負け犬の遠吠え
地頭はいい方で、それなりに勉強をしたらそこそこ名のある大学に進学できた。そこで充実した4年間を過ごし、苦しかった就活氷河期をくぐり抜けた。就職した会社でがむしゃらに働き、責任のある仕事も任せて貰えるようになった。彼氏は就職2年目で別れてからはずっと居ない。そんなこんなで、気づけば年齢も30をすぎていた。
年末年始、実家に帰るとやれ結婚だ見合いだとうるさいので去年から帰るのを辞めた。こっちだって、努力していないわけじゃない。ていうか、努力している。婚活パーティーだって行ってみたし、アプリもやった。結婚相談所……はまだハードルが高くてやっていないけど。なかなか良い御縁には出会えないのが現状だ。だから正直かなり焦っている。
友人から届く年賀状は、ウェディングドレスで微笑む姿やら、可愛らしい子供の写真やらがほとんどである。行き遅れている私にとって、それは凶器のようなものだ。薄目で文章を読み取り、すぐ裏返して宛先確認。
「……年賀状買い足さなきゃ」
今までやり取りがなかった友人からも、結婚や出産を機に急に年賀状が届き始めるのは何故なのか。近所のコンビニ、絵柄付き5枚セットのやつはまだ売っているだろうか。こちとらアラサー一人暮らし。旅行だってこのご時世ご無沙汰で、載せる写真などないのだ。
「あ〜あ」
タイミングよく、レンジが鳴った。チンしていた餅が出来上がったので、昼食がわりにそれを食べることにする。
* * *
「多目に刷ると単価が安いからじゃない?」
ああなるほど、と思いながらフォークに巻いたパスタを口に運ぶ。今日は高校からの同級生で、同じ婚活仲間の(……というか、同年代で彼氏がいなかったのが彼女くらいだったので、私が誘い倒して付き合ってもらっている)真希とランチだ。彼女とは大学は違ったが、彼女も大学卒業後仕事一筋でここまで来たから、年始に感じた私のこの気持ちをわかってくれると思った。が、彼女は思っていたより冷静だった。
よく噛んで飲み込んだあと、年賀状から知り得た情報を真希に話す。
「サオリのとこは今2人目がお腹にいるらしいよ」
「へぇー。2人目欲しいって言ってたもんね」
「いいなぁ、順調で。こちとら伴侶もまだ見つかってないのに」
焦る。今30でしょ。1年以内に相手を見つけたとして結婚するのが31か2。30代前半で出産したかったら、結婚して直ぐに計画して子作りする必要があるわけで。ああ、できることなら20代で結婚して30になる前に出産したかった。
「サオリは勝ち組だよね。大卒で就職して、そこで出会った彼氏と2年後に結婚して? そんで1人目出産して、専業主婦になって、んで2人目できてさー。羨ましい……って、これ完全に負け犬の遠吠えって感じだけどさ」
私も、あの時の彼氏と別れていなければそんな未来があったのだろうか、何て虚しいことを考える。過去の男にすがるなんて、それ自体負け犬だ。
それよりもっと前。それこそ高校生の頃なんて、30になった自分がこんなことを考えてるなんて想像もしていなかった。皆同じ制服で同じ教室で、同じ勉強をしていたのに、こうも違う人生を歩むとは。
「なんか不思議だよね。サオリなんて頭良くて男っ気なかったしさ、あんな早く結婚するなんて思わなかった。ほんと勝ち組……」
「あのさぁ」
真希が語気を強めて私の話を遮った。それに驚いて、私は言葉を止める。
「勝ちとか負けとか、何の話してんのよ」
「……だから、結婚とか出産の……」
「じゃあ聞くけど。瑠美覚えてる?」
「瑠美……って、あの、妊娠して、中退した……?」
瑠美。卒業アルバムには載っていない彼女は、確かに高校生のころ同じ教室にいた。
彼女は素行が悪くクラスでも悪い噂が耐えない生徒だった。高三の夏休みから姿を見せなくなったが、年上の彼氏との子供を身ごもって、そのまま中退したという噂が当時出回っていた。
「うん」
「えっ、連絡取ってるの?」
「たまにね。結局あの噂って本当だったみたいでね。中退したあと結婚して、その後他に3人子供できたみたいだけど、今は別れててシングルマザーやってる」
「……そうなんだ」
30で、子供4人を女手一つで育ててるのか。高校の時のイメージしかないが、高校も中退した彼女は、ちゃんとした仕事につけているのだろうか。子供4人を育てて行けるような、そんな仕事に。
