焚き火が好きだった少年の話
寒い日はよく、じいちゃんと落ち葉や枯れ枝を集めて焚き火をした。
「じいちゃん! 枝拾ってきたよ! これくらいでいい?」
「あぁ良いだろう。じゃあ始めるか」
じいちゃんはそう言うと、丸めた新聞紙にチャッカマンで火を点ける。そして素早く集めた枝や葉っぱの中に差し入れた。中で火はゆっくりと威力を増し、やがて大きな炎になった。少しずつ温かくなる空気。
俺はその様子をじっと見つめ、冷たくなった指先をその炎に向けるのだった。あのパチパチと枝が燃える音とか、独特の煙の匂いとかが俺は好きだった。
──いや、違うかもしれない。
俺はそれ以上に、炎に照らされた、じいちゃんの温かい笑顔が好きだった。なんだか頼もしい背中も、しわくちゃな手も、皆好きだった。
「なーじいちゃん。俺もそれ使ってみたい」
そう言って俺はじいちゃんが持っているチャッカマンを指差した。俺にはチャッカマンが、火を作り出すかっこいい道具に思えたからだ。
「いんや。お前にはまだ早い」
「えー? じゃあいつならいいんだよ?」
そう言うとじいちゃんは俺の頭をぐりぐりと撫でて笑った。
「お前が一人前になってからだな!」
「なんだよそれっ」
じいちゃんの言葉に不貞腐れながらも、俺はじいちゃんにぎゅっと抱きついた。
──あったかい。
外にいるのは寒かったけど、俺はじいちゃんとする焚き火が好きで、この時間が何よりも幸せだった。ずっとこうしていれると思っていた。
* * *
あれから何年後かの冬。俺も高校生になり、じいちゃんと焚き火をすることもなくなった。じいちゃんは体を壊し、家に籠もっていることが多くなった。寒い日はただ布団にくるまって、ぼうっとしているだけだった。寒い日はいつも落ち葉を集めて焚き火をしていたじいちゃんが。
「おじいちゃんねぇ……もう長くないみたいなのよ」
哀しげに囁く母ちゃんの言葉も信じられなかった。じいちゃんは、俺の中のじいちゃんは、あの日のままなのに。
* * *
それからまもなく、じいちゃんは死んだ。木枯らしが吹く寒い日だった。
お通夜も、葬式も、何だか実感がわかなくて、体が宙に浮いてるみたいだった。遺影に映るじいちゃんは、まじめな顔をしている。
変なの。じいちゃんはもっといい顔するんだぜ。
式が一通り終わって、じいちゃんの遺品を家族皆で整理していた。
「あら」
母ちゃんの不思議そうな声に皆が注目する。
「チャッカマン。おじいちゃんたら、何でこんなもの大事にしまっておいたんだか」
母ちゃんの手には、じいちゃんが愛用していたチャッカマンが握られていた。まだ中身はあるようで、ちゃぷちゃぷと小さく音がした。
「──貸して」
俺は母ちゃんからチャッカマンを渡される。不意に、あの時のじいちゃんの言葉が頭をよぎった。
“お前が一人前になってからだな!”
あの時撫でられた感触が、鮮明に甦った。
──じいちゃん。俺もう高校生だよ。もう一人前かな。
たぶん小さかった俺にチャッカマンは危ないからああ言ったんだろう。もうチャッカマンで怪我をすることもないし、一人前なんじゃないかな。
「これ、俺に頂戴」
母ちゃんはこんなものをねだられるとは思ってなかったようで、驚いた顔でうなずいた。俺はそのまま部屋を飛び出し、いつもじいちゃんと焚き火をした庭にやってきた。箒を手にして無我夢中で落ち葉を集めて、枝もたくさん拾った。
新聞紙をぐちゃぐちゃに丸めて、じいちゃんのチャッカマンで火を点けた。火は、あの日のようにゆっくりと燃えて、大きな炎になった。
──あったかい。
懐かしい。この匂い、この音、この気持ち。大好きだったのになんで忘れていたんだろう。この木が燃える匂いは、あの日のじいちゃんとの記憶を鮮明に思い出させた。
大好きだった、この匂い。うっとりしてしまいそうだった。火の向こう側に、じいちゃんが見えた気がした。
「──あぁ……じいちゃん。じいちゃん……」
俺はまだ信じられないよ。じいちゃんが死んだなんて。
じいちゃんはいるんだよな? 燃える炎の先にいるんだよな? 俺がこうして焚き火をしてたら、傍にいてくれるよな?
* * *
俺は毎日焚き火をした。落ち葉を集めて、枯れ枝を集めて、一人で焚き火をした。その度にじいちゃんの笑顔を思い出して、涙が出た。
しかし──やがて春が来た。落ち葉も、枯れ枝も、無くなってしまった。焚き火ができなきゃ、じいちゃんが消えちまう。
──どうしよう。
なんか燃やすもの。木。落ち葉。
俺は辺りを見渡して、ちょうど良いものを見つけた。
* * *
俺は山ほど新聞紙を用意して、それの近くで新聞紙を燃やした。やっぱり、ぼろいからすぐに火は広がる。あぁ……木が燃える音。匂い。
じいちゃん。じいちゃん。
──会いたいよ。
* * *
数日後、俺は放火の容疑で警察に連行された。
俺が燃やした家は全焼、中にいた人たちは重体だそうだ。
警察に連行されるとき、犯行現場を通りかかった。火は消し止められているが、まだあの独特の匂いは残っていた。
──あぁ、じいちゃん……。
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