第2話あぜ道を歩く

どんなに力を込めても手を動かすことはできない。万力で押さえ込まれているようだ。痛さのために、スプーンを落とし、カランという金属音が鳴り響いた。


涙目で兄は男の顔を見る。


空腹で頭がおかしくなりそうなのに、それを強制的に阻止されている。

いいようのない怒りがこみあげて、どうにかして料理を口にしたいが、体はまったく動かせない。

男の冷たい目でにらまれると、ふにゃふにゃと体の力が抜けていく。

「ぼくも食べたいよ」

思わず、泣き言をもらすが聞き入れてはもらえない。

その間にも弟は次々と料理を平らげていく。

ピラフを流し込み、エビフライにかぶりつき、シュークリームとエクレアを両手に持ち、交互に口にいれていく。

コーラをぐびぐびと飲んでいく。

「お兄ちゃん、食べないの」

素朴にきくが、食べたくとも、食べれないのである。

細い目の男に止められているからである。

「どうしてさ……」

と兄はきく。

「ここの食べ物は餌だ。家畜を肥え太らすためのな。おまえはまだ戻れる可能性があるから食べてはいけない。弟は、まあ、かまわん。しばらく餓えをしのぐといい……」

それは、よく分からない回答だった。

なぜ自分だけがこのような目にあうのか。


弟だけずるい。


紫煙をくゆらせながら、くるりと男は周囲を見渡す。

何かを観察している鋭い眼光であった。

「おい、もうこれ以上ここにいるのはまずいぞ。奴らが待ちきれなくなっている。俺一人ならどうということはないが、君らはひとたまりもない」

そういうと男はふっと、煙草をすてると両脇にそれぞれ兄弟を抱え、扉に向かって走り出した。

「えっ、まだ食べたいのに」

名残惜しそうに弟は言うが、ハンチングの男は完全に無視し、ドアを蹴破り外にでた。


なにもない暗闇の空間を男はだまって走り続ける。

そこはなにもない、ただの空間であった。

はるか彼方でウーウーとどこか恨めしそうな声が聞こえてくる。

男が走り抜けていくうちに、その声はだんだんと小さくなっていく。

いったいどれくらい走ったのだろうか。

皆目見当もつかない。

十分なのか、一時間なのか、十時間なのか、一日なのか。

時間の感覚はまったく、なくなっていた。

やがて、うっすらとだか、電気の光が見えた。

古い木製の電信柱についた電灯の下に彼らはいた。

田んぼと田んぼの間にあるあぜ道だった。

そこで、男は兄弟をおろす。

冷たい、濡れた土の感触が足の裏をおかしていく。

「どうにか、注文の多いレストランから出ることができたな」

そういうと男は、コートの胸ポケットから煙草を取り出すと、口に咥える。

マッチもすらずに、一人でに火が着く。

ふーとゆっくりと白い煙を吐き出す。

「さあ、もう少し歩くぞ。迎えが来ているからな」

そう、男は言い、幼い兄弟の手をとった。

彼らは男につれられ、薄暗い田舎のあぜ道をだまって歩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る