「……で? 瑠美は勝ち組?」
「え?」
「離婚はしてるけど、結婚もしてたし、出産もしてるけど。瑠美は勝ち組?」
「……それは……」
予想だにしていなかった質問に、言葉を詰まらせた。そりゃあ若くして結婚出産を経験しているが、離婚もしているらしいし、サオリみたいな順風満帆な結婚生活をしている訳でもない。仕事だってどうなのか分からないし、むしろ……。
何も言えない私に、真希はため息をついた。そして、何やらスマホで私に何かを送ったようで、ピコン、と通知音がなる。
「それ、瑠美のFacebook。後で見てみなよ」
そう言いながら、真希はガサガサと荷物をあさって財布を取りだした。
「前から思ってたけどさ、その勝ち負けって何基準よ。結婚してたら? 彼氏がいたら? 子供がいたら? それともいい仕事してたら? ばっからしい。じゃああんたから見て、彼氏いなくて中小企業で働いてる私も負け組?」
「っ──」
顔を上げると、真希は既にコートを着ていて、お会計も机の上に投げ出していた。
「幸せの基準なんて人それぞれでしょ。そうやって自分とか他人の幸せに勝ちだの負けだの言ってるから相手も見つからないんだよ。そういう考え方するの、悪いとこだよ。ちょっと頭冷やせば? 私帰るわ」
「ちょ、真希……」
声をかけたが、彼女はそのまま店を出てしまったので、追いかけることは出来なかった。
だって、図星だった。真希も私と同じ境遇だったから、私と同じように考えていると思っていたのだ。
でも確かに、真希は私の婚活に付き合ってくれているだけで、積極的に彼氏を見つけようとはしていなかった。職場は言っていたように中小企業。休みの日は趣味の同人活動に没頭するような生活をしている彼女は毎日楽しそうだった。
──幸せの基準なんて人それぞれでしょ。
確かにそうだ。彼氏がいなくたって、彼女の日々は充実していた。それを、私が付き合わせて引っ掻き回した。
そっとスマホに手を伸ばす。真希が送ってくれた、瑠美のFacebookを恐る恐る開いてみる。そこには、当時の瑠美の面影がないくらいふっくらとした、だけどマツエクとネイルはバッチリの女性が映っていた。プロフィールを見てみると、今は実家の自営業の手伝いをしているようだった。
「……これ……」
写真の投稿を見てみる。言っていたように、子供が4人。どこか瑠美に似た雰囲気の子供たちと、楽しそうに笑う瑠美の写真があった。投稿を遡ると、子供の運動会やお遊戯会、または子供たちと出かけた様子が載っている。文章も長文で子供たちのことばかり。子供に対する愛情が伝わる投稿ばかりで。
「……あ、」
母の日の投稿には、子供のたどたどしい字で書かれたお手紙の写真が載っていた。【ママありがとう】と、書かれた手紙が4つ。投稿には『こんなふうに手紙もらえるなんて幸せ』と書いてあった。
──幸せの基準なんて人それぞれでしょ。
また、真希の言葉が蘇る。瑠美は幸せなのだ。高校を卒業してなくても、離婚をしていても、可愛い子供たちに囲まれて、しっかり【ママ】をやっている。それを、私は勝手に負け組だなんて決めつけて。
真希の言う通りだ。私は、いいパートナーと巡り会って、結婚や出産をしないと幸せになれないと決めつけて、それが当たり前の幸せなんだと思っていたのだ。
じゃあ、結婚したら私は幸せになれるのか? 出産したら、今まで築いてきた仕事を休まないといけないし、出産に関わるリスクもある。それが私の幸せか?
隣の芝は青く見える、という。もしかしたらサオリだって、もっと外でバリバリ働きたかったって思ってるかもしれないし。
私には私の、みんなにはみんなの幸せがある。私が見つけるべきだったのは、結婚のパートナーでは無い。私なりの幸せだったんだ。そんな当たり前のことに今更気づくなんて。30も過ぎたというのに、恥ずかしいったら無い。
私はスマホに手にとって、急いでダイヤルを押した。
休みの日に美味しいランチが食べられる。そして何より、私の間違いをはっきりと気づかせてくれて、そんな私に付き合ってくれる友人がいる。そんな幸せを、失うことのないように。
てのひらの冬 天乃 彗 @sui_so_saku
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