たかが紙切れ、されど紙切れ
薄っぺらい私の人生が、薄っぺらい
それを薄い髪の面接官が、目を細めながらまじまじと眺める。早く終われ、早く終われ。それか何か言え。少しでも表情筋を動かしたらパキパキと顔面がひび割れてバラバラになってしまうような気がするほど、緊張で顔がこわばっている。無言の苦痛に耐えているとようやく面接官が言った。
「君、つまんないね」
* * *
連敗記録は日々更新している。途中から数えるのが虚しくなって、今何社目なのか数えるのはやめた。
友人たちはすでに何社か内定をもらっている。友人たちはその中からどこを選ぶか、で迷っているというのに、私と来たら。どこだったら選んでもらえるのかを選んで、迷って、結局手当たり次第で、惨敗している。
あのハゲ面接官の言葉が、結構心の深いところをぐさりと刺した。刺々しいそれは抜こうにも抜けない。
だって、自分でもそう思うのだ。成績は中の下、偏差値もそこそこ低い高校を出て、今の大学に入った。奨学金と仕送りでは生活もギリギリだったから、サークルには入らずバイト三昧。そこで私が得たものといえばレジ打ちの早さだけだ。胸を張って趣味といえるものもなければ、特技もこれと言って思い浮かばない。あぁ、我ながらつまらない。
内定がもらえないのも、どこか納得している自分がいるのだ。私が面接官だったら、こんな奴はとらない。卑屈になっているわけじゃなくて、客観的に見て。
「また書いてんだ、履歴書」
「また落ちたからね……」
私が履歴書を書いている横で、彼氏は他人事のように言う。というか実際他人事なんだけど、もうちょっと気遣ってくれてもいいじゃん、と思う。
5つ上の彼は、私のバイト先の店長である。バイトがきっかけで付き合いだして3年ほど。それなりに仲良くやっている。
彼はアルバイトから正社員になって、そのまま店長になったから、こういう就活の苦しさは味わっていないのである。だから私が履歴書を書くのにこんなに苦戦してようが彼には関係ないのだ。なんて腹の立つ。
睨み付けてやると、彼は手元の履歴書をひょいと奪ってじっと眺めている。
「あ、こら、見ないでよ」
「長所は真面目なところって……」
「うるさいなぁ!」
他に書けることがあるならとっくに書いてる。何にも思い浮かばないんだから仕方がないじゃないか。見られたことが恥ずかしくて必死に奪い返す。勢いよく引っ張ったせいで、中央の折り目からびりっと破れた。
「ああ……せっかく書いたのに……」
「まぁ、また書けばいいんだし……」
無責任な物言いに、とうとう堪忍袋の緒が切れた。
「あのねぇ! これ一枚書くのにどれだけ神経使ってると思ってるの!?」
「そんなに怒ることないでしょ、たかが紙切れ一枚に……」
「こっちはたかが紙切れ一枚で人生決まるの! 軽々しくそんなこと言わないでよ!」
もちろん、履歴書だけで全てが決まるわけじゃないけど。それでも、この紙は私の人生を決める重要な一枚なのだ。例えそれが薄っぺらい経歴とか、胡散臭い長所や志望理由を並べただけのものであっても。
「悪かったよ……」
私の真剣さが伝わったのか、彼は珍しくきちんと謝ってくれた。普段はふざけてばかりいるくせに、そんな姿を見せられたら拍子抜けしてしまう。
「……わかればいいけど……」
なんか気まずい。それ以上発言するのはやめておいて、新しく履歴書を取り出して机に広げた。またこれ一から書くのか、と思うと気が滅入る。でも、そんなこと言ってられない。とにかく書いて、とにかく受けていかないと。そうしないと、いつまで経っても内定もらえないし。書く気は起きないけどボールペンを握る。
「なぁ」
「何」
「そんな紙で人生決めるくらいならさ、別の紙で決めればいいんじゃない?」
「別の紙って何? 履歴書の用紙の話?」
確かに、たくさん受けるからって、枚数が多くて安いやつ買ったけど。もしかして、受かる人って、そういうとこから気を遣ってるのかな。紙から個性を出すみたいな?
「じゃなくて。そんなに大変なら、就職しないで結婚すればいいんじゃない? 俺と」
「あーなるほど……、って、ん!?」
一回飲み込みかけて、慌てて吐き出した。今、さらりととんでもないこと言われたような。
思い切り振り返ると、彼は何でもないような顔をしている。むしろ私が驚いていることに対して少し驚いているくらいで。
「な、何言ってんの!?」
「いや、そのまんまだけど。それ書くより婚姻届書く方が楽そう。そういうのもありじゃない?」
「え、ちょ、ちょっ、いや、え?」
「動揺しすぎでしょ」
「いや、するでしょ普通!?」
話がぶっ飛びすぎて、頭がついていかない。ちょっと待って今なんて言ったこいつは!?
「お前のこと知りもしないやつが、
「それは……」
「で、どう? 俺はいつでも役所に取りに行けるけど」
「……チョットカンガエサセテクダサイ」
「片言て」
そうか、そういう選択肢もあったのか。あった、のか? あったとして、それはありなのか? 答えが出ない自問自答を繰り返してぐるぐる、ぐるぐる。今までのらりくらりと人生を過ごしていた彼のようにはなれない。その話にあっさり飛びつくほどの度胸は、私にはまだない。
どちらもおんなじ、ペラペラの紙切れ一枚。
でもきっと、彼の言うその紙に書く自分の名前は、今まで腐るほど履歴書に書いてきたどの字よりも綺麗に、そして最高に軽やかに書けるのだろうな──なんて、ちょっと考えてしまうのである。
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