
「ワタシジャナイデス」
「急に凄いカタコトだなぁ!?」
アムさん嘘ついたのがめちゃめちゃ分かり易い子だな。じゃあ遅刻しかけた理由にこの子も一因として入ってきちゃうね。
苦い笑みを浮かべているだろう僕に、ウィリアムさんは、全てを悟ったようだ。
「まさか、1406号室の下のお宅がコーマ達のお宅かな? それは済まなかった。さっきも言った通り、アムが暴れるものだから」
「やっぱり昨日のドタバタ騒ぎはお二人がやられていたんですね」
「Fu○kin bitch!(このチキン野郎!)What are you doing!?(何言ってくれてやがる)」
僕の言葉が聞こえたや否や、そう言って運転席のウィリアムさんの運転席へ
こんな可愛いのに言ってるのドラマの放送禁止用語とかなんだけれども。
僕が何かアムの力になれたりするのかちょっと心配になるのであった。
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