夢食み 彼だけの銀河鉄道
白鷺雨月
第1話食べてはいけない
幼い兄弟の目の前には無数のご馳走か並べられていた。
長いテーブルに白いクロス。
ろうそくの明かりが料理たちを照らしている。
嗅覚を刺激してやまない、料理の香り。
カレーにハンバーグ、エビフライ、鶏の唐揚げ、とんかつ、コロッケ、ピラフ、ケチャップのたっぷりかかったフランクフルト。
熱々の料理たちは湯気を放ち、食べられるのを今か今かと待っているようだった。
およそ子供が好むであろう料理の数々がそこにはあった。
デザートも充実している。
苺のショートケーキにシュークリーム、モンブラン、エクレア、などが山のようにつまれている。
飲み物はコーラにオレンジジュース、甘いカフェオレなどが透明の巨大なビンに入れられ、並べられていた。
6歳になったばかりの兄は一つ下の弟の小さな手を握りしめ、その料理たちをじっとみつめていた
最前からグーグーとお腹が盛大にその存在を証明していた。
彼らはなぜ、このような場所にいるのか、まったくもってわからなかった。
気がつけば、そこにいて、目の前にこれでもかと美味しそうな料理たちが陳列されていた。
あまりの空腹のため、頭がうまくはたらかない。
目眩がして、体がふらふらする。
手足に力が入らない。
弟が兄の手を振り払い、フランクフルトの棒を握りしめた。
普段母親から、木の棒がついているものは禁止されているため、それは、はじめての経験だった。
血色の悪い、小さな石のような手のひらでそれをつかむとがぶりと噛みつく。
プチプチとソーセージの皮がはじけ、肉汁が口いっぱいにひろがり、甘酸っぱいケチャップと混じり、なんとも言えない美味しさであった。
飲み込むようにたいらげると、ぽいと棒を床にすてる。
次に唐揚げを両手でつかむ。
自分の顔ほどあるそれを、ただもう夢中になってかじりついた。
カリカリの鳥の皮をごくりと飲み込むと、スープを溢れださせた肉の塊が見えた。
柔らかく漬け込まれたそれは簡単に噛みちぎられ、幼児の胃袋へと消えていく。
「お兄ちゃん、凄く美味しいよ」
満面の笑みで、油で濡れた口で弟は言った。
誰がなんのために用意した料理かわからないため、兄はちゅうちょしていたが、ついには空腹に耐えきれず、テーブルの上の銀色に輝くスプーンを握った。
大好物のビーフカレーめがけて、突き刺そうとする。
だが、それは大人の強力な手によって遮られた。ぐいっとつかまれ、手を動かすことができない。
兄は恐る恐る見上げると、そこには絵の具の白色のような肌をした男の顔があった。
癖の強い黒髪の上に髪と同色のハンチングを頭に乗せ、糸のように細い瞳を少しだけ開き、彼の顔を見ていた。
口には咥え煙草。
白い煙がうっすらとたちのぼる。
男は器用に煙草を落とさずに言った。
「君は食べてはいけない。食べるともう戻れなくなる。弟のほうは……仕方ないか……」
と。
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