日曜日の出来事


 何だかんだ言いつつみんな笑ってる。みんな幸せそうに、楽しそうに。あぁいうのをステレオタイプって言うんだろうな。

 日曜日の夕方はいつも憂鬱だ。明日から学校だし、宿題終わらないし。やってるテレビ番組もつまらないから、俺の家はいつも磯野家の様子を眺めているわけだ。

 本当に、つまらない。あり得ない。名前が磯田だからって、よく「カツオ」ってバカにされたこともある。本当に腹が立つ。実際、俺はあんな幸せな家庭で育ってない。

 いや、別にそれほど不幸ってわけじゃない。よくある乾いた家庭ってやつだ。父親はいつも帰りが遅い。休日は接待で家にいない。母親はそんな父親に文句ばかり。妹は軽く引きこもり。これのどこが磯野家だ。家族で食卓を囲んだことなど、ぼんやりとしか覚えていない。食事は常に小皿に分けられていて、みんなで鍋を突くことも無くなったな。テレビの中では磯野家が一家団欒で卓袱台を囲み、楽しそうに笑っていた。


──イライラする。


「──楽しそうに。……自慢かよ」


 俺が小さく呟いたと同時に、玄関の扉が開く音がした。こんな時間に? 母さん買い物にでも行ってたのか? そう思ったけど違った。母さんは隣の部屋で洗濯物を畳んでいる。


──じゃあ、あれは? 


 考える間もなく、足音がリビングに入ってきた。


「……早いんだね」

「あぁ、ただいま」


 父さんだった。よれよれのスーツを身に纏い、右手には何故か紙袋を提げている。


「あら、おかえり」


 母さんが冷たく言った。そして、母さんも紙袋に気付いたらしく、不思議そうな顔をした。


「あなた、それは何?」

「あぁ、これか。偶然くじ引きで当てたんだ」


 父さんが紙袋から箱を出す。それは、土鍋だった。和風の装飾が施された綺麗な土鍋だ。真新しいそれは、やや大きいファミリーサイズ。


「まぁ……せっかくだし、今日は鍋でもやろうや」


 父さんがぽつりと言った。母さんはしばらく鍋を眺めていた。


「──そうね」


 そして、小さく笑うと鍋を手にして台所に向かった。俺は何故母さんが笑ったのか分からなかった。あんな顔を見るのは久しぶりだったんだ。


「着替えてくる」


 父さんが上着を脱ぎながら隣の部屋へ歩く。その時、上着のポケットから白い紙が落ちた。父さんはそれに気付いていない。


「父さん、落ち──」


 拾ってみて、言葉が止まった。


「ん? 何だ?」

「……何でもない」


 俺はとっさに笑顔を作ると、その紙をさっと隠した。だって、その紙は──


「何鍋にするー?」

「任せるよ。あ、もつ鍋もいいな」

「もつなんか無いわよ?」

「俺すき焼きがいい」

「それもいいなぁ」

「……何の話? 鍋やるの? あ、お父さんおかえり」

「あら、降りてきた」

「あたしおでんがいいなー」

「材料が無いわよ」

「買ってきてよー」

「あんたが買ってきなさいよ」

「えー……」

「もうすき焼きでいいじゃん」

「そうね、そうしましょ」


 俺は再び隠した紙を見た。その紙は──今日の日付のレシートだった。くしゃっと曲げられたそのレシートは、しっかりと土鍋を買ったという証明をしている。

 くじ引きで当てたとか、嘘ばっかり。母さんは、箱に貼られた値札シールを見たんだな。そう思うと、俺も自然に笑っていた。


 テレビの音が聞こえる。笑い声が聞こえる。

 今は心地いい。

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