冬のペディキュア
彼が私の足先を食む。
指と指の間を這う舌の感触に、思わず声が漏れた。
「真っ赤だね」
「え」
火照った顔のことを指摘されたのかと思って顔を上げると、彼はクスリと笑う。
「爪」
「あぁ……」
勘違いしたことが少し恥ずかしい。ふいと顔を背けると、それを追うように彼の唇が私の足に触れた。優しくて甘い口づけ。
「こんな冬にも塗るの? 女の人って」
「塗らないんじゃないかしら、きっと」
他の女の人たちがどうなのかはわからないけれど、少なくとも私は、今までそんな気を起こしたことはなかった。この寒いのに、ペディキュアを塗るためにタイツや靴下を脱がなきゃいけなくなるし。その割に、せっかく塗ってもいつも靴や布に隠れてしまうし、不毛だわ。
「じゃあ、何で塗ったの」
それでもあえて足の爪を真っ赤に塗ったのは、ほんの少しの遊び心。
「……気づいてくれたの、あなただけよ。このペディキュア」
質問には答えず、事実を告げる。言いたくないのだと察した彼は、「そりゃ、どうも」と笑った。足への愛撫をやめた彼の細い指は、どんどん上がってきて私の敏感なところに触れた。その刺激に身も心も溶かされる頃には、ペディキュアのことなんてすっかり頭から抜けてしまっていた。
* * *
事が済んで、服を着ようと床に落ちたタイツを拾う。タイツを履く前に、そっとペディキュアに触れた。少しはげてしまったけど、赤々としたペディキュア。自分で言うのもなんだけれど、よく似合っている。
「あれ。もう帰るの」
背中にかけられた声に、振り向かないまま答える。
「うん。旦那からメール来ちゃった。今日は早いみたい」
「なんだ、残念。次は来週?」
「うん、多分」
「わかった、連絡する」
スカートのファスナーを上げて、ブラウスを着る。乱雑に脱いだけれど、シワにはなっていないようで安心した。彼は私を追いかけるようなことはしない。私もそれを望んではいない。最初からそういう関係だったのだ、彼と私は。
コートを着込んで外に出ると、冷たい風が頬を刺した。そろそろ手袋も出さないと、冷え性には辛い。この間モコモコの可愛い靴下を買ったから、家に着いたらそれを履こう。
冬のペディキュア。あんなに真っ赤に塗ったのに、あの人はまだ気づかない。もし鈍感なあの人が気づく事が出来たなら、彼との関係を終わりにしてもいいかななんて、軽い気持ちで始めた遊び。
ペディキュアがボロボロになったのを見かねて落としてしまうのと、あの人が気付くのと、どちらが先かしら。おそらく前者ね、なんて笑う。
一体何色なら気づくのかしら、おバカさん。
